第63話 魔力の刻印
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しばらく周囲に沈黙が続いた。
ルチアの言葉が中々頭に浸透せず、意味を汲み取ることができないでいる。
『妃殿下。単刀直入に申し上げます。妃殿下は以前に、時の流れを操作したことはありませんか?』
以前に……時の流れ……操作……?
どう言う意味なのかしら……。
ルチアのその言い方では、まるで私が自分自身の力で時を操ったような言い方だけれど……まさか。
「まさかあれは、……わたくし自身が引き起こしたこと……だったの……?」
思わず呟いてしまってから、咄嗟に口元を手のひらで覆った。けれど、ルチアは目を大きく見開いて驚いたような表情をしているので、呟きは聞こえてしまったようね……。
「やはりそうだったのですね」
どうすればよいのか……。このままでは完全にルチアは、わたくしが時を操作したのだと判断をしてしまうわ。
「……わたくしは、時を操作することなどしていません」
「……妃殿下。私は決してこのことを口外しませんし、詳しい事情も追求しませんので安心してください」
「…………」
思わず頷いてしまいそうだったけれど、これほど重要なことに対して、軽はずみに頷いて良いのかは判断がつかない。
けれど、ルチアの眼差しを見ていたら、なぜか警戒心を解いてもよいと思えてくるから不思議だわ。
「……なぜ、わたくしが以前に時を操作したことがあると思ったのですか?」
もしかしたら、シラを突き通すこともできるのかもしれないけれど、重要なことを打ち明けてくれているルチアに対してそれはあまりにも不誠実だと思った。
「昨日の実技の時間に、妃殿下が時の流れを止めていたのを目の当たりにして確信しました」
「時の流れ……」
「昨日もお伝えした通り、時に対して干渉する魔術を、正確な術式もなしに使用することはできないと私たち魔術師は考えます。……ですから、私はあの後考えた結果、考えられる可能性として一つの結論に至りました」
「それが……」
「はい。妃殿下が以前にも時を操作したことがあるために、すでに時の操作に関する魔力の刻印をお持ちではないのかと言うことです」
「刻印ですか?」
「ええ。これは実際にお見せした方が理解がしやすいと思いますので、今から実際に刻印をお見せしますが、よろしいですか?」
「……ええ、構いません」
ルチアはスッと立ち上がり近寄ると、「失礼します」と一礼してからわたくしの額にそっと触れた。
「刻まれし魔の根源の記憶を呼び覚まし、体現せよ」
ふわりとした柔らかな言葉でそう呟くと、わたくしの額が瞬く間に熱くなり、眩く目前が光ったので思わず瞼を閉じた。
「妃殿下、もう目を開けていただいて構いません」
「……はい」
目を開くと、目前には白く発光した光が円形を描いていて、その中には細かな文字が書かれている。……確か座学で習った……そう、古代ノルマ文字だったはずだわ。
「これは、妃殿下の魔の記憶を体現した魔力の刻印である魔法陣です。刻印には妃殿下がこの世に生を受けてから今に至るまでにの魔力に関する記録が載っています」
「これが……そうなのですね」
座学や魔術書によりその知識は知っていたけれど、実際に目にするのは初めてだわ。
そしてルチアは、しばらくその刻印に対して指を動かし文字を読み取っていたけれど、ある記述の部分でその指の動きがピタリと止まった。
「……あった。こちらです」
「こちらですか?」
「はい。こちらには、妃殿下が『時を遡る力』を発動したことを記録した刻印が載っています」
時を遡った……。
瞬間背筋が凍りつき、全身が硬直していく感覚を覚えた。……やはりあれはわたくし自身が引き起こしたことで、更にそれをルチアに知られてしまった……。
衝撃的なことが重なってしまったショックは大きくて、わたくしの全身にすぐさま震えが襲ってきた。
その様子に気がついたのか、ルチアが再びわたくしの額に指で触れて何かを呟くと、目前に出現していた魔法陣は光の残滓を微かに残して消えていった。
「妃殿下、魔法陣は消失させましたので、もう身体を楽にしていただいて結構です」
「……はい」
酷く疲れたような気がする。身体に力が入らないし、背もたれにもたれかかるので精一杯だわ……。
「お疲れのようですね。今日はここまでにしておきましょう」
ルチアは心配そうな表情を浮かべていて、スッと立ち上がった。
……けれど、今ルチアの心内を聞いておかなければ、きっと後悔をするわ。
「わたくしは大丈夫です。……時を遡ったことは、刻印に記してあると言いましたね」
「はい、その通りです。人は皆どのような魔術を使用したのか魂に刻まれていて、魔の刻印はそれを可視化したものなのです」
「……そうでしたね」
淡々と説明をしているけれど、ルチアはわたくしが実際に時を遡ったことについてどう思っているのかしら……。
「なので、過去に一度時を遡ったことのある妃殿下は、その時の刻印を利用して時の操作を可能にしたのではと、私ながらに憶測を立てた次第です。……ちなみに、私は日頃から自分の身を守る魔宝具を身につけているので比較的早く魔術が解かれたようです」
そしてルチアはわたくしに対して、どこか哀愁を感じさせるような眼差しを向けた。
「妃殿下。私はあえて事情は聞きません。もちろんこのことは口外もしません」
ここまで、ことの真相を追求したのに、事情を聞かないのは何故なのかしら……。秘密にしておいてくれる心境も気にかかるわ。
「それはなぜですか?」
「…………おおよそ、分かるからです」
鼓動が大きく打ち付けた。同時に息苦しさも襲ってくる。
「分かる……?」
「……はい。おそらく遠くはない未来で、妃殿下にとってよくないことが起きたのでしょう?」
何と答えて良いのか、分からなかった。
このままルチアに本当のことを打ち明けてしまっても良いものなのか、判断がつかなかったからだ。
……けれど、哀愁を含んだ瞳の奥に一本筋の通ったような強い眼差しが感じられて、ルチアは本心からわたくしのことを気遣ってくれているのだと悟った。
それに、「よくないことが起きる」と言い切ったルチアの言葉の真意も気にかかった。
「……なぜ、そう思うのですか?」
「それは……」
ルチアが何かの言葉を紡ごうとした刹那、突然罵声が遠くから響いた。
「早くルチアを呼び出せ! 一刻も早く王妃から引き離すんだ!」
罵声が何を告げているのかを飲み込むと、恐ろしさから身体に震えが襲ってきた。
その罵声から、わたくしに対して憎悪とも焦燥とも形容することができる感情が浮だってきて、意識が遠のくようだった。
「……妃殿下、大変失礼致しました。妃殿下は何もご心配なさらないでください」
そう言って、退室しようとするルチアの右の手首を気がついたら掴んでいた。
「……わたくしも同行します」
「いけません。大変危険なんです」
「……いいえ。これはわたくしの直感ですが、今ここでこの手を離したら、何か取り返しのつかないことになってしまうような、そんな気がするんです」
それは心からの言葉だった。
鼓動は早鐘のように打ち付けて鳴り響き、まるで耳の奥までその音が聞こえるようだけれど、同時に心は波紋が過ぎ去った後の水面のように落ち着いているように感じた。
「……分かりました。ですが、室外からは必ず近衛騎士の方の背後にいてください」
「分かりました」
そしてわたくしたちは、罵声の主の元へと向かった。
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