第61話 王弟からの相談事
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魔術学園にて、初めて魔術の発動が成功したその日の夜。
未だに興奮は冷めやらないけれど、普段通りアルベルト陛下との晩餐の後にティーサロンへと移動し、今は共にお茶を楽しんでいた。
「本日、魔術が成功したとのことだが、誠によく健闘してくれた」
「ありがとうございます、陛下。二週間ほどが経っても成功することができなかったので内心不安もあったのですが、今は何とか成功をすることができて安堵をしております」
「そうか。ただ、そなたが行っていた魔術の訓練を履修するのは、幼き頃から魔術に触れている者でも最低でも一か月ほどはかかると聞いている。尤も学園側は、元々そなたに見込みがあると判断をし、もっと早い達成時期を見込んでいたとのことだが」
そして陛下はコホンと咳払いをした。
「ところで、今はここに私たちのみがいるわけだが、……私の名前を呼んではくれないか?」
名前……。そうだわ。先日に初めて陛下のお名前をお呼びしたのだった。
つい習慣で陛下と言ってしまったけれど、陛下も望んでおられるし、わたくしもお呼びしたい気持ちが強いので、勇気を出して……。
「……はい。アルベルト様」
「ああ、やはりよいな」
そう言って穏やかな表情をされた陛下を見ていると、両頬が熱くなり鼓動も高鳴ってきた。
「今夜も、そなたと共に過ごしたい……と言いたいところだが、レオニールがそなたにこれから話があるとのことでな」
「殿下がですか?」
「ああ。どうやらそなたが魔術学園に通っていると聞いて、相談ごとがあるそうだ」
レオニール殿下がわたくしに相談ごと……? 何かしら。
わたくしが相談に乗れることであればよいのだけれど……。
「そうでしたか」
「ああ。事前に私がその話を受けたのだが、レオニールの公務の調整との兼ね合いで今夜がよいとのことで、そなたへの報せが直前になってしまった。すまぬな」
「いいえ、それはかまいません。それに、このサロンにお客様が訪れることは好ましいことですから」
「そうか。ならば安堵した」
陛下が穏やかに微笑まれたので、わたくしの心が温かくなっていくようだった。
ああ、今夜も陛下と一緒に穏やかな時間を過ごすことができていることを実感する。
すると、扉からノックの音が響いた。
「陛下、妃殿下。レオニール殿下がお見えになりました」
「ああ。入室するように」
「はい」
そして、寸秒後に扉が開かれレオニール殿下がゆっくりと入室された。
スラリとした長身にサラサラと輝く銀髪、涼しげな目元に灰色の瞳、そして柔らかな雰囲気。
ダークブラウンのウエストコートがとてもお似合いになっている。
殿下は、何か長い筒のような物を手に持っておられるけれど、……もしかしてあちらは、以前に王宮魔術師長の就任式の際に殿下が手に持っていた物と、同じ物なのかもしれない。
普段から無表情なことが多かった陛下とは対照的に、穏やかな表情のことが多い殿下はわたくしが幼い頃から接しやすい方なのだけれど、今日はどこか表情がかたく緊張をしているように見えた。
「妃殿下、突然の訪問をお許しください。ただ是非、妃殿下にお願いをしたいことがあるのです」
そうして頭を下げられたので、わたくしは咄嗟に立ち上がった。
「頭をお上げください殿下。それに、わたくしに対してはもっと気楽に話してください。幼い頃からの馴染みの仲ではありませんか」
「……そうですか? それじゃあ、そうしようかな」
殿下は強張った面持ちを解かれて、普段の人懐っこい表情へと戻った。
ふと、向いに座る陛下の表情が一瞬強張ったように感じたけれど、視線を移すと先程と変わらず口元を緩めていた。
殿下は「素敵なサロンだね」と感嘆の声をもらしながら、陛下の隣の席に腰掛けた。
「事前に相談内容の確認を行ってはいないが、まあそなたであれば問題はなかろう。話しづらい内容であれば私は席を外すが」
「いえ、お気遣いは無用です。……むしろよい機会ですから、是非陛下にもこちらを見て欲しいのです」
そう言って殿下は、筒の蓋を取り中の丸めた紙を取り出すとテーブルの上にそれをゆっくりと広げた。
それは大きめの長方形の模造紙で、四角や丸の図形がこと細かく描いてあり、所々に説明文なのか文字もびっしりと書き込まれている。
「レオニール、そなた」
「はい、陛下。私は、……いえ、僕は王弟として公務を軽視するつもりは毛頭ありませんが、やはり技術者としても現在の国の現状を黙って見ていることはできないのです」
殿下は真っ直ぐと陛下を見つめている。その視線は真剣そのものだった。
そんな二人の間を安易に割り込むようなことをしてもよいのか少し躊躇ったけれど、殿下はわたくしに話があると訪れてくれたのだから、怯んでいる場合ではないわね。
「確か、殿下は国立アカデミーで魔宝具の設計を学んでいらっしゃったのですよね」
「ええ義姉上、その通りだよ。僕は政治にもそれなりに興味はあったけれど、魔宝具の設計とか製造の方が得意分野だったし、興味があったんだ」
殿下は意気揚々と話しているけれど、そのような繊細なことを、陛下の目前ではっきりと言い切ってもよいのかしら……。
「ああ、そうだな。そなたは幼き頃から私室に設計図を持ち込んでいて、よく教師たちから小言を言われていたものだ」
陛下は、昔を懐かしむような表情をされている。
「はい。陛下は……兄上は、そんな僕に対して非難をすることなく、反対に受け入れてくれました。だから僕は、安心して魔宝具の設計の勉強や研究に没頭をすることができたんです」
そう言って殿下は、人懐っこい笑顔で笑った。
「そうでしたか。わたくしは知りませんでした。幼き頃からそのような心配りができるとは、やはり陛下はとても素敵な方です」
「それは王太子として、いや、兄として当然のことであって、そのように過分に誉めてもらうようなことでは……」
珍しく取り乱しているけれど、もしかして、照れている……のかしら? 口元も緩めているし、何だか愛らしい。
そう思っていたら、コホンと咳払いが聞こえたので振り返ってみると、殿下が苦笑を浮かべていた。
「お二人とも、僕がいるのをお忘れなく。それにしても噂には聞いていたけれど、お二人は本当に仲がよいんだ。それに兄上は、結婚してからとても柔らかい雰囲気に変わったと思う」
殿下に気を遣わせてしまったわね……。
それにしても、わたくしたちの仲が噂になっていたとは……。全く知らなかったけれど、殿下によい風に受け止めてもらえるのは純粋に嬉しいわ。
「そう言っていただけて幸いです」
殿下は小さく頷くと、「そう言えば」と言った後に話を続けた。
「話は戻るけれど、僕はそういう風だったから、兄上が父上の後を継いでくださって心底ホッとしているんだ」
「殿下、それは……」
咄嗟に殿下の言葉を否定してしまいそうになった。
いくらなんでも、陛下の前で話す内容ではないと思ったから。
そして恐る恐る陛下の方へ視線を移してみると、意外と表情は変わっておらず、むしろ少し苦笑をしているように見えた。
「構わない。そなたとはこのような腹を割った話はあまりしてはこなかったが、そなたがそう思っていることは薄々気がついていた」
「兄上は、気がついてくれると思っていました。……何だろう、二人の様子を見ていたら、つい本音を打ち明けてしまいたくなって」
そう言って殿下は、椅子から立ち上がり一礼した。
「ですので、兄上、義姉上。この設計図を是非、魔術学園の講師に一読してもらい、意見や感想をもらいたいのです。ひいては具体的な完成を目指し、民のために役立つことができればと思っています」
思わず息をのみながら陛下の方に視線を移すと、小さく頷いていた。
「頭を上げてくれ、レオニール。そなたの意思はしかと受け止めた」
殿下はそっと起き上がると、静かな動作で再び椅子に掛け、息を小さく吐き出した。どうやら安堵をされたようね。
「だが、何故王宮魔術師に依頼をしないのか、その理由を訊いてもよいか?」
「はい。それは僕の立場が王弟であるからです。彼らは私に対して贔屓をし気遣うために、真の意見を伝えることが困難だと判断をしました」
陛下は頷かれた。
その納得をされているかのような表情から、陛下は殿下が事情を説明する前から、大方の予測が付いていたのではないかしら。
「そうだな。それは一理あるだろう。……だが、魔術学園は独立した機関ではあるが、国立であるし贔屓をされると言う点は相違がないと思うのだが」
「はい。……ですのでお手数ですが義姉上には是非、この設計図は私が制作した物ということは伏せて講師に見せていただきたいのです」
「伏せて……ですか?」
「はい。……そうですね、従者の一人が書いた物とでも伝えていただければ結構です。あちらの安全対策は魔術が張り巡らされていて万全ですし、守秘義務も徹底していると聞きます。それに、例え外部の人間の情報でも漏らした場合は厳重なる厳罰に処されるとも聞いていますから、設計図の情報自体は漏れないかと思います。念のため魔宝具で守秘魔術もかけておきますし」
「そうでしたか。ですがやはり、殿下を従者の一人だと伝えるのは抵抗がありますね」
それと同時に、殿下に対して罪悪感が湧き上がってきそうだったので、陛下の方に視線を移すと小さく頷いていた。
「その身分の者だと高い設計能力に疑問を持たれるかもしれぬ。……そうだな。我が王宮魔術技師見習いが意見を訊きたいと言っている、ということにしておけば問題はないだろう」
陛下は表情を柔らかくしそう伝え、殿下は大きく頷いた。感極まっているのか、肩が小刻みに震えている。
「ありがとうございます、陛下。ご配慮に深く感謝します」
そして殿下はわたくしの方に視線を移したので、わたくしは自然と笑みが溢れた。
「ええ、承知いたしました。実は明日わたくしを受け持ってくれている講師の方とお話しをする予定なので、その時にこちらを見せてみますね」
「はい、ありがとうございます。お願いしておいてなんなのですが、こちらの設計図は精密なのでその講師には情報漏洩と設計図の複製等はくれぐれも控えるように伝えてもらえますか? 一応複製不可の魔術はかかっているのですが」
「そうでしたか。承知いたしました」
そうして殿下は安心されたようなので、わたくしは二人に紅茶を淹れてしばらく三人で会話を交わしたのだった。
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