第60話 突然の覚醒
ご覧いただき、ありがとうございます。
魔術学園に通い始めて二週間目の木曜日。
わたくしは、今日も実技の講義を中庭で受けていた。
ただ、相変わらず噴水の波紋を鎮めることはできておらず、講義の時間もそろそろ終わりなので半ば諦めの心中で杖を握っている。
「……妃殿下、本日はそろそろ終わりに致しましょう」
レイチェルが控えめに切り出したので、思わず杖を握る力が緩まった。
正直に言って実技の講義が始まって以来、まだ何も成果が出ていないので後ろ髪が引かれるような思いなのだけれど、これ以上ここに留まって講師の二人を困らせるわけにはいかないわね。
「はい、分かりました」
一度教室へと戻って、今日の講義の復習を行ったら帰路に就かなければ。
そう思いながら更に力を抜いて杖を引き戻していると──
突然、眩い光が視界いっぱいに広がった。
何ごとかと思うよりも先に、その光は瞬く間に周囲を飲み込んでいく。
咄嗟に視界を噴水の方へと向けると、水面の波紋がピタリと止まっていた。
「…………成功した……のかしら……?」
噴水の様子を改めて確認をすると、やはり水面は止まっているように見えた。
「よかった……。ようやく成功することができた……」
長いため息と共に、達成感が湧き上がってきた。
そういえばルチアとレイチェルから何も反応がないのだけれど、これは成功したわけではないのかしら……?
ともかく二人から意見を聞きたいので、振り返ってみると……。
二人は目を見開いたまま、動きを止めていた。
どうしたのかしら……? まさか、わたくしが成功をしたことがあまりにも意外過ぎて、身体の動きを止めている……とか?
「あの、波紋が止まったようですが、これは成功しているのでしょうか……?」
控えめに声をかけると、ルチアの身体が動きその右足が踏み出された。
「……なに、この膨大な魔力の気配は……⁉︎」
ルチアは、息を呑みながら周囲を見渡した。
「あの、スナイデル先生。水面の波紋が止まったのですが」
「……王妃殿下……?」
ルチアは狐につままれたような表情を浮かべた。
そもそもこの調子だとわたくしが声をかけなければ、わたくしの存在自体にも気がつかなかった可能性が高いわ。
ルチアは素早い動きで噴水へと駆け寄ると、目を大きく見開いた。
「……見事に動きが止まっています。……けれど、これは私たちが行っている、自然現象を部分的な条理から外す魔術ではありません」
「そうでしたか。でしたらなぜ、波紋は止まっているのでしょうか」
そもそも、まだレイチェルの動きは止まっているし、よく見渡してみると上空を飛んでいた鳥たちも止まっているわ。先ほどまで肌で感じていた風も止み、周囲は静寂に包まれていた。これではまるで……。
「おそらく、時が止まっているのです」
「……時が……ですか?」
「はい。……王妃殿下、あなたが膨大な魔力を持っていることは、上級の魔術師であれば皆知っていることです」
ルチアは真っ直ぐな瞳でわたくしを見つめた。
……以前にバルケリー卿からも似た意味合いの言葉を言われたことがあったけれど、わたくしは自分の知らない間に、魔術師の間では有名な存在となっていたのね……。
「けれど、正直に言って、まさか時の流れに干渉をできるほど高いとは思っていなかった」
「……時の流れに……干渉?」
鼓動が大きく跳ねた。
たちまち、わたくしの脳裏に前回の生での刑の執行時の場面が過る。
あの時は、……毒薬を飲んだ後にペンダントが眩く光って……。
「そうだわ、ペンダント……!」
すぐさま身につけ衣服の中にしまっているペンダントを取り出すと、それは強く眩い光でたちまち周囲を照らした。
この光り方はあの時とほとんど一緒だわ……!
「このペンダントは、王妃殿下の身体を守っているようです。強い魔力を放出したら、それだけで何も防御もない生身の身体では最悪の場合即刻に死に至りますから、それを防いでいるのでしょう」
「……このペンダントには、そういった力が……」
「けれど、それにしたって通常だったら時に対して干渉する魔術を正確な術式もなしに、使用できるわけがないのです」
「……確かに……」
これまで座学では、時に関して魔術で触れることは不可能であると学んだ。というのも、時に干渉をするほどの魔力を、人は持つことができないからだ。
けれどわたくしは、それを実際に行ってしまった……? まさか、刑の執行時に時を遡ったのは……。
「このことが、あの人たちに知られたらどうなってしまうのか……」
「あの人たち?」
「……そうです。そうだわ。王妃殿下、そのペンダントを……」
ルチアが何かを言いかけたところで、突然身体に風を感じ、小鳥の囀りも賑わい始めた。
「妃殿下! 成功していますね……!」
レイチェルが歓喜の声を上げて、今もなお水面の波紋がおさまっている噴水を指差していた。
よかった。時が動き始めたのね。
「……はい。お二人のお陰で、どうにか成功をすることができました」
先ほどのことがあまりにも衝撃的だったので、気が抜けて思わずこの場に座り込みたくなったけれど、すんでのところで耐えることができた。
その後、レイチェルが水面の状態を確認をすると実技は合格となった。そのことを学園長へ報告をすると言って一礼をすると、レイチェルは先に園舎へと戻って行った。
すると、これまでずっと黙々とわたくしたちの様子を眺めていたルチアが口を開く。
「妃殿下。よろしければ後日、改めてお時間をいただけませんか?」
「時間ですか?」
「はい。……妃殿下に、確認をさせていただきたいことがあるのです。……それからそのペンダントですが、少々拝見させていただいてもよろしいですか?」
「ええ、構いません」
先程からルチアは、わたくしのペンダントのことや、時が止まったことに対して驚愕をし何かを思案しているようだった。
時が止まった原因は、やはりわたくしにある……のかしら……。
「やっぱり」
「どうかしたのですか?」
ペンダントを注視して頷くルチアに、沸々と好奇心が湧き上がってきた。
「妃殿下。ペンダントのことを含めてもお話をさせていただきたいと思いますので、後日お時間をいただきたいです。私の身分が相応なら、直接こちらから王宮へとお伺いをさせていただきたいところですが、……例えそうであってもこちらにもできない理由があるので、明日以降、講義が終わり次第お時間をいただけますか?」
早口で何か焦っているかのようなルチアの様子に、少々心配になりながらも頷いた。
「分かりました。では、丁度明日ならば時間が取れると思いますので」
「明日ですね。不躾に申し訳ありません。ではよろしくお願いします」
「はい」
一礼して校舎へと戻って行くルチアの背中を見送っていると、何か新しい予感を覚えたのだった。
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