第5話 家族との再会
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介添人は、栗色の髪を頭の後ろできちんとまとめた小柄な女性だった。
彼女は温和な雰囲気を醸し出してわたくしの心を和ませてくれるけれど、同時に入室したお父様は、入室した瞬間から鋭く刺すような視線でわたくしの方をご覧になるので、思わず視線を逸らしてしまった。
「セリス様、如何お過ごしでしょうか。そろそろベールのお支度をさせていただきたいと思いますが、よろしゅうございますか」
「ええ、よろしく頼みますね」
早速、妃教育で培った経験から聖母をイメージして微笑んでみると、介添人が途端に目を細め、たちまち涙を浮かべた。
「ああ、私のような者に神々しいお顔を……勿体のうございます。今日という日を、一生の宝にいたします」
少々誇張が過ぎると思ったけれど、オリビアも思わず涙を浮かべているので、思ったよりも心に響く表情だったのかしら……。
「セリス。くれぐれも陛下に対して無礼を働くでないぞ。もしお前が何かをしでかしたら、我が家門への影響も計り知れないのだからな。……そのようなことがあれば、心得ておるであろうな」
突然、無情に響く低い声がわたくしを射抜いた。
──ええ、心得ております。実際にわたくしは見放されて勘当されましたもの、……お父様。
「……はい、充分承知しております」
「これから王妃となる身とは言え、お前は幼き頃から病弱で要領を得ぬところがあるからな。いくら十年ほど王宮で妃教育を受けてきたとはいえ、私はどこかお前を信頼できないのだ」
……これが、婚儀の前に父親が娘にかける言葉でしょうか。
わたくしの心中からワナワナと戦慄した感情が沸き起こってきたのだけれど、……ここは感情的にはならないようにと、ギュッと掌を握りしめた。
「心得ておりますわ、お父様。お父様とお母様には、今日という日を無事に迎えさせていただき大変感謝しております」
そう、以前の婚儀の前も同じことを言われ、あのときは心が傷ついたけれどそれでもわたくし自身に何か至らぬところがあるのだと思慮し、頭を下げて許しを乞うたのだ。
……同じことを繰り返してなるものですか。
「これからは全身全霊をかけて陛下をお支えし、このラン王国のために身を捧げる所存でございます。どうか、わたくしのその様をお見守りいただきたいのです」
先ほどの聖母のような笑みを意識しつつ、瞳は決して笑みを含まない。
これは、以前王妃だった頃に会得した笑みに、過酷な牢獄での経験による心情を付加したものだ。
……きっと、以前のわたくしではできなかった表情ね。
「……そうか。ならばよい」
お父様は、言い返す言葉が見つからないのか息を呑んで一歩引き下がった。
……初めてお父様に言い負かされなかった……のかしら?
「セリス、どうかご健勝で。あなたの幸せを一番に祈っています」
「お母様……」
思わず一筋の涙が溢れた。
ああ、そうだわ。お父様はいつもわたくしに対して厳しく接せられるけれど、お母様はわたくしを擁護してくださったのだ。
──あくまで、それはお父様の様子を伺いつつのものであったけれど。
「お姉様、本日はおめでとうございます」
控えめにお父様の背後から現れて、声変わりが終わったばかりの低い声で祝福の言葉を紡いでくれたのは、わたくしよりも三歳年下の弟、ミトスだった。
ここが死後の世界だとしても、現在は一年前だということを想定して、わたくしは現在……まだ十八歳のはずだから、ミトスは十五歳のはずだ。
綺麗なブロンドと瑠璃色の瞳は相変わらずだけれど、結婚してからは確か一度も会っていなかったのもあり、わたくしの記憶の中のミトスは幼い小柄な少年だったので、背が伸びすっかり青年に足を踏み込んでいる彼の姿は新鮮だった。
ミトスは学問に秀でていて、ミトスが通う王都内のアカデミーの学力調査では、常に首位に立っていると聞いた。
それもひとえに、幼き頃からお父様が厳しい躾や教育方針を敷いたからであって、精神的に弱い部分のあるミトスは、よくわたくしの部屋に泣き言を吐き出しに来たものだった。
虚弱体質のわたくしとは正反対で、ミトスは滅多に風邪をひくこともなく健康的なので少しだけ羨ましくもあったのだけれど、わたくしと同じ体質ではなくて心から安堵したものね。
再び、ミトスにも会える日がくるなんて……。
「ありがとうございます、ミトス。お元気でしたか?」
「はい。すっかり寄宿舎生活でお姉様とお会いする機会は減りましたが、これからもお姉様の幸せを願っています」
ミトス……そうだわ。
以前の婚儀の前もミトスはわたくしに優しい表情でそう言ってくれたのだわ。
また、涙が溢れそうになる……。
「はい、ありがとうございます。ミトスの幸せをいつも願っています」
何とか振り絞って言ったあと、介添人が懐中時計を取り出して小さく頷いた。
「それでは、お時間でございます。公爵夫人のお手でセリス様にベールをおかけいただくようお願いいたします」
「はい、分かりました」
オリビアに化粧を直してもらったあとに、お母様の優しい手つきで純白のベールをかけられると、いよいよ婚儀が始まるのだと実感する。
正直なところ今すぐにでも逃げ出したいけれど、この状況下ではそれは不可能なのだとも理解をした。
──さあ、参らなくては。これから婚儀が執り行われるであろう、礼拝堂へ。
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