第57話 魔術の講義
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ルチアと初めて会ったのは、先月の炊き出しの一件の際だったので初対面ではないはずなのだけれど、彼女がその体でいるのであれば、あくまでわたくしも合わせた方がよいのかもしれないわ。
「初めまして。わたくしはセリス・エメ=フランツと申します。スナイデル先生、本日からどうぞよろしくお願いいたします」
静かに辞儀をすると、ルチアもローブの裾を握って頭を下げた。
「それでは妃殿下、私はこれで失礼いたします」
「はい、ありがとうございました」
学園長は礼をすると、静かに教室から退室をした。
室内にはルチア以外にはフリト卿とティア、オリビアがおり、わたくしが無言で目線を合わすとすぐにティアが頷いた。
「妃殿下。わたくし共は室外で待機をしております。時間になりましたらお伺いいたします」
「分かりました。よろしく頼みますね」
「はい」
そしてティアとオリビアも退室し、唯一フリト卿のみが残り、彼は教室の後方に移動して綺麗な姿勢で立った。
ただ、フリト卿は炊き出しの件の際にその場に居合わせたので、先ほどのルチアの言葉に対しては訝しげな表情をしていたわ。けれど、それは仕方がないのかもしれない。
「それでは妃殿下。早速講義を始めさせていただきたいと思いますが、よろしいでしょうか」
「はい、よろしくお願いします」
ルチアに促されて前列の中央の席に座ると、すかさずルチアは教科書を配ってくれた。
「まず、講義の説明をさせていただきます。毎日午前中に二時間ほど行い、内訳は座学と実習を一時間ほどです。期間は妃殿下の習得状況によりますが、概ね一ヶ月ほどを予定しております」
「はい、分かりました。改めてよろしくお願いします」
「はい」
ルチアは軽く頷くと、淡々と講義を続けていく。
「まず今日は初日なので、座学では魔術の基本からお伝えしようと思います。……そもそも魔術は太古の昔は薬学や生物学を基本とし、その知識を応用しなければ決して使用することができないものでした」
この知識は基本的なことなので、辛うじて把握をしていたことだわ。
「はい、そう存じあげております」
ルチアは小さく頷くと、講義を続けた。
「ただ、近年では一世紀ほど前に現れた偉大な魔術師クルドが成立させた『新魔術理論』により、魔術師に難度の高い知識がなくとも従来の方法と比べて魔術を容易に発動させることが可能となりました」
「そうなのですね」
「はい。ですから、これから妃殿下に座学で講義をさせていただくのは、基本的にクルドの理論となります」
「分かりました」
それから、ルチアはわたくしに対して新魔術師理論を噛み砕いて分かりやすく説明をしてくれた。
つまるところその理論は魔術を発動させるのに元々必要だった知識を術者の魔力や意識、呪文等で瞬間的に搾り出し濃縮して解き放つことが可能という内容で、一聴すると漠然とした理論だったけれど、ともかくそういうことなのだとは理解をしたわ。
「──以上で、本日の座学の講義は終了となります。続いては二十分ほど休憩を挟んで実技の講義をさせていただきます」
「分かりました」
「……それでは、私はこれで一旦失礼致します」
「はい、ありがとうございました」
礼をすると、ルチアは速やかに教室を退室して行った。
休憩時間に、ルチアと初めて会ったときのことについて話したかったのだけれど、淡々としていて取り付く島もない雰囲気だったわね。再び話す機会もあるかしら。
そうぼんやり思案をしていると背後から視線が感じられたのでそちらを振り返ってみたら、案の定フリト卿が何かを言いたげそうな表情でこちらを見ていた。
けれど、彼の立場上自分から話しかけることはできないでしょうから、わたくしから話題を提示した方がよさそうね。
「ルチアは、こちらの講師だったのですね」
休憩時間もあまりないし、そろそろティアたちも入室するでしょうから、敢えて単刀直入に切り出した。
「ええ、そのようですね。あの日、身分証を確認した騎士からはそのような報告は受けておりませんでしたが、そもそも身分証には職場の記載自体がないのでそれは仕方ありませんね」
「そうですか。……では、フリト卿の目から見て、ルチアの様子はいかがでしたか?」
「そう仰いますと」
本心を打ち明けてよいものなのか判断がつかないので、少し遠回しに訊いてみようかしら。
「特に他意はないのですが、フリト卿からは講師としての彼女がどのように感じられたのか、純粋に意見を聞きたいのです」
「……そうですね。恐れながら私の意見を申し上げますと、……彼女は何処か警戒をしているように見えました」
「警戒ですか?」
「はい。と言いましても妃殿下に対してではなく、我々全体にと表現した方が適切かと思いますが」
警戒……。
なるほど、確かに先ほどのルチアの様子からはその表現が適切なのかもしれないわね。
「……よく分かりました。貴方の意見を聞かせてもらい、大変参考になりました」
「とんでもございません。妃殿下のお役に少しでも立てたのなら、本望でございます」
少し表情を和らげたフリト卿に対して、自然に顔が綻び頷くと、丁度教室の扉が開いた。
「妃殿下、失礼いたします。お茶を淹れさせていただきたく思いますが、如何でしょうか」
「ありがとう、お願いしますね」
「はい」
ティアとオリビアは入室し手際よく手持ちのトレイを机に置くと、ティーセットの準備を始めた。
「妃殿下、授業はいかがですか?」
「そうですね。前もって予習は行ってきたのですが、やはり実際に教えてもらうとより理解が深まりますね」
「左様ですか。それはよろしゅうございました」
そして、ティアが淹れてくれた紅茶を飲んで一息つくと、瞬く間に休憩時間は終わった。
それにしても、ルチアはなぜわたくしたちに対して警戒をしているのかしら。
そういえば、件の際もどこかわたくしたちを警戒しているようだったし、……もしかして、何か王族に対してそうしなければならない理由がある、とか……。
ともかく、それは気にかかるけれど、今は次の実技の授業に向けて少しでも集中をしなければ。
お読みいただき、ありがとうございました。
次話もお読みいただけると幸いです。
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