第56話 思いがけない再会
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「それでは陛下、行って参ります」
「ああ、気をつけてな」
わたくしは辞儀をした後、チラリと陛下のお顔を覗いた。
陛下は、温和な表情をされているので後ろ髪が引かれる思いだけれど、どうにか玄関の外へと出て、予め待機をされていたわたくし専用の馬車へと乗り込む。
ステップを踏みフリト卿のエスコートにより乗車をすると、向かいの席にはティアとフリト卿が乗り込んだ。
以前に、炊き出しの際に市井へと赴いたときもそうだったけれど、他の同行者たちは別の王室専用の馬車に乗り込んで移動をする予定だ。
前回の生の時は、外出自体一月に一度できるかどうかだったけれど、今日から平日は毎日この馬車に乗って市井を実際に見ることができるので、意義のある情報を入手するべく気を引き締めていかなければ。
そう決意をしていると、向かいの座席に座っているティアが柔かな表情をしているのに気がついた。
「妃殿下。陛下から、とても素敵な贈り物を賜りになられましたね」
先程、陛下からいただいたネックレスのことね。
陛下が優しい手つきでわたくしの首元につけてくださったその真珠のネックレスは、シンプルなブラウスにも合うような普段使いもできる好ましいデザインの物だった。わたくしの好みをよく知っておられて、とても嬉しい……。
陛下のお心遣いを感じると、たちまち両方の頬が熱くなってきたわ。
「……ええ、思ってもみなかったので少々驚きましたが、陛下のお心遣いには深く感謝しております」
何とか絞り出すように伝えると、思わず顔を両手で塞ぎたくなる衝動に駆られた。
この喜びをできることなら誰かに打ち明けたいけれども、それは立場上憚られるし、そうなると気持ちが心中で堰き止められているように感じて、結果的に居た堪れなくなるのだ。
そう思い巡らせていると、チラリと見た窓の風景がいつに間にか変わっていたので、改めて窓の外に視線を移すと煉瓦の外壁が目に入った。
しばらく走っても続いているので、どうやらそれはとても長い外壁のようね。
「妃殿下、じきに魔術学園に到着致します」
「左様ですか。いよいよですね」
ティアの言葉通り、直に長い外壁の先に大きな門が見えて来て、それを潜って更にしばらく走ると目的の国立の魔術学園に到着した。
再び、フリト卿のエスコートでステップに足をかけて降り立つと、そこは綺麗に整備された広大な芝生が一面に広がっていた。
今日は良く晴れていて青空が美しいので、芝生の緑と空の青が色調豊かでとても映えているように感じられるわ。
我が国の魔術学園はこんなにも広大で、かつ洗練された場所だったのね。ここには通常であれば選ばれた者しか近寄ることもできないけれど、王族であれば可能ではあるわ。
けれど、前回の生のときはここを訪れるという発想自体がなかったので、今回のことがなければこの美しさを知らないままでいたのかもしれないわね。
それから、わたくしたちは学舎の来客用の玄関へと進み、玄関ホールへと到着した。
学舎自体は白の煉瓦で積まれた外壁で、三階建ての大きな建物であり、現在は朝の九時を過ぎているからか玄関ホールは鎮まりかえっている。
尤も、今は学園は夏季休暇中なので、どの時間帯でも殆ど生徒はいないのだけれど。
そして、わたくしたちが玄関ホールへと足を踏み入れると、寸秒も経たぬうちに廊下の奥から数名の職員と思しき方々が速やかにこちらへと向かって来て、歩みを止めると深く辞儀をした。
「ようこそ、おいでくださいました。改めまして、私は王都立エミュール魔術学園の学園長のノア・クラークと申します。王妃殿下につきましては、再びお会いできて大変光栄でございます」
クラーク学園長とはこの間の就任式の際にお会いをしているので、初見では無い方と初めて踏み入れる場所で会うことができて心底安堵をした。
「こちらこそ、お会いできて光栄です。これからしばらく、お世話をかけますね」
わたくしが辞儀をすると、側に控えるティアやフリトたちも一斉に辞儀をした。
「とんでもないことでございます。……それでは早速こちらへどうぞ」
「はい」
わたくしたちはクラーク学園長の後を静かについて行き、玄関ホールから学園内の廊下を歩いて行った。
そして、突き当たりを曲がった先の扉の前で学園長が立ち止まっていたので、わたくしたちも倣って立ち止まる。
「本日から王妃殿下には、こちらの教室で講義を受けていただきたいと思います」
そう言って学園長は目前の扉を開いて教室へと入室されたので後に続いて入室すると、そこには──
白のローブを身につけた亜麻色の髪を纏めた女性が教壇の前に立っていた。その女性の顔をわたくしは知っていた。思わず名前を口に出してしまいそうだったけれど、すんでのところで堪える。
「初めまして、王妃殿下。わたくしはルチア・スナイデルと申します。本日から講師を務めさせていただきますので、よろしくお願い致します」
そう言って控えめに微笑むルチアを見ていると、初めて出会った時の不思議な感覚が甦ってきたようだった。
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