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第54話 カーラ激昂(げきこう) ⭐︎

ご覧いただき、ありがとうございます。

 セリスとアルベルトが、王城内のティーサロンでのやり取りを行った翌週の土曜日。


 王都の街中ではビュッフェ侯爵家の馬車が、煉瓦で舗装された道を走っていた。

 室内にはビュッフェ侯爵とカーラが乗り込んでおり、共に黒のフロックコートと紫色のプリンセスドレスに身を包んでいる。


「ガード伯爵家の茶会での時間は、実に有意義であったな」

「……ええ、そうですわね」


 カーラは、どこか心あらずといった様子で軽く頷くのみだった。

 見かねたビュッフェ侯爵は、先週に王宮で行われた王宮魔術師長の就任式での話題を持ちだした。


「そなたが王妃の祝辞の原稿に魔術を使用したが、王妃が特に変わりなく無事に祝辞を述べたあの件だが、未だに何か気がかりがあるようだな」


 瞬間、これまで表情ひとつ変えずに背筋を伸ばして座席に座っていたカーラが、眉間に皺を寄せる。


「なぜ、原稿を白紙にしたはずなのに滞りなく祝辞を読み上げることができたのでしょうか……!」


 正面に座るビュッフェ侯爵には構わず、カーラは手元の扇子でバチンと自らが座る座席を叩き怒りをぶつけた。


「そなたが取り乱すとは珍しいな。だが、その原稿は誠に白紙になっていたのか?」


 父親の冷淡な声に、カーラの激昂(げきこう)はスッと過ぎ去り座席に軽く掛け直した。


「はい。あの女、……王妃が壇上に上がった瞬間に確かに魔術を発動しました。それも魔術師が包囲する会場でそれを行うのですから、予め協力者に壇上付近に魔法陣を隠蔽魔術で描くように指示も出した上で」

「そうか。そうであれば、王妃は白紙になった原稿を目前にしても動揺をせず、それどころか大衆の面前にも関わらず、即興で言葉を考えた上で祝辞を述べたということになるな」


 思わずカーラは、再び手持ちの扇子で座席を叩いた。


「あの女、……なぜあのような機転が利くのか」

「……心情の理解をできなくもないが、少々自重をしろ。第一、今回の件はそなたの完全なる独断であり、元より我々の計画外のことだ。失敗したとして何の支障もないことであるし、むしろ下手に行動をして我々の足取りが知られてもまずい」


 ビュッフェ侯爵は吐き出すように伝えると、カーラからは視線を外し窓の外を眺めはじめた。


「……足取りは掴まれることがなきように、万全に対策を立てておりますので、ご安心を」

「……ああ、そうだな。そなたの魔術は高水準であるから、元よりその点は憂慮しておらぬ」


 ビュッフェ侯爵は、改めてカーラの方に視線を合わせた。


「だがな、私はそなたが少々感情的になっているのではないかと、その点に危惧をしているのだ。……そなたは優秀ゆえ、敢えてそれ以上の勧告はせぬ」

「……ご忠告、痛み入ります」


 姿勢を正して侯爵に向けて一礼をすると、今度はカーラの方が窓の外を眺めた。

 窓の外には婦人や小さな子供が歩き、ゆったりとした時間が流れているようだった。


 するとふとカーラの脳裏に、先日の昼食会の時にセリスと会話を交わした際の彼女の表情が浮かんだ。

 顔は笑っているが目は決してそうではなかったあの表情は、カーラの心にさざなみを立てた。


「あの女の表情……。いつも作った笑顔しかできない、受け身で自身の意見一つ言うことができなかったあの女が、わたくしに対してあんな表情をするなんて……」


 たちまち苛立ちと忌々しさが込み上げてきたが、同時に何か形容し難いセリスへの羨望(せんぼう)ともいえる心緒も湧き上がってきたように感じた。


「……まさかこのわたくしが、あの女に対して何かを期待している……?」


 カーラは小さく呟くと、すぐさま首を横に振って息を吐き出したのだった。


 ◇◇


「お帰りなさいませ、旦那様」

「ああ、ただいま戻った。何か変わりはないか?」


 ビュッフェ侯爵とカーラは、邸宅へと戻ると玄関ホールで侯爵家の家令であるドミニクと他の使用人たちに迎え入れられた。

 それは、邸宅の主人である彼らが外出から戻った際には毎回必ず行われていることではあるが、今日は使用人たちの様子がどこか心あらずといった様子で、特にドミニクの様子の違いが顕著にみて取れた。


「実は、つい半刻ほど前に王宮から使者が参っており、ただ今応接室にてお待ちいただいております」

「王宮からの使者……?」


 予想だにしていなかった事態だったのか、ビュッフェ侯爵は大きく目を見開いたが、すぐさま頷いた。


「分かった。それではすぐに応接室へと向かおう」

「……それでは、お父様。わたくしはこれにて、一先ず失礼をさせていただきます」


 綺麗な姿勢で辞儀(カーテシー)をし、自身の侍女と共に自室へと戻ろうとするカーラに対して、ドミニクがすかさず声をかける。


「実は、使者の方はカーラお嬢様に対して用件があるとのことでしたので、どうかお嬢様にも同席をお願い致します」

「……わたくしに対して?」


 カーラは訝しげに眉間に皺を寄せたが、すぐに表情を戻した。


「……分かったわ。ただ、少々準備をするので一度部屋に戻るわね」

「かしこまりました」


 そうして、ビュッフェ侯爵とドミニクは一先ず共に応接間へと赴き使者と対応をし、先日の王宮魔術師長の就任式等の会話をしているところで扉からノックの音が響いた。


「失礼致します」


 先ほどまで身につけていたプリンセスドレスから、室内用の淡い蒼色のデイドレスに衣装替えしたカーラが入室し辞儀をし、一人掛けのカウチに腰掛けた。

 それを確認すると、王宮からの使者である侍従が、ラン王国王家の紋章の封蝋(ふうろう)で閉じられた封筒をカーラに対して差し出す。


「ビュッフェ侯爵家のカーラ嬢に対し、国王陛下から直々に書簡が届いております」

「国王陛下からですか……?」

「はい。つきましては、その内容に対し私からもご説明をさせていただきたいと思いますので、まずは書簡の確認をお願いいたします」


 静かに頷くと、柔かな表情のカーラの背筋が一段と伸び、ゆっくりとその封筒を受け取り封蝋を開けて便箋を取り出してそれに目を通した。

 すると、カーラの穏和な表情が瞬く間に凍りつく。


「……これはすでに、確定されたことなのですか?」

「はい。私どもの判断で、カーラ嬢には王太后殿下付きの侍女として宮仕えをしていただくことに決定いたしました。また、出仕の時期に変更はありませんので、改めて変わらずご準備をお願い致します」

「……かしこまりました」


 カーラは表情には出さずに、その後ドミニクに詳細を聞くと始終優雅な仕草で応対をし、要件が終わると玄関まで赴き使者を見送ったのだった。


「それでは失礼いたします」

「ご足労をおかけいたしました」


 恭しく辞儀をし、客人が馬車に乗り込み帰路に就いたことを確認すると、ビュッフェ侯爵とカーラはすぐさま、お互いの顔を見合わせて侯爵の執務室へと向かった。

 そして、執務椅子に腰掛けたビュッフェ侯爵に対してすかさず先ほどの便箋を手渡すと、侯爵はそれに目を通した後に長いため息をつく。


「……何故(なにゆえ)に、そなたの配属先が変更になったのか。よもや我々の計画や内通者がいることが王室に露見したのだろうか」


 カーラは手のひらに力を込めて握り締めながら、冷静に努めようと自身に言い聞かせながら思案した。


「……それはまだ分かりません。ですが、王太后付きの侍女であっても多少は融通が利かぬところもあるとは思いますが、滞りなく任務を遂行できるかと」

「……そうだな、そなたなら問題はなかろう。……ただ、我々も別の対策を立てなければならぬやもしれんな」

「別の、と言いますと」


 ビュッフェ侯爵は執務机の引き出しから小さな石──魔石と見受けられる物を取り出した。


「これが直に王室を、いや王国中の世情を騒然とさせるであろう」


 カーラはその石を手に取ると、すぐにあることに気がつき口角を上げたが、その目は少し憂いを含んでいたのだった。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

次話も、お読みいただけると幸いです。


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― 新着の感想 ―
[良い点] セリスかわいい [気になる点] ドミニクさんが家礼だとすると 最後の方でカーラに見送られちゃ ダメじゃないでしょうか?
[良い点] 情景が浮かぶような文章 [気になる点] ドミニクさんは家礼?お使者? [一言] いつも楽しく読ませていただいております♪
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