第53話 告白
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眩い光がわたくしを包み込み、それは全身に染み渡っていくように感じた。
「────────っく!」
声にならない声を上げるわたくしを、包み込むように陛下が優しく抱きしめてくださった。
逞しい腕やその胸の力強い鼓動が、わたくしの心を励ましてくれる。
──大丈夫、何も不安に思うことはない。まるでそう言い聞かせてくれているようだった。
そして光が収まり、周囲にまるで何事も無かったかのような静けさが漂うと、陛下はそっとわたくしを抱きしめていた腕の力を緩めた。
「……これでおそらく、そなたの体質は改善されるであろう」
「……改善……ですか……?」
陛下の仰った言葉の意味を図りかねてぼんやりとしていると、ふと陛下の手がわたくしの髪に触れた。
「そなたの虚弱体質のことだ。以前にバルケリー魔術師長からその話を聞いただろう」
バルケリー卿……。
そうだわ、確かに以前その話を卿から伺ったわ。けれどその時は魔力の中和? だったかしら、その具体的な方法までは聞いていなかったのよね。
「はい。けれど、それと先ほどのそ、その……」
「どうしたのだ?」
「あの……」
とても、口づけだなんて声に出すのは憚られてできそうにもないわ……。声に出そうとしただけで耳まで熱くなって来たし……。
その様子を見たからか、陛下は口元を緩めてわたくしの耳元に囁いた。
「口づけのことか?」
きゃあぁぁ、そ、その言葉を直に陛下の口から聞くことの破壊力と羞恥心といったら……。
「は、はい……」
思わず肯定してしまったわ……。
「そうだ。魔術師長によると、どうも魔力の中和には私の口づけとこの魔宝具が不可欠とのことでな」
そう言って陛下は、ご自身の左手首に装着された腕輪をお見せになった。その腕輪は魔宝具だったのね──!
「左様でしたか。理解を致しました」
それでは、先ほどの口付けはあくまで義務的なものだったのかしら。
そう思うと、途端に陛下の言葉が脳裏に過る。
『私はそなたを愛している。……だからこれから行うことは、どうか義務や必要なことだから行ったとは思わないで欲しい』
そうだわ。陛下は前もってそう言ってくれていたのだわ。
そうであれば、陛下はわたくしのことを想って、……く、口づけをしてくれたのかしら……。そうであれば嬉しい……。
「陛下……」
この気持ちを何とか陛下に伝えたいのだけれど、どうにもいざ言葉にしようとすると怯んでしまう。
その様子をみかねたのか、陛下はそっと再びわたくしの耳元に囁いた。
「そなたが愛しい。もう一度口付けをしても良いだろうか?」
たちまち顔が熱くなって来るし鼓動は鳴り響いたままだけれど、温かさも込み上げてきて気がついたら頷いていた。
そっとわたくしの頬に左手で触れて、陛下の唇がわたくしの頬に触れる。
次は額に、瞼に、眦に触れると、唇に触れた。その口づけは先ほどのようにとても温かくて、永遠に続けば良いのにと心から思った。
「そのように瞳を潤ませては、そなたを欲してしまう。……私は自重しなければならぬな」
欲する……自重……。もしかして、先日の初夜の儀の際にわたくしが陛下を拒絶してしまったから、それを気にされて……。
わたくしは、今はあの時のように陛下に対して疑心を抱いていない。カーラのことを想っておらず、反対に警戒心を抱いていたことも知ることができた。……わたくしは……。
「陛下。あの時の言葉を謝罪させてください。わたくしは……」
この先の言葉を紡ぐのはとても勇気が必要なことなので憚られたけれど、今伝えなければならない、そう思った。
「わたくしは、陛下のことをお慕いしております」
「セリス……」
想いを伝えることができて本当に良かった。
脱力してその場に蹲りそうになったけれど、陛下がしっかりと身体を支えてくださり、そしてわたくしを抱きしめて……。
トントン
突然ノックの音が室内中に響き渡り、わたくしたちは反射的に離れた。
陛下はたちまち表情を険しくされる。
「何用か」
「陛下、魔術師長様がお二人にご面談を希望しております」
男性の声だから、おそらく扉前の近衛騎士の声ね。
「……了承した。だが、準備をするので少々時間をもらう」
「かしこまりました」
陛下は小さく息を吐くと、そっとわたくしの髪を撫でた。
「セリス。先程のそなたの言葉、真に嬉しく思う」
「……はい」
「……今晩、私の元に……と言いたいところだが、そなたはまだ力が安定しておらず不安定な状態だ。そのような状態のそなたに無理を強いるわけにはいかぬし、……現在我が国に不安要素があるのも実情だ」
「不安要素……」
その言葉を聞いた途端、前回の生の際に捕縛された時のことが脳裏に過った。
──その不安要素を取り除くことができなかったから、もしかしてわたくしはあの時……。
そう思いながらも、これ以上バルケリー卿を待たせておくにはいかないので、わたくしたちはそれぞれ席に着いてから卿に入室してもらった。
「失礼する。魔力の中和の反応を観測したので、その経緯を確認したいのだが、よろしいか」
「はい、勿論です。どうぞこちらへ」
何とか平静を保つけれど、正直なところ今はバルケリー卿の顔をまともに見るのもやっとだわ。何しろ先ほどまで陛下と……想いを確かめ合っていたから。そう認識すると、たちまち顔が熱くなってきた。
茶器を温めると、茶葉を入れ替えて改めて茶器に湯を注ぎ砂時計をひっくり返す。
そうした動作をしている内に徐々に心が落ち着いて来るように感じた。
「あくまで目視での観測ですが、妃殿下の魔力は無事に中和され抑え込まれたようです。今後は、魔力の制御のために魔術学園でしばらく学んでいただきますが、ひとまずはこれで身体の方の問題は、大方解消をすることができたと判断致します」
バルケリー卿の言葉を聞いて、改めてわたくしの身体に起きた変化を実感した。長年悩まされて来たあの虚弱体質が……改善した……?
わたくしは気がついたら椅子から立ち上がり、卿に向かって深く礼をしていた。
「魔術師長。誠にありがとうございました。何とお礼を申し上げて良いか……」
胸が詰まるようで、目頭が熱くなって来る。
「妃殿下、頭を上げてください。実際に私は大したことはできていないのですから。それにあなたはリビアにとって恩人です。実のところ、このくらいではあなたにとても御恩を返すことはできないと思っているのです」
バルケリー卿の言葉が胸に響いて更に目頭が熱くなった。なので、卿に促されても中々頭を上げることはできそうになかった。
「私からも礼を言う。魔術師長、王妃の……いや、我が妻の体質の改善に努めたこと、誠に大義であった。後ほど充分に報償を与えよう」
「いや、流石にそれは過分な判断……」
バルケリー卿が言いかけた言葉を止めたので思わず頭を上げると、いつの間にかわたくしの隣に立っていた陛下の顔を見て息を呑んでいる卿の姿があった。
「……分かりました。謹んでお受け致します」
「ああ、善きに計らおう」
陛下は頷くと、わたくしに椅子に掛けるように促された。そしてその後わたくしは、弾む心を抑えながら陛下と卿の紅茶を静かに淹れたのだった。
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