第49話 カーラについての考察
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そして昼食会も終了間近になると、招待客が各々席を立ち会話を始めた。
元々、この昼食会は先の晩餐よりも格式を重んじず、参加者同士の交流も目的に行われているものなので、このように会場を乱さない程度であれば自由に動くことができるのだ。
なので、先程目が合った時点でこうなることは予測がついていたけれど──カーラが、父親のビュッフェ侯爵と共にわたくしたちの席を訪ねて来た。
と言っても、今回は招待をされているのは勿論常に念頭においているので、警戒は怠らなかったのだけれど。
「国王陛下、妃殿下にご挨拶を申し上げます。本日は誠におめでとうございます」
「おめでとうございます」
軽やかに綺麗な姿勢で辞儀をしたカーラに対し、アルベルト陛下は表情を変えずに頷いた。
……いいえ、心なしか少し警戒をなさって……いる?
「そのような丁寧な挨拶に、心から痛み入る」
あくまで義務的な返答だわ。
やはり表情一つ変えないし……。けれど、これは演技だということもあるのかもしれない。
わたくしも何か返答をしなければならないけれど、カーラを目前にするとどうにも思考が鈍ってしまう……。
──何故カーラは、わたくしに対してあのような薬を飲ませたのか。
まだ確定したことではないけれど、その考えが過ぎると何故か心が落ち着きを取り戻していくように感じた。カーラの感情で動くという人間的な一面が垣間見えたからだろうか。
「本日はご足労をいただきまして、ありがとうございます」
「妃殿下におかれましては、お変わりはありませんでしょうか」
「はい。特に変わりなく恙ない日常を送っております」
「……そうですか。それは何よりでございます」
カーラは綺麗な笑顔でそう言った。
「あと二ヶ月程経ちましたら、妃殿下にお仕えすることがようやく叶いますね。今からとても楽しみにしております」
よくそんな心にも無いことが言えるものね。
思わず睨みつけたくなったけれど、グッと堪えた。
「カーラ嬢は、とても優秀な方と聞き及んでおりますので、わたくしも楽しみにしております」
表情は笑みを作り、けれどその実絶対に目は笑わない。この表情をカーラに対して臆することなくすることができる日がくるとは……。
「……光栄でございます。それでは、わたくしはこれで失礼をさせていただきます」
そして静かに辞儀をし、背姿を見せずに立ち去っていく。
ともかく何もなかったようで良かったわ……。
大きなため息を漏らしてぐったりと項垂れたいところだけれど、公のこの場ではとても叶いそうにないわね。
「ビュッフェ侯爵家のカーラ嬢だが」
心中でぐったりとカウチに腰掛けた想像をしていると、陛下が囁くように話しかけてきた。
「はい。カーラ嬢がいかが致しましたか?」
まさか、気に入っているだとか、何かよからぬことを言い出すのでは……。
「後日、そなたに伝えることがある。……そうだな、そなたのティーサロンで話をしたいのだが」
わざわざティーサロンで……?
まさか、カーラを側室として迎える相談ではないわよね。……わたくしはどうもカーラが絡むと、冷静ではいられず思考が偏ってしまうようね……。
「はい、承知いたしました。心得ておきます」
「ああ」
陛下は固い表情のまま頷くと、目前のコーヒーカップの取っ手を持ち、一口コーヒーを口に含んだ。
それにしても、カーラに関するお話とは何かしら。
思わず側室に迎えるだとか愛人にしたいとか、よからぬ相談かと思ったけれど、……そもそも陛下は、先程からカーラを見かけたり会話をしても表情一つ変えられないのよね。
それどころか警戒をなさっているような表情までされていた。
……今のところは、カーラには特別な感情を寄せている訳ではない……?
元より、前回の生でも陛下はカーラを受け入れていたのかしら……。
そう思うと、思わず陛下の方に視線を移したけれど、陛下はわたくしの視線に気がついたのか、穏和な表情をされた。
「ときに、そなたの召し物だが、実によく似合っておるな」
とても素敵な笑顔でそう言ってくださったので、みるみるうちに頬が熱くなってきた。
「ありがとうございます、陛下。とても光栄です」
「誠に似合っておる。……先程は伝える際に、多少先を越されてしまったが」
陛下はコホンと咳払いをしてから続けた。
「ところで、祝辞の内容を変更した件だが、あれはどのような事情があったのだ?」
「それは……」
この場で、真実を打ち明けても良いものなのかしら……。
そう思案をすると、自席で談笑していたカーラとふと目が合う。
とても冷たくて無機質な表情をしているわ。思わず心が凍てつくようだけれど、よく観察すると何処か悔しさを含んでいるようにも感じた。
「この場ではそぐわない内容ですので、後ほどご説明をさせていただきます」
「了承した」
陛下が小さく頷くと、丁度わたくしたちの席に見知った方がわたくしたちの元に訪ねてきた。
「陛下、妃殿下。本日は新王宮魔術師の就任、誠におめでとうございます」
「レオニール。そなたの日頃の働きには痛み入る。……加えて、そなたには後ほど頼みたいことがあるのだが、構わぬか」
レオニール殿下は肩をすくめて少々苦笑をされた。その際、右手に握っている何か筒のようなものが妙に目を引いた。
「陛下の仰りたいことは大方理解をしています。……分かりました」
少々はにかんだ様な表情を浮かべ、レオニール殿下は小さく頷かれた。
何か不服そうだけれど、陛下からの頼み事を無下にできないので異を唱えることも難しいのね。
「レオニール殿下。殿下はこれから何かご用事があるのではないのですか?」
「妃殿下……」
殿下は虚を衝かれたような表情をされたので、わたくしは確信を持った。
「左様であったか。そうであれば私の用事は構わないが」
「……いえ。私の方は大した用事ではないので大丈夫です」
「……そうか」
「それでは後ほどまた伺います」
「ああ、頼む」
やはり、少しはにかんだような表情をされている。殿下はこれから何かのご用事があったようだけれど、本当に良かったのかしら。
それに……、両手に持っていたあの筒も、何故か気にかかかるわ。
殿下は王弟として普段から陛下の御公務の補佐をなさっているけれど、……思えば前回の生の時に、ティーサロンでポツリと何か他になさりたいことがあると呟いていたけれど、あれは何だったのかしら。
その時は確か詳しいことを訊こうとしたけれど、はぐらかされてしまったのだわ。
そして殿下は、そのまま歩みを進めて自席へと戻られ、何かを気にかけているようにバルケリー卿の席の方をチラリと見ていたのだった。
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