第48話 セリスの機転
ご覧いただき、ありがとうございます。
──原稿に何も書かれていない。
そんなことがあるわけないわ。
何しろ会場に入るまで最終確認のために、入念に原稿を黙読していたのだもの。そう、つまり先程までこの原稿には文字が書かれていたのだ。
なのに、どうして?
まるで魔術でもかけられてしまったように綺麗に無くなっている……。
わたくしが何も言葉を発さないからか、静寂に包まれた会場が次第に困惑の色を見せ始めた。
このままではいけない……!
「本日は皆様、このような良き日にお集まりをいただきありがとうございます。……また、日頃からの皆様の尽力を賜わり、無事に我がラン王国の王宮魔術師長が新しく就任する運びとなりました。心より感謝しております」
何とか……ほぼ原稿通りに進めることができているけれど、正直な所この後の文はうろ覚えで自信がないわ。
このまま何の策も立てずに途切れさせても良くないし……、けれどどうしたら……。
ぎゅっと掌を握ると、ふと温かい視線を感じた。
思わずそちらの方に視線を移すとアルベルト陛下と目が合い、心が温かくなりほぐれていくようだった。
……そうだわ。わたくしが純粋にバルケリー卿に抱く印象や、心から湧き上がるお祝いの言葉を伝えればよいのだわ。
「…………バルケリー新魔術師長は普段から冷静沈着でいらっしゃいますので、これからも我が国の魔術を頼もしく牽引して行ってくださることでしょう。これからは……新魔術師長のご活躍と我が国の魔術の発展を心から願っております」
発した言葉の文法の誤りに気づきながらも、ともかく表情を変えないように、何事も起こっていないと見せかけるよう細心の注意を払いながら一礼をする。
すると盛大な拍手が巻き起こり、なんとか乗り越えることができたのだと安堵をしながら自席へと戻った。
「とても良き祝辞であった」
自席へと着席すると、間髪入れずに陛下がわたくしにだけ聞こえる声で囁いた。
「……だが、事前に用意をしていた原稿とは内容が異なるようだが、……よもや何かあったのか?」
陛下はわたくしの異変にお気づきになられていたのね。
思わず先ほどの不安を打ち明けたくなるけれど、今は堪えなければ。
「……詳しい事情は、後ほどご説明致します」
「了承した」
陛下は短く頷くと、何か言いたそうではあったけれど、今なお式典は続いているからか視線を前方にと戻した。
◇◇
そして式典は順調に進み、バルケリー卿は陛下により名前を呼ばれ、中央に設置された演台付近まで移動した。
いよいよ就任式も大詰めだわ。
「カイン・バルケリー。そなたをラン王国、第五十五代王宮魔術師長に任命する」
「謹んでお受け致します」
王宮魔術師の正装である黒のローブを身につけたバルケリー卿は、陛下の側で跪き金色の杖を両手で受け取った。
あの杖は、代々王宮魔術師長に引き継がれし伝統のある杖だったはずだ。
──途端に会場中に拍手の音が鳴り響いた。
これで、約半年ほど空白だった王宮魔術師長の席が埋まり我が国の体面も保たれたのだ。
そもそも、何故前ドミニク王宮魔術師長は失脚してしまったのだったかしら。
……確か、そう。先程陛下が仰っていた「ミラーニ侯爵」と関わりがあったとしか耳に入ってこなかったのだわ。
ミラーニ侯爵家と言えばラン王国の中でも屈指の富豪として名を馳せているけれど、その侯爵家と一介の王宮魔術師長が何かの関わりがあり問題が起きたのだとしたら、それはこの国にとってとても由々しき事態だわ。
けれど、それを口外させないようにドミニク氏を解任させてしまったのだとしたら……。
思わず過去の法廷での出来事が目前に過った。
それが何なのかはまだ分からないけれど、……我が国では現在確実に何かが起こっている。
それだけは確信を持つことができた。
◇◇
それから式典は無事に終了し、わたくしたちは王宮の本棟の食堂へと移動していた。
先程の式典に参加した方々を招待をし、これから昼食会を行う予定ね。
また本宮の食堂は、普段わたくしと陛下が私的に食事をしている本居住宮の食堂と比べて、このような行事で大勢のお客様を招待することもあるので何倍も広いのだ。
「皆様、この度我が国の王宮魔術師に就任したカイン・バルケリー卿を祝うためにお集まりいただき、誠にありがとうございます」
祝杯を右手に持ち、我が国の宰相であるバレ公爵──わたくしの父が乾杯の挨拶をする。
お父様に関しては腰を据えてお話をしたいことが山ほどあるけれど、それは後ほど切り出し方を思案しなければ。
「乾杯」
「──乾杯!」
そして昼食会が始まると、給仕の係の者たちが出席者の席に置かれたナプキンの上に静かな動作でお皿を置いていく。
わたくしの目前にもソラマメのスープが運ばれ、その生命力溢れる香りに包まれたような気がして途端に活力がみなぎって来たように感じた。
スープを静かな動作でスプーンで掬って口に運ぶと、その香りが鮮烈に感じられ思わず頬が綻んだ。
「とても美味しいですね」
自然と隣で食事を進める陛下に声をかけると、陛下は口元をナプキン拭ってから頷いた。
「ああ、そうだな。……今回の昼食会のメニューはそなたが考案したそうだな」
「いえ、考案と言うよりは、元々決められたメニューに少し口を添えさせていただいたのです」
あれは三日前だったかしら。
メニューの確認をしている際に気になった点があったので少々確認をしたけれど、素人であるわたくしの意見はあまり参考にならなかったと思っていたので、今まで失念していたわ。
「それがとても的確だったと料理長が言っていたそうだ。そなたに感謝の言葉を伝えたいともな」
「それ程、わたくしは大層なことは……」
思わず頬が熱くなり視線を逸らした。けれど、その視線の先には──思わぬ人物のカーラがいた。
カーラは食事もせずに、静かにわたくしたちを見ているようだった。
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