第4話 アルベルトとの再会
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胸の鼓動の音が鳴り響き、動悸が襲ってくる。
先日までは想い慕ってやまなかった方が、あんなにもお会いしたかった方が、今まさにわたくしの傍におられるかもしれないのだ。
……ここは死後の世界なのかと思ったけれど、この世界での陛下はわたくしが知っている方と変わりないのかしら。
──途端に、わたくしの心中に冷たくて暗く、形容し難い負の感情が渦巻いてきた。
……もし、わたくしが知っている陛下であるのなら、正直なところもうお会いしたくもお話ししたくもない。
陛下は、獄中のわたくしに面会に来ることもなく、こともあろうか、カーラを選んだのだ。
ただ、面会自体は体面もあるでしょうし、そもそも離婚をした間柄なのだから難しいだろうと思っていたけれど、わたくしを陥れたであろうカーラを選んだことは嫌悪感しか抱けないわ。
……法廷の場ではそうだと認めたくなかった。
けれど、先日カーラが面会に訪れた際に「わたくしが王妃として」と言っていた。
そもそも、発言が全て記録される面会室において、悪戯に虚言を発するとも思えない。
では、やはり認めたくはなかったけれど、二人はあのときすでに通じていた可能性が高いのだ……。
万が一、……陛下もカーラと共謀してわたくしを陥れたのだとしたら……。
だから、間違ってもこちらから微笑むようなことは絶対にしないと心に決めた。
威圧的な姿勢で目前に立ち、わたくしを見下ろしているであろうその男性を、意を決して見上げてみる。
すると案の定、そこには正装である黒を基調とした複数の勲章が付けられた軍服を身につけた、アルベルト陛下が立っていた。
たちまち、電撃が走ったような衝撃と息苦しさが襲ってくるけれど、何とか抑えこみ気丈を装い立ち上がって辞儀をする。
「……国王陛下にご挨拶申し上げます。お忙しい中、こちらまでお越しいただき恐悦至極に存じます」
何とか形式的な挨拶はしたものの、顔は引き攣っているし身体は恐ろしさから震えが止まらないでいる。
けれど、ここはきっと死後の世界なのだろうし、カーラのこともあるけれど、何よりわたくしはこの方に一度見限られて見殺しにされているのだ。
──これ以上失うものなど何があるのだろう。
そう思うと、絶対に陛下に負けないという気持ちが湧き上がってきて、心が夜の海のように静かに落ち着きを取り戻していく。
「面を上げよ」
「……はい」
決して動作を早めず、けれどそれでいて優雅さも兼ね添えることを忘れずに身体を起こしていく。
陛下に対して絶対に微笑まず、隙を見せないようにすると誓いながら視線を合わせた。
ああ、凛とした姿勢、漆黒の艶のある御髪、強い生命力を感じるお姿。お変わりがないようで安心したわ。
……いいえ、もうわたくしが陛下の身を案じる理由など、例えここが死後の世界であってもどこにもないのだ。
「あと半時で婚儀が始まる。式中の身の振り方は心得ているな」
「……はい。事前に何度も打ち合わせておりますので」
「ならばよい」
陛下は、無表情とも無関心とも言える、普段わたくしのみに向ける力のない瞳でチラリと眺めると、目を大きく見開き動きを止めた。
どうかなされたのかしら。滅多にわたくしに対して動じたり、感情を露にする方ではないのだけれど……。
「……今日は笑わないのだな」
笑わない。……ええ、もちろん。
真に必要に迫られたときだけ貴方様には微笑むことにいたしましたので、必要もないのに微笑んであげるものですか。……詳細は今決めましたけれども。
とはいえ、本音をそのまま伝えてしまったら不敬罪で捕らえられかねないので……。
「はい。とても緊張をしているのです。どうか寛容な陛下におかれましては、ご承知いただければと存じます」
「……そうか」
そうして一瞥すると、陛下は共に入室していた近衛騎士と退室された。
どうにか、この溢れんばかりの黒い感情を陛下に対してぶつけずに済んだので安堵していると、わたくしたちの様子を無言で見守っていたオリビアが青い顔をしていた。
「お嬢様。なぜ、陛下に対してあのようなぞんざいなご対応をなされたのですか? わたくし、心から背筋が凍りつくような思いをいたしました」
その声は真から震えているようで、何だかオリビアにはとても気の毒なことをしてしまったと思うけれど、わたくしは自分の判断が間違っているとは全く思わないわ。
「……本当に緊張しているのよ。それに陛下もこれから来賓や他貴族のご対応や牽制でお忙しいでしょうし、なるべくわたくしに構って神経をすり減らして欲しくないの」
「け、牽制。……それに、神経をすり減らすなどと……」
目を丸くするオリビアに対して、どう対応をするのがよいのかと考えあぐねていると、ふと目前のドレッサーの鏡に映る自分の姿が目に入った。
──その目は鋭く全く笑っておらず、冷たい印象を受ける。
けれど、わたくしはこの目に悪い印象は持たず、むしろ好印象を抱いたわ。
そうか、きっとこれが本来のわたくしの目なのだ。それこそ、一年前の誰にでも穏和な目を向けていたときのそれよりも気高いと思う。
けれど、少し前まで穏和な笑顔を振り向いていた女性が、突然このような表情をするようになったら、周囲の人間は大方オリビアと同様に困惑をするのかもしれない。
そうね、陛下に対しては絶対に譲れないけれど、それ以外の場面では弁えなくては。
そう思案していると、介添人がわたくしの両親と弟と共に入室して来たのだった。
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