第47話 魔術師長就任式
ご覧いただき、ありがとうございます。
「妃殿下、おはようございます。入室してもよろしいでしょうか」
温かくて柔らかいふんわりとした寝具に包まれていると、突然扉を叩くノックの音と共にティアの声が耳元に響いた。
「…………はい、構いません」
「失礼いたします」
そして、ティアは寸秒後に静かな動作で入室をすると、速やかにわたくしが横になっている寝台付近まで移動し、一礼をした。
「妃殿下、改めておはようございます。本日は王宮魔術師長の就任式がございますので、普段よりも早めの御支度とさせていただきたいと思います」
魔術師長の就任式……。
正直なところ未だフワフワとした心地でいるけれど、そうだわ。
今日はわたくしも出席をするだけではなく、開会式で祝辞を読むという大役を任されたのだ。
自覚をした途端に意識が鮮明になり、身を起こしてティアの方へと身体を向けた。
「おはようございます、ティア。本日は、よろしくお願いしますね」
「かしこまりました。それでは早速洗顔等の身支度を整えてから、軽く朝食を摂っていただきます」
「承知しました」
ティアは再び一礼をすると、すぐさま室内中のカーテンを開きに回った。
カーテンを開けてもまだ窓の外は薄暗いようだから、今は夜更け前かしら。
王宮魔術師長の就任式は朝の九時頃から開始されるので、早朝から準備を行う必要があるのよね。
……確か前回の生のときもそうだったけれど、あのときは身体の調子があまりよくなく、準備をして出席をするだけで精一杯だったのだ。
けれど、今日はそういうこともなく滞りなく身支度をし、朝食を済ませて予め選んでおいた衣装に身を包み、ティアやオリビアたち数名の侍女によって化粧を施され髪が結い上げられた。
「妃殿下、とてもお美しくいらっしゃいます」
「そうであるのなら、皆のお陰ですね。ありがとう」
そう言って微笑むと、わたくしを取り囲むように立っている周囲の侍女たちが一斉に辞儀をした。
「温かいお言葉をいただきまして、感慨無量でございます」
思わず目前の姿見を通して背後で涙ぐむティアの姿を確認すると、ふと普段よりもより着飾った自分の姿が目に入る。
主に金糸が基調で丈は膝下までの露出の少ないローブ・モンタントに身を包み、首元に華美な蒼色の宝石の首飾りが彩られ、髪は結い上げられた上に耳元には首飾りと同じ宝石のイヤリングが揺れている。
化粧は控えめだけれど頬の桃色の頬紅が冴えていて、一分の隙もない艶やかな仕上がりだった。
「皆のお陰で、この上ない仕上がりになりました。改めて心から礼を言います」
「妃殿下、ありがとうございます」
侍女たちは皆一様に頭を下げ、寸刻程おいてティアが声をかけた。
「それでは、妃殿下。そろそろお時間でございます」
「ええ、承知しました。それでは会場に参りましょう」
「はい」
わたくしは意を決して立ち上がった。
今日は祝辞を述べる大役があるけれど、それだけではなく、……そう。今日は彼女も、……カーラも式典に招待をされているはずなのだ。先日の件もあるのだし、今日はより気を引き締めなければ。
◇◇
会場は王宮の舞踏場であり、ここは半月程前に婚儀の後の晩餐会を開いた場所でもある。
今日は王宮魔術師の行事なので、主に国内の名だたる魔術師やそれに連なる貴族たちが招待をされている。
確か、カーラの実家のビュッフェ侯爵家もその一門のはずだけれど、前回の生のときにカーラは「自分は魔術の才能がほとんどなかったので低級魔術しか使用することができない」と言っていた。
そう言い切っていたのが、今では少し気にかかるけれど……。
わたくしの席は主賓席に設けられており、到着したときにはすでにアルベルト陛下が長椅子にお掛けになっていた。
黒のテールコートをお召しになっておられて、とてもお似合いでいらっしゃるわ。
陛下の席の前まで移動をすると、スカートの裾を両手で握って辞儀をしてから頭を下げた。
「おはようございます、陛下」
「ああ、おはよう」
陛下は自然な動作で立ち上がり、わたくしの方に手を差し伸ばした。これはもしかして、エスコートをしてくださるのかしら……?
ともかく、このまま手を取らないわけにもいかないし、その手を取りたいという気持ちが湧き上がってきたので、ゆっくりと陛下の手に触れてエスコートを受け入れた。
すると、その手は思ったよりも温かくて、気がついたらわたくしの頬も熱くなっていた。
「ありがとうございます、陛下」
「ああ。……ときに、今日のそなたの召し物だが……とても」
陛下が何かを仰ろうとしたのと同時に、王太后のソフィー様や王弟のレオニール殿下も次いで入室しご着席なさった。
「おはようございます、王太后様、レオニール殿下」
「おはようございます、セリス王妃。あら、本日の召し物もとても素敵ですね」
「本当だ。この間の晩餐会の時の銀色が基調のドレスも素敵だったけれど、今日のドレスもとてもお似合いですよ」
「ありがとうございます。お二人にそう仰っていただき、光栄です」
お二方とお会いするのは、婚儀の日以来初めてなので内心では少し緊張をしていたのだけれど、それほど構える必要はなかったのかもしれない。
何しろお会いをしてお話しをするだけで顔が綻んでくるのだもの。お二方は相変わらず、わたくしの心のオアシスであられるわ。
王太后様は金糸が主のローブ・モンタントをお召しになっていて、殿下は陛下と同じように黒のテールコートをお召しになっている。お二方ともよくお似合いだわ。
補足をすると、お二方は陛下とわたくしが住んでいる本住居宮とは、中庭を隔て離れた場所に建てられた別棟の居住宮に住まわれているので、普段は食事もほとんど共にすることはないのだ。
けれど、以前の生ではわたくしのティーサロンにそれぞれよくお越しくださったので、その場で交流をしていたのだったわ。
「それにしても、二人とは二人の婚儀以来初めて会うのだけれど、とても和やかな雰囲気で安心いたしました。毎晩、晩餐を共にしているとも聞いておりますし」
それは、つまるところ陛下とわたくしのことを仰っておられるのかしら。
ソフィー王太后様の目には、恐縮ながらそのように映っているのね。
確かに、わたくしは以前よりも随分陛下に心を許しているけれど、……その言葉を聞いて当の陛下はどうお感じになっているのかしら。
控えめに横目でチラリと見てみると、陛下は無表情で特に変わりがないように見えたけれど、口元がやや緩んでいるようにも感じた。
「王太后。本日は解任されたドミニク氏に代わり、魔術師長就任をするカイン・バルケリー氏の就任式です。招待客は魔術に関する家門ばかりですが、確か王太后のご実家のミラーニ家も招待されていますね」
「ええ、そうですね。貴方も知っているとおり、ミラーニ家はわたくしの兄が爵位を継いでおり、本日も兄が参席なされる予定ですが、……それがどうかいたしたのですか?」
「……いえ。ただ、ミラーニ侯爵には一つ伝えておかなければならないことがあるものですから」
「そうですか。それでは後ほど侯爵には陛下と会談を持つように取り計らっておきましょう。……それにしても、貴方が当日に持ちかけるとは、おそらく何かあるのでしょうね」
王太后様はそれ以上は言葉を紡がず、扇子を取り出して口元をお隠しになられた。
どこか憂いを秘めた表情をなさっているけれど、何か心当たりでもあるのかしら……?
◇◇
それから十分も掛からない内に式典が始まり、司会者が進行をしていく。
厳粛な雰囲気の中で粛々と式は進んでいき、いよいよわたくしが祝辞を読み上げる運びとなった。
「それでは王妃殿下、よろしくお願い致します」
「はい」
緊張から、身体が震えてくるのを何とか抑えながら立ち上がり、一歩ずつ演台の方へと歩みを進める。
そして、三日ほど前に侍従から手渡され、これまで何度も読み上げて練習しておいた原稿を広げて読み上げ…………え?
──原稿に、何も書かれていないわ。
わたくしは全身に震えと共に凍りつく感覚を覚えた。どうして、こんなことが……。
すると、更に凍てつくような気配を感じたのでそちらの方に咄嗟に視線を合わせると、そこにはわたくしを凝視するカーラがいた。
頭の中が真っ白になった刹那、カーラの身体から僅かに何かの力の気配を感じたのだった。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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