第38話 手がかり
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その後、魔宝鏡の中のオリビアはポットとカップを載せたトレイを両手に持って厨房を後にし、居住宮の三階に位置するわたくしの湯浴み部屋に扉を叩いてから入室した。
…………よく考えたら、これはオリビアの記憶を映しているのであって、となると当然わたくしの裸も、皆に、見られてしまうのかしら⁉︎
一気に背筋が凍りついて、冷や汗が出てきたわ……。
「ここからは、リビアの記憶に私事権保護をかけ、妃殿下のお姿は映さないようにしますので」
「……安心致しました」
まるで瞬時に察したかのように、バルケリー卿が声をかけてくれたので心から安堵した。
心なしか、アルベルト陛下からの視線も気にかかるので確認してみると、鋭い眼光で周囲に対して威圧をするような視線を投げかけていたわ……。
それにしても、魔術はそういうこともできるのね……。
その後は、わたくしを映さないような魔術補正を施された映像が流れていき、始終ポットも映像に入り込んでいた。
オリビアがポットを手に持ってカップに白湯を注ぎ、わたくしに手渡したところで映像は終わったけれど……。
「特に、……変わったところはなかったようですね」
エモニエ卿の呟きに、わたくしも思わず頷いたけれど、ふと視線に入ったバルケリー卿は、真剣な表情で何かを思案しているようにみえた。
「違和感を覚えた箇所が一箇所あったので、その点をもう一度遡りたいのだがよろしいか」
「ああ、了承した」
陛下が頷くと、バルケリー卿はそっとオリビアの額に自身の右の手のひらで触れる。
「リビア、すまない。もう少しだけ堪えてくれないか」
「ええ、このくらい大丈夫よ。自分の身の潔白も大事だけれど、何より妃殿下の身の安全の方が大切だもの。何度でも試みてちょうだい」
思わず目頭が熱くなった。
被術者の負担も相当なものに違いないけれど、何よりわたくしの身を案じてくれて……感謝以上の言葉は浮かばない。
……けれど、同時に自分自身に対して歯痒くも思う。誰かの庇護を受けるばかりではなく、わたくしも周囲の人たちの為に常に動けるようにならなければ。
「呼び覚まされし記憶よ、我らの目前に現れよ」
再び、オリビアの肩の上に置かれたバルケリー卿の右手が発光し、魔宝鏡へとその光が移ると次第に魔宝鏡に映像が映った。
「リビア、君が湯浴み部屋に入った時のことを、もう一度思い出してくれないか」
「ええ、分かったわ」
オリビアが目を閉じて思案すると、湯浴み部屋でのポットの様子が映し出された。
「……ここだ」
バルケリー卿が右手の人差し指を突き立て早口で何かを呟くと、映像がある部分で止まる。
これはポットとカップが映っているだけで、特に何の変哲も無さそうだけれど……。
「この場面で、誰かが隠蔽魔術を使用している」
「隠蔽魔術……ですか?」
わたくしの問いかけに、バルケリー卿は深く頷いた。
「はい。残念ながら、誰が使用したのか詳細までは究明できそうにありませんが、ただ、明らかにここの箇所に何らかの魔術を使用した形跡があるのです」
「……そんな、何故……」
鼓動が高鳴ってくる。
……あの時、あの場にいたのはわたくしの侍女だけなのよ。それなのに誰かがその「隠蔽魔術」を使用したと言うのなら……。
「大事はないか?」
不意に温かい温もりを背中に感じた。
そっと地に足をつけると、陛下が受け止めてくださったのだと、寸秒経ってから認識をすることができた。
自分が倒れそうになっていたことに、気がつかないとは……。
「陛下、ありがとうございます」
「いや、よいのだ。しかし、ここからはそなたには心苦しい内容になるやもしれない。ここで、私室に戻ってもらった方がよいのかもな」
私室に戻る……。
陛下のお心遣いはとても嬉しいけれど、逃げずに向き合わなければいけないと、強くそう思った。
「いいえ、ことの真相が判明するまでは、ここにいるつもりです」
「しかし……」
陛下が、わたくしのことを考えてくださっている。
……そのお心遣いに胸がじんわりと温かくなるけれど、でもやはりオリビアの傍にいたい気持ちも強いのだ。
その旨を、どのような言葉で伝えようかと思案をしていると、静かな動作でバルケリー卿がわたくしたちの傍までゆっくり近寄り、口を開いた。
「恐れながら妃殿下。それは難儀なことかと思われます。何しろ、隠蔽魔術の効果により手掛かりが消されていますので」
「左様ですか。……それでは、オリビアはこのまま軟禁生活を続けることになってしまうのでしょうか……」
「いいえ、それは問題ないでしょう。何しろ隠蔽魔術を使用した痕跡は突き止められたのですから。……妃殿下」
バルケリー卿は姿勢を正して、真剣な眼差しを向けた。
「……はい、如何致しましたか?」
「先程の話通り、妃殿下にはお伝えをしなければならないことがありますので、この後お時間を少々いただけますでしょうか」
咄嗟に陛下の方に視線を移すと、陛下は強く頷かれた。
「構わない。もちろん私も同席するが」
バルケリー卿は小さく息を漏らすと、頷いたのだった。
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