第3話 そして二度目の人生へ
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「時間だ」
死刑執行当日の詳細を、正確には覚えてはいない。
ただ、刑自体は非公開だったこともあり、中央に椅子が置いてあるだけの何もない無機質な部屋に、執行人とわたくしだけが存在する簡素なものだった。
執行人が速やかに手渡した毒入りの魔術薬を震える手で受け取り、わたくしは恐る恐る飲み干した。
水のように無味だとぼんやりと思った後、徐々に意識が失くなり、力なくその場に崩れ落ちていく瞬間、──今までのことが走馬灯のように浮かんだ。
先日の法廷での陛下とカーラのことも。
わたくしは、幼き頃から一途にアルベルト陛下のことを想ってきた。
けれどあの方のことをいくら想っても、その想いを受け止めてくれたことは今まで殆どなかった。
会話をしても目も合わしてくださらないし、時々憂いを帯びた表情をされていたのだ。
そのうえ、わたくしは冤罪なのに、それを信じ晴らしてくれるようなことも決してなかったわ……。
もし、もう一度人生をやり直せるとしても、二度と陛下を愛さない。愛してやるものですか!
陛下は、わたくしが止め処なく無条件で自分を愛する存在なのだと思って、自分から何かをしなくてもよいとわたくしを軽んじたのだ。
──わたくしを馬鹿にするのも、たいがいにして欲しいわ! それに、わたくしを欺いたカーラのことも絶対に許せない!
魂の叫びが心中に広がり、心が今まで生きてきた中で一番熱くなった。
瞬間、身体全体に閃光のような衝撃が走り、これだけは一緒に葬って欲しいと懇願し、私物の所持の許可を得られたお祖母様から贈っていただいた胸元のペンダントから眩い光が発し、わたくしを優しく包み込んでいく──
◇◇
眩い光が視界全体に広がったので、思わず強く瞼を閉じていた。
だから、しばらく時間が経っても、恐ろしくて中々瞼を開くことができないでいる。
「……お嬢様?」
そのそよ風のような声はとても懐かしく、もう一度聞くことができるなんて思ってもみなかったから、自然と涙が溢れた。
「……オリビア……」
「まあ、お嬢様! どうなされたのですか?」
オリビアは咄嗟にわたくしが座っている椅子まで駆け寄ると、絹のハンカチを手に取り目元の涙を拭いてくれた。
「お化粧が、少し落ちてしまわれましたね。ですが、このくらいでしたらお粉をのせればすぐに直せますからね」
目元を丁寧にハンカチで拭った後は、粉を振ったパフで優しく目元を押さえてくれ、その優しい手つきにまた涙が滲みそうになる。
けれど、再びオリビアの手を煩わせてしまうかもしれないから必死にそれを抑えようとすると、ふと目線の先の鏡に、ブロンドのカールした髪を高い位置でまとめ、肌は色白だけれど顔色もよく、澄んだ瑠璃色の大きな瞳の女性が映っていた。
この女性は誰だろう。何か酷く懐かしい気持ちになるのだけれど……。
そうぼんやりと思うと、自分が動くとその鏡の中の女性も動くので、──どうやらその女性は自分のようだった。
わたくしは、勾留されてから長らく鏡がない生活を送り自分の姿を見ていない。
また、何かの機会で鏡を見ることがあったとしても、痩せ細り酷く痛みくすんでしまったブロンドの自分が映っているから、堪らなくすぐに目を逸らしていたので、以前の自分の姿などとうに忘れていた。
……待って。この女性がわたくしなのだとしたら、身につけているこの衣服は……純白のドレスのようだけれど、……まさか。
「オリビア。今日は何日だったかしら?」
「日付ですか? お嬢様、本日は六月十六日ですが。……先ほどからいかがなされたのですか? 本日は、お嬢様が予てより心待になされていた陛下との『婚礼の儀』ですのに」
一気に血の気が引いた。
どういうことかしら。六月十六日は先ほどわたくしが毒薬を飲んだ日付と同じ。加えてわたくしが一年前に陛下と結婚した日とも同じだわ。
……まさか、時が遡った? いいえ、そんなことが起こるわけがないわ。ここはもしかしたら、死後の世界なのかもしれない。
「お嬢様。そろそろ陛下がお越しになる時間ですので、心得ておいてくださいましね」
「……陛下?」
陛下がわたくしの元にお越しになるわけがない。
これまでの習慣でそうとしか思えないけれど、扉をノックする音はすぐに鳴り響き、オリビアは速やかに応答するために扉の前まで移動した。
まさか、本当に陛下が……。
全身から冷や汗が滲み出し、鼓動が早鐘のように打ち付けてきたけれど、そのお方は室内に入りわたくしの傍まで歩み寄ると立ち止まったのだった。
お読みいただきありがとうございました。
次話から、セリスの二度目の人生が本格的に始まります。是非お付き合いいただけると幸いです。