第35話 提案
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アルベルト陛下は手元に置かれたお水を一口含むと、そのグラスを静かにテーブルの上に再び置いてからわたくしの方に視線を移した。
そして、しばらく周囲には沈黙が続く。
……特に陛下からは話を切り出さないようだし、わたくしから切り出しても良いという合図だと受け取って良い……のかしら。
「……陛下。オリビアが警備隊に連れて行かれたのは、わたくしが昨日飲んだ白湯を手渡したのが、オリビアだったからなのでしょうか」
……この問題からは絶対に逃げては駄目だわ。
緊張からか、喉が焼けるように熱いけれど、……それは今は関係がないわ。
「……ああ、そうだ。このことは、現時点よりも詳細が判明した後に、そなたに打ち明ける予定だったのだが、そこまで察しがついているのであれば隠しておく理由はなかろう」
「オリビアは、ただ、わたくしに対して白湯を手渡しただけです」
「ああ、そうだ。……だが、昨夜そなたが口にした白湯には、ある魔術薬が混入されていたのだ」
「魔術薬……ですか?」
胸の鼓動が早鐘のように高鳴ってくるけれど、打ち明けてもらったことにより胸のつかえがストンと取れてそのまま腑に落ちた。ということは、もしかしたらその魔術薬は……。
「王妃に薬を盛るなど、本来、断じてあってはならぬことだ。加えてこういったことがなきように、普段から王宮中に感知魔術を張り巡らしているのだが、件の薬はそれをすり抜けられるような代物だったらしい。毒であればすぐに感知されるのだが、あえて毒を使わず直接害を及ぼさないような種類の薬を使用してきたところに、首謀者の狡猾さが垣間見えたといえる」
だから陛下は、今朝早くに主治医の手配をなさってくださったのね。
そう思うと胸の奥がじんわりと温かくなってきた。
「けれど、その白湯はたまたまオリビアが手渡しただけであって、オリビアが魔術薬を盛った証拠にはなり得ないと思います」
「……その点なのだ」
「……どういうことでしょうか」
「我々も当然そう思った。……だが、王宮魔術師がいくらリバー子女や証拠品に逆行魔術を使用しても、彼女がポットでカップに白湯を注ぐ場面やそのポットにケトルで湯を注ぐところの確認が取れたのみなのだ。彼女自身が実行した証拠もないのだが、反対に容疑が晴れる証拠もない状態だ」
「……そんな……」
そんなことがあり得るのだろうか。確か逆行魔術は、対象者の記憶や対象物の状態を確認することができる魔術で、それは高度な魔術なだけに正確さはほぼ十割なのだと一般的な知識として聞いたことがあった。
そうであれば、……どうして……。
ただ、わたくしの中で何かが引っかかった。何か今のような状況を、わたくしは知っているような気がする。
「なので、しばらく彼女の身柄はこちらで預かることになる」
「……オリビアは王室の留置所にいるのですか?」
「いや、流石に容疑が無い者を留置所に送ることはない。彼女は現在、王宮内の安全な場所に移ってもらっている」
「……それを聞いて安心致しました」
よかった。オリビアがもしあの留置所に入れられてしまったら、どんなに心寂しいのだろうと想像するだけでも悲しくなる。
「陛下。バルケリー卿は、オリビアに対して逆行魔術を使用したのですか?」
瞬間、陛下の眉がつりあがったけれど、すぐに元に戻る。
「……いや、聞けば彼は子女と親しき間柄ゆえ、不正を働く可能性もあるので招集することはできないのだ」
「ですが、バルケリー卿が不正を行い、もしそれが発覚をするようなことがあれば、更にオリビアを窮地に陥れてしまいます。卿はオリビアと親しいからこそ、そのようなことは行わないと思うのです」
「やけに、バルケリー卿の肩を持つのだな」
陛下は何処かつまらなそうな声色でそう言った。
何故かバルケリー卿の話題を出すと、いつも決まってこの声色になるのよね。どうしてなのかしら。
「そのつもりはありません。……これはあくまでも、わたくしの考察による推論に過ぎませんが、……今回の件は白湯に盛られた薬が何の薬だったのかはともかく、薬を盛ったという時点で、おそらくわたくしたちの初夜の儀を台無しにさせようとした者により計画されたことだと思うのです。第一、自分に容疑が向けられる危険を冒してまでそれを行って、オリビアに何の得があるのでしょうか」
「そうだな。ただ、そなたにこのようなことを伝えるのは心苦しいのだが、……初夜の儀がそなたの起因で上手くいかなければ、そなたの立場が悪くなる可能性が高いのはそなたも知っておろう。子女は、それを狙ったとも考えられるのだ」
陛下からの言葉を、自分でも不思議なくらい冷静に受け取ることができた。そして、確固たる確信が湧き上がってくる。
「オリビアが、わたくしを落とし入れることを考えることなど、考えられません」
ふと目を閉じると、初夜の儀の前の湯浴みでのオリビアの穏やかな笑顔が浮かんだ。これから、わたくしを陥れようと考えている人間が、あのような表情はできないと直感が過った。
「……ならば、そなたには他に得になりうる者の心当たりがあるのか?」
「……それは……」
再び目を閉じて思案をすると、すぐにある女性が浮かび上がって来た。艶のある長い黒髪が印象的な……カーラだ。
けれど、流石にこのことをそのまま伝える訳にはいかないわ。何の証拠も無いのだし。
「分かりませんが、ともかくオリビアは関係がないと考えます」
「……そうか」
それにしても、首謀者をカーラだと仮定をするとしたら、カーラはまだここにはいないのに、どうしてこのようなことができるのかしら。
……もしかして、共犯者が内部に……いる? そもそも、どのような手段を用いて薬を手に入れて、逆行魔術に引っかからないようにしたのかしら……。
「陛下。やはりバルケリー卿に願えませんか」
前回の生での記憶の中のバルケリー卿は、どの魔術師よりも強力な魔術を使用していた。加えて魔術に関しての知識も豊富な方なので、卿であれば何か糸口を掴めるのかもしれないわ。
「……そうだな。だとしたら、バルケリー卿には不正を犯さないようにその間常に見張りをおくことになるが」
「……本人が承諾をしましたら、そのようにしていただきたいと思います」
「了承した」
そして一通り話をした後、早速陛下が手配をなさり、翌日バルケリー卿と不本意な形ではあるけれど、今生での初対面を果たすことができたのだった。
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