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第32話 心地の良い目覚め

ご覧いただき、ありがとうございます。

 わたくしは、何処にいるのだったかしら。不明瞭だけれど、全身がとても温かくて心地がよい。

 この優しく包み込んでもらっているような、それでいて(たくま)しく頼もしいような感覚は何かしら……。


 微睡(まどろみ)ながらその感覚を楽しんでいると、急に首元に違和感を覚えた。けれど、すぐに消えていったので、気にせずにしばらくそのままでいる。

 その後、どれほど時間が経ったのかは分からないけれど、誰かがわたくしの頭を撫でているような感覚を覚えた。


「う……ん」


 心地のよいその感触を確認したくて、そっと目を開いてみる。すると、そこには……。


「すまない、起こしてしまったな」


 アルベルト陛下がいらした。……そうだわ。昨晩は初夜の儀だったのだ。

 あの時は黒い感情が渦巻いてきたけれど、今はそんなことはなく、反対に陛下がわたくしを包み込むようにして寝台に横になっていることが心地よくて、ずっとこのままでいたいくらい……。


「……いいえ、むしろ心地がよいのです」


 フワフワした感覚だからか、感じたことをそのまま口にしていた。


「その言葉は誤解を招くが、……純粋に喜ばしいな」


 ボソリと呟くと、再び優しい手つきでわたくしの髪を撫でてくださった。心地がよい……。


「……セリス」


 思わず意識が戻った。反対に思考が働かなくなり、鼓動が高まってくる。


「おはようございます、陛下」

「ああ、おはよう」


 ……今、わたくしは陛下に抱きしめられて、横になっている……?

 昨日、寝台に入った時は離れて横になったはずだったけれど、いつの間にか近くに寄ったのかしら。


「あの、陛下……」

「どうかしたか?」

「その、いつの間にかわたくしは陛下のお傍に寄ったようですが……」

「ああ、目覚めたらそなたが傍で心地よさそうに眠っていたな」

「そうでしたか……」


 ということは、わたくしが陛下に近寄ったのかしら。陛下は眠った時とほぼ同じ位置にいらっしゃるし……。

 昨夜の恥を上塗りしてしまったわ……。


 ともかく起床しなければと思っていたら、察してくださったのか陛下が起き上がったので、少し間をおいてからわたくしも起き上がった。

 すると、何か首元に幾つか違和感を覚えて何となしにそれらに触れていると、服装を整えていた陛下がわたくしに視線を移した。

 

「セリス」

「……はい」


 未だに名前を呼ばれると全身が熱くなる。


「私たちは夫婦だ。そして昨晩は初夜の儀であった」

「……はい」


 胸がズギリと痛んだ。

 わたくしが陛下に対して発した言葉を思わず思い出したのだ。


「……実のところ契りは交わしておらぬが、侍従には滞りなく儀式は終わったと報告をしようと思うがよいか?」


 そうだわ。わたくしたちの結婚は個人のものではなく、国全体のものなのだから、侍従に報告をするのは責務なのだ。

 ……けれど、実際に行ってはいないので、虚偽の報告となってしまうかもしれない。


「それは虚偽の報告となりませんか?」

「そうだな。……だが私はそれで構わないと考える。もし行われなかったと報告すれば、そなたの立場が悪くなるからだ」


 ……確かに、初夜の儀が行えなかった王妃は、未熟者と周囲から認識されてしまうと妃教育の際に教えられた。

 反対に婚儀後すぐに行わなくてもよいとも言われていたけれども、それはもしかしたら虚弱体質のわたくしのみに適応されていたのかもしれない。

 よく考えると、自分自身のそういった部分を他人に知らせなくてはならないなんて、改めて王妃や国王の私生活は常に周囲に晒されているようなものだと実感した。


「……ただし、子は授かりものではあるが、長らく授からぬとそなたの立場が悪くなるやもしれない。……授かるかはともあれ、そなたには悪いが王妃の努めとして、最長でも半年程経ったら改めて契りを交わしたいと考えるが、よいか?」


 再び胸がズギリと痛む。

 何て温かい言葉なのだろう。わたくしのことを真摯に考えていただいている。

 反対にわたくしは陛下に対して何も返せていないし、それどころかあんな言葉を……。


「はい、承知いたしました」


 陛下は頷きそっと寝台から降りると、テーブルから「魔宝具のベル」を取り出す。


 昨夜は気にならなかったけれど、陛下の私室もとても広いわ。

 大幅なサイズの天蓋付きのベッドが部屋の中央の壁沿いに設置されているけれど、それでも部屋の広さに対して決して大きくはなく、充分室内には自由に歩き回れる余地があるように感じる。

 前回も訪れているはずだけれど、数回程しか訪ねていないし、陛下の部屋を観察する心の余裕もなかったのであまり覚えていないのよね。


「それでは、そろそろ侍女を呼び出そうと思うが、よいだろうか」

「はい。ありがとうございます、陛下」


 陛下はベルを鳴らそうとしたけれど、動きを止めて、ベッドの上に座るわたくしの傍まで移動した。


「……隠蔽工作として、首元に印をつけておいた。これから侍女による湯浴みがあるので、必要だと判断したのだ。加えて、これから半月に一度は房時があるが、その度にそれは行うつもりだ。……不都合があればやめておくが、如何か」


 隠蔽工作……。そうか、先程の感覚はそういうことだったのね。

 何かしら分かりやすい証拠を残した方がよいのだろうけれど……。


 ──みるみる内に顔が熱くなって来た。とても気恥ずかしい……。寝ている間に行ってくれてよかった……のかしら……。けれど、そもそも昨晩はもっと具体的なことを行う予定のはずだったのだし……。


「……はい、問題ありません」

「そうか」


 陛下は、どこか安心したような表情をされた後に、ベルを鳴らしたけれど「伽を行いたくない」という身勝手に、どうしてここまで陛下が対応してくださるのか考えるあぐねていた。

 すると、ふと昨夜の陛下の言葉が過る。


『そなたに惹かれているのだ。真っ直ぐな、強い眼差しで民を見ていたそなたに強く惹かれた。……それでは理由にならぬか?』


 思い出したら胸が苦しくなって、思わず顔を寝具で覆って隠した。

 今陛下に、この複雑な表情をお見せすることなんて、とてもできないと思ったから。

お読みいただき、ありがとうございました。

次話もお読みいただけると幸いです。


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