第29話 アルベルトからの招待
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窓から光が差し込み、穏やかな風も入り込んでわたくしの頬を優しく撫でる。
レースのカーテンがゆらゆらと揺れていて、とても気持ちの良い朝だ。
朝の空気を感じながら、わたくしは普段通り私室で朝食を摂っていた。
テーブルの上にはよい香りの美しい料理が並んでいて、それらを見ているだけで、今日も生きる糧を享受することができている事実を感じ、感謝の念が絶えない。
ゆっくりと口に運んだスクランブルエッグは、卵が新鮮なのかとても濃厚で柔らかい食感をいつまでも味わっていたくなる。
添えられているベーコンは鮮やかな桃色で、見ているだけで心が浮き立つよう。
「妃殿下は、とても美味そうにお食事をなさるので、見ているだけでわたくしも幸せな気持ちになります」
ティアは食後の紅茶を注ぎながら、優しい声でそう言ってくれた。
「あら、表情に出ていましたか。品が欠落していましたね」
思わず苦笑をするけれど、食事を摂れることが心から嬉しいので、表情に出てしまうこと自体を自重するのは難しそうだ。
「いいえ、少なくともわたくしの前では、決してご遠慮をなさらないでくださいませ」
「そうですか?」
真剣な表情をするので、笑みを漏らして思わず笑い声を上げそうになった。
けれど、ティアの言葉が嬉しかったのは本心なので、しばらくこの穏やかな気持ちを味わっていたい。
「妃殿下、本日も陛下から書簡が届いております」
ティアは、わたくしが紅茶を飲み終えるのを確認したのち、声をかけた。
「ありがとう」
婚儀の翌日の朝から必ず毎朝書簡を送ってくださるので、今ではこのやり取りは恒例のことになっていた。
封書の返信も婚儀の翌日の朝から必ず行っているけれど、何処か書簡が届くのを待ち侘びている自分がいるので複雑な心中になる。更に昨晩のアルベルト陛下の笑顔が忘れられなくて、また胸が熱くなった。
ともかく書簡を受け取り、ペーパーカッターで封筒を開けて便箋を取り出し、その書面を確認すると……。
『体調は如何だろうか。もし大事がないようであれば、今晩セリス王妃を私の私室へ招待をしたいのだが、如何か』
瞬く間に鼓動が高鳴った。
嘘。これって……。
吐息が荒くなり力が抜け、手にしていた便箋を思わず床の上に落としてしまった。
「妃殿下、如何致しましたか?」
ティアに思わず縋りつきたくなる。
まさか、こんなにも早く陛下から初夜の儀の要請がくるとは思ってもみなかったから、不意打ちで驚いているのもあるのだけれど、……何よりも、どこか喜んでいる自分がいることが受け入れ難いのだ。
「……今晩、陛下がわたくしをご自身の私室に招かれました」
「まあ、それはよろしゅうございました」
便箋を拾い上げテーブルに置くと、ティアは本心からそう思っているのか満面の笑みで喜んでくれた。
その笑顔にわたくしの胸はズキリと痛む。わたくしは陛下に対して後ろ暗い感情を抱いているのに、このように祝福をしてもらってもよいのかしら……。
「それでは、時間が近づきましたら今晩に向けてご準備をさせていただきますので、妃殿下につきましては、ご無理のない範囲でお付き合いをいただきたいと思います」
「分かりました」
初夜の儀の準備……。
前回の生の時も行ったので覚えているけれど、要はいつもよりも念入りに湯浴みを行ったり、心地の良い香りを身体に染み込ませるために香油を塗ったりするのだ。
夜に間に合わせればよいので、確か夕刻前から行ったはずだわ。
それにしても、この鼓動はしばらく静まってはくれなさそうね……。
◇◇
あれから、わたくしの心はここにあらずで、長らくふわふわとした心地で過ごしていた。
わたくしのティーサロンの準備が整ったと、侍従に案内をしてもらいながら説明を受けたけれど、いまいち概要が耳に入ってこなかった。
サロンは王宮の本宮の一階に位置し、元は応接間だった部屋を改装したそうなのだけれど、それはわたくしがお茶を嗜むので外交の手段として使用できるようにと、陛下が改装の指示をお出しになられたとのことだった。
ただ実際には、宰相であるわたくしの父が陛下に進言し実現したようなのだ。
前回は王太后様やレオニール殿下は数回招くことはできたけれど、それ以外はあまり活用できなかったので、今回は是非とも活用をしたい。
華美な装飾がふんだんに施され色とりどりの花々が飾られたその室内は、本来なら見ているだけで心が躍るようなのに、今のわたくしは今夜のことが気がかりで何処か上の空でいる。
「お茶へのご理解の深い妃殿下であれば、存分にご活用をしていただけることでしょう」
「……サリー伯爵夫人、本日はお越しいただきありがとうございます。様々なお茶を楽しむことができて、有意義な時間でした」
「勿体ないお言葉です。妃殿下のお役に立てることができたのならば、光栄でございます」
サリー伯爵夫人とのやり取りを終え、夫人を来客用の玄関まで見送り挨拶を終えると、わたくし付きの侍女が懐中時計で時間を確認し声をかけた。
「妃殿下、そろそろ陛下との晩餐の時間ですので、ご準備願います」
「分かりました」
その後、普段通り準備をし陛下と共に食事をしたけれど、正直どういう態度で接してよいものか分からず、会話も殆どなかった。
惜しまれるのはその料理を殆ど味わえなかったことね。なんて料理に対して不誠実なことをしてしまったのかしら。
晩餐が終わり私室に戻ると、間もなくオリビアとルイーズ、それからマリアが入室して来た。
「妃殿下、そろそろ湯浴みのお時間です」
鼓動が一気に跳ね上がる。
「分かりました。参りましょう」
「かしこまりました」
わたくしは、湯浴みをするために私室のある住居宮へと、どこか現実味のない足取りで向かったのだった。
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