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第2話 面会

ご覧いただき、ありがとうございます。

 二ヶ月後。

 わたくしは拘置所の牢の中で、まるで生きる屍のように両膝を抱えて身を固くし、冷たい床の感触を感じながら、牢の中でただ時が過ぎるのを待っていた。

 刑の執行日が近づくにつれ、気力が失われて刺繍を刺すこともできなくなったのだ。


 加えて、先日わたくしの刑が執行されるのは明日だと刑務官から伝えられたが、どこか現実味がなかった。


「六十六番、面会人だ。面会室まで同行する」


 不意に、刑務官が牢の外から声をかけた。


 わたくしに、面会人? 

 牢獄に入ってから半年近くが経つけれど、これまでわたくしを訪ねて来たのは侍女頭のティアと侍女のオリビアだけだった。

 今日もオリビアか、──まさか。

 まさか、アルベルト陛下が会いに来てくれたのかしら。


『遅れてすまない。そなたの身の潔白を晴らすのに、時間がかかってしまったのだ』


 そうよ。陛下はきっと、わたくしを解放するために訪れたに違いないわ!


 これまで、重たい身体を引きずるように生きてきたけれど、急に身体が軽くなったように感じた。

 看守に手首に縄をつけられた状態で面会室に入ると、そこには──


 黒のデイドレスに身を包んだ女性、……カーラが座っていた。

 カーラはわたくしが入室するなり、口角を突き上げて、淑女らしい軽やかな動作で一礼をする。


「ご機嫌よう、セリス様。……いいえ、今はただの死刑囚でしたわね」


 わたくしは震える身体を抑えるように、ぎゅっと両腕で身体を抱きしめ、何とか自分を保つようにする。

 魔宝(まほう)ガラス越しに椅子に浅く腰掛けると、冷や汗が滲み出てくる。

 何故カーラは、わたくしをわざわざ訪ねて来たの……?

 その上、向けられる瞳には悪意が滲み出ていて、視線が合うだけで(おとしい)れられると思ってしまう。


「何の……ご用かしら」

「あら、本日はあなたにご挨拶に参りましたのよ。ふふ、明日旅立つあなたに最期のご挨拶をと」


 カーラはわたくしの侍女だった。

 聡明で会話も上手で、いつもわたくしの相談に乗ってくれた気の置けない存在だった。


 けれど、先日法廷で陛下の腕にその細い腕を絡ませる姿を目にしてから、カーラに対して不信感が強まっている。なぜ彼女はあんなことを……。

 それに、先ほどからわたくしに対しての物言いがあまりにも聞くに耐えず、不快感も高まっていた。


「……挨拶?」

「ええ。前王妃が、私欲を抑えきれず臣下と不貞をはたらき、共謀の上、魔術に関する機密情報を隣国ドーカルに売ったことは我が国の大きな汚点です」

「わたくしは、そんなことはしていないわ! 全くの事実無根、濡れ衣よ! 第一、どうしてわたくしがそんなことをしなければならないの‼︎」

「さあ、それはあなた様しか知り得ぬことでございましょう」


 これまで様々な貴族の令嬢に会ってきたけれど、その中でも一番綺麗な笑顔が目前にあった。

 ──ただし、それは邪悪さも兼ね備えていたのだけれど。


 その笑顔を見て全てを察した。

 ああ、そう言うことか。わたくしは彼女に嵌められたのだわ……。


「ですから、そんな元王妃様にせめてもの情けでご挨拶に伺ったのです。これからは、わたくしが王妃として陛下をお支えいたしますので、どうか安心して旅立ってくださいな」


 酷い動悸が襲ってくる。

 元々、わたくしは口数が多いわけではないけれど、それでもいつもにも増して口が開かない、言葉が出てこないのだ。


「……あなた……だったのね……」

「さあ、何のことでございましょう。まあ、あなたは王妃でいたところで、大したはたらきもできない『お飾り王妃』でしたから、ふふ、あるべき姿におさまるだけではないでしょうか」

「お飾り……王妃……」


 それは、できれば一生聞きたくない言葉だったけれど、もう一度聞くことになってしまうなんて……。


「ご機嫌よう、お飾り王妃様。安寧をお祈りしております」


 カーラが再び綺麗で邪悪な笑顔と共に見事な辞儀(カーテシー)をし、背姿を見せずに退室していくのと同時に、わたくしはその場で崩れ落ちた。

 

 悔しさと怒りと悲しみと情けなさと、様々な負の感情が一気に押し寄せて来て打ちのめされ、しばらくは自力で立ち上がれなかった。

 けれど、面会は終了だと無理矢理看守に引きずり出され牢獄に戻された。

 

 そしてその後も、いいえ、翌日である死刑執行時まで、わたくしは力なく放心状態で過ごしたのだった。

お読みいただき、ありがとうございました。

序盤のシリアス展開は次話で終了予定です。

また、魔宝(まほう)は作者による造語です。この先のお話で説明がある予定です。

次話もお読みいただけると幸いです。


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