第27話 アルベルトからの依頼
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教会から戻ると、窓の外には暮なずむ空が広がっていた。
その空を見ていると、今日の出来事が胸に染み込むようで胸が高鳴ってきたけれど、直に晩餐の時刻になるので、現在はオリビアに手伝ってもらって速やかに更衣を行っている。
今夜のイブニングドレスは、全体的に紺色の物を選んだ。
朝の書簡での知らせにより、今夜もアルベルト陛下と晩餐を共にすることになったのだけれど、最近は、ほぼ毎晩陛下と食卓を共にしている。とはいえ、食事中は殆ど会話らしい会話はないのだけれど。
正直に言って、陛下の表情が全く読めなくて会話をするタイミングが分からないのもあるし、食事が美味しいのでそれどころではないのもあるわ。
それから食堂へと入室し、給仕の案内で席に座ると、五分も経たずに陛下が入室され軽やかな足取りで自身の座席にお掛けになった。
わたくしは立ち上がって辞儀をし、陛下が右手を上げ許可が出たのを確認してから再び長椅子に腰掛けた。
「陛下、お待ちしておりました」
「ああ。すまないな、待たせてしまったようだ」
「いいえ、さほどお待ちしておりませんので、お気になさらず」
陛下から、わたくしを気遣うようなお言葉が率先して出るなんて……。
思えば、今生では何度もそのようなお心遣いをいただいているのだけれど、未だにそれには慣れる気配はなく、その度に心臓が高鳴って胸が苦しくなった。
その後しばらくは、いつも通り無言で食事を楽しみ頬を緩ませていた。
本当に食事は美味しいけれど……、そうだわ。
今日の日中に訪れた広場では、小さなパンを求めて大変な長さの列を成していたのだ。
わたくしは素直に食事を楽しんでもよいのかしら……。
「如何した。あまり食が進んでいないように見受けられるが」
その言葉で、初めて自分がメインディッシュの白身魚のムニエルが殆ど手付かずだったことに気がついた。
普段だったら今頃、幸福に浸りながら食事を堪能しているところだから、不思議に思ったのね。
「あまりにも美味しそうでしたので、見惚れていたのです」
……我ながら、かなり苦しかったかしら。
「……そうか」
意外にも、それ以上は特に触れずに食事を続けられているけれど、わたくしの方が何処か落ち着かない。
……この胸に湧き上がった思いを、今すぐ打ち明けてしまいたい。そんな衝動に駆られるのだ。
食後のデザートのスフレを頂きながら、チラリと前方の陛下の方に視線を移した。
陛下はあまり甘い物を食されないので、晩餐の際のデザートは前もって省略されており、今はコーヒーを飲んでいるわ。
「……時に」
「……はい」
話しかけられるだけで、緊張するわね……。
「来月の五日に、王宮魔術師長の就任式が執り行われる予定だが、その式典の開会式でそなたに祝辞を述べてもらいたいと考えているのだが、どうだろうか」
王宮魔術師長の就任式での祝辞? 思わず握っているスプーンを落としそうになったけれど、何とかすんでのところで持ち堪えた。
……確か前回では……そう、祝辞を読み上げたのはわたくしではなく陛下のはずだった。なのでとても意外だけれど、これは王妃として少しでも何かの役に立つために、よい機会なのかも知れないわ。
「承知いたしました。まだ王妃に即位して日は浅いですが、これから充分備えをし、誠心誠意、精一杯努めさせていただきます」
その場で小さく頭を下げると、陛下は小さく頷いた。
「そうか。悪いがよろしく頼む。原稿は既に政務官の方で用意をしてあるそうなので、後で届けるように手配をしておこう」
「ご配慮をいただきまして、ありがとうございます」
祝辞……。また一つ自分自身の役目ができたのだわ。とても嬉しい……。
ただ、前回と様々なことが変わってきていることがとても気にかかるけれど、……ひょっとしたら、前回とは違ったわたくしの行動や発言が元で変化しているのかしら……?
そう思うと、胸に熱いものが込み上げてきて、同時に背筋も凍りついた。……果たしてわたくしだけの判断で、出来事を変えてしまってよいのだろうか……。
ただ反対に出来事が変わるということは、……極刑に処される筈の未来も変えられる……のかしら……。
そう思うと気持ちが昂って立ち上がりたくなったけれど、丁度わたくしの分の紅茶が運ばれてきたので、ともかくティーカップに口をつけると良い香りと風味に気持ちが和んだ。
今は、目の前の享受に精一杯感謝しようという気持ちが湧き上がってきたのだった。
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