第20話 アルベルトからの誘い
ご覧いただき、ありがとうございます。
あれから、オリビアにバルケリー卿についての詳細を聞き、その話の限りでは卿は少々変わり者だけれど純真で不正を許さず、非常に能力の高い魔術師であるとの印象を抱いた。
そもそも、変わり者の一面は幼き頃の話であるし、オリビアが心を許している人物であれば心強いわ。
卿にペンダントのことを手紙で訊ねてみようかしら。
「オリビア、実は卿に折り入って頼みたいことがあるのだけれど……」
もちかけようとした瞬間、あの言葉が過ぎる。
『前王妃が、私欲を抑えきれず臣下と不貞をはたらき……』
途端に全身が凍りついたように感じた。
……そうだわ。わたくしは先日婚儀を済ませ、心情はともかく事実上はアルベルト陛下の妻なのだ。安易に他の殿方と、例えオリビアを介してだとしても接触するわけにはいかないわ。
……それならば、ここは慎重にならなければ。
「……できれば公式の場でお願いをしたいのだけれど、何かよい案はあるかしら」
「そうですね。妃殿下はお立場がおありですから、その判断は妥当かと思います」
よかった。やはりそうよね。
「では、王宮魔術師長の任命式後に行われる昼食会で、ご相談をなさるのはいかがでしょう」
「昼食会……」
正直に言って、あまり気は乗らないわ。
というのも、わたくしの記憶では件の昼食会は先日のように隣の席に陛下もいらっしゃるし、他の貴族も多く招かれていたはずだから、とても込み入った会話をすることはできないだろうから。
けれど、卿を個人的に王宮に招くわけにもいかないし……。
「あまりその場では、会話ができないと思うの」
「確かに、ご体調が回復なされたばかりですし、ご無理をなさらない方がよろしいので、その場は相応わしくないのかもしれませんね」
体調……。
あら? よく考えてみたら、この件はもう少し簡単に考えられるのではないかしら。
「……それならば、卿が就任した後に正式に依頼を出したいのだけれど、どうかしら」
「そうですね、よいお考えかと思います。……ただそうであれば、前もって陛下にお伝えをしておかれた方がよろしいかと思いますよ」
「陛下……」
……そうよね。公に行動するためには避けて通れない道だわ。
王妃として確固たる信用がある立場ならともかく、まだ成り立ての何の実績もない状況ですもの。何かを行うときは独断では行えないわね。
「分かったわ。いずれ、いえ、近いうちに折を見て相談をしてみるわね」
新たな懸案事項ができてしまったような気がするけれど、ともかくオリビアに相談することができて心が軽くなったように感じるわ。……ただ。
以前にも思考をしたけれど、カーラが後三ヶ月も経たない内にわたくしの侍女に就任をしてしまうのだ。
どうすればよいのか案を練りたいけれど、未だに考えるだけで思考が停止してしまい、あまりよい考えが浮かばないでいる。
……何とか対策を立てて、できれば彼女がここに来られないようにしたいけれど、頼る人もいない現状で果たしてそれは可能なのだろうか……。
◇◇
翌日の朝。
「おはようございます、妃殿下。お加減はいかがでしょうか」
「おはようございます、ティア。はい、皆さんのお心遣いもあり、今日はとても気持ちがよいです」
「そうですか。それは安心いたしました」
心から安堵をしたのか、ティアは柔らかな表情を見せると、すぐに主治医と朝食の手配を行ってくれた。
「はい、このご様子なら心配ないでしょう。本日から日常生活に復帰なされても問題ありません」
「安心いたしました。ありがとうございます」
ライム先生の許可が下りたので、わたくしは今日から通常の生活に戻ることとなった。
思えば、今まで私生活は全てこの部屋で行っていたので、婚儀の日から私室を出たことはなかったわ。
わたくしは虚弱体質がゆえに、前回の生の際は即位後も私室の寝台で寝ていることが多かった。
とはいえ、王都広場での炊き出しや教会への奉仕活動など、できる限りの公務には参加していたわ。
……ただ確か、様々な公務を行いたいと思い申し出ても、わたくしの病弱体質を理由に却下されてしまっていたのだ。
このままでは、今生でも周囲の者からお飾り王妃だなんて言われてしまうわね……。
けれど、どうしてわたくしはこうも病弱なのかしら……。
幼き頃からお世話になっていたお医者様が仰るには、わたくしは何か大病を患っているわけではないらしい。
加えて、身体的に子供を産むのは問題がないということで、婚儀の日も決まったのだけれど……。
それこそ、幼き頃から嫁ぐまで、週末には欠かさず教会にお祈りに行っていたし、お医者様のご助言どおり、天気の良い日は中庭をお散歩するなどをして身体を動かすことも欠かさずに行っていたわ。
今まで散々、様々な方法を試してみたけれど、わたくしの病弱体質は変わることはなかったのだ。
どうにも不甲斐なさを感じながらも朝食を終え、侍女たちの手により久方ぶりにコルセットとパニエを身につけてもらうと、ドレス選びの段取りとなった。
「妃殿下、本日のお召し物は如何なさいますか?」
「そうね……」
目前のワードローブには数十、いいえ、軽く見ただけで百着以上のドレスがかけられている。
様々な種類の彩り豊かなドレスが並んでいるけれど、……わたくしはこんなにも沢山のドレスを持っていたのね……。
牢獄の中では薄い生地の囚人服を着倒していて、それも替えの服は一枚だけ。加えて、三日に一度しか着替えることを許されていなかった。
あの暮らしを送った身としては、目の前のドレスは有難いし、大切に着ていきたいとも思うけれど、……わたくしには身にあまるし、とても贅沢に感じる。
胸も痛みはじめたけれど、隅の方に掛けられたターコイズブルーのラウンド・ガウンが目を引きそれを選んだ。
今のわたくしには、ゆったりとした衣服が良いと思ったのだ。
「まあ、とてもお似合いですわ」
「そうですか? ありがとう、嬉しいわ」
衣服を着替えると、ティアが手早く封筒を差し出した。
「陛下からお手紙が届いております。加えて、本日の陛下からの贈花は白の薔薇でございます」
白の薔薇……。
以前にも贈っていただいた上に、この花は陛下との思い出の花なのだけれど、もしかして陛下は覚えていてくれているのかしら……。
ともかく、椅子に腰掛けて封書を開き便箋に目を通した。
『快癒したとのこと。ついては、本日から晩餐を共にしたいが、如何か』
思わず読み間違いなのかと思って読み返したけれど、……どうやら間違いではないらしい。
断りたいけれどその理由もないので、ともかく承諾の返事を書くべく、わたくしは力なく机に向かったのだった。
お読みいただき、ありがとうございました。
次話もお読みいただけると幸いです。
ブクマ登録、↓広告欄の下にある⭐︎でのご評価をいただけたら嬉しいです!




