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第1話 元王妃セリス

新連載を始めました。

お付き合いをいただけると幸いです。

「ラン王国元王妃セリスを、極刑に処する」


 淡々と冷たい声で言い放ったその言葉を、わたくしはどこか他人事のように聞いていた。

 極刑……、ようやく言葉の意味を飲み込んだ途端、胸の鼓動は瞬く間に早鐘(はやがね)のように打ちつけ始める。


 俯いていた顔を見上げてみれば、冷たい声の主である裁判長が法壇の上に座り、凍てつくような瞳でわたくしを見下げていた。

 その後、判決理由を延々と述べ始めたけれど、その声は徐々に遠くなっていった。


 ああ、どうしてこんなことになってしまったのだろう。

 わたくしは、今まで民の為に常に尽くしておられる陛下のことを、王妃として第一に考え生きてきた。

 

 けれど、三ヶ月ほど前に全く身の覚えのない複数の罪で捕縛をされると、陛下からは離婚を言い渡され、教会でもそれが認められたのでわたくしは王族籍から抜かれてしまったのだ。

 当然、実家である公爵家からも見放され、公爵であるお父様はこれまで面会に来たことはなく、それどころか捕縛をされたことを口実に書類上で絶縁をされてしまい、そのためわたくしは姓を持たぬ身となった……。


「被告はただちに留置所へ戻るように」


 いつの間にか閉廷したのか、刑務官に縛られた両手首の先に結びつけられている縄を引っ張られ、王室裁判所の法廷から退室する運びとなっていた。


 ──そうだわ。あの方は、あの方は確か今日はいらっしゃると聞いていた。


 どこにいらっしゃるのかしら……。

 きっと来賓席にいらっしゃるのよね。これまで緊張感に包まれて、その考えに至らなかったのが悔やまれる。

 ともかく、来賓席と(おぼ)しき上段の席の方を見上げ視線を移すと、そこにはこの三ヶ月間一度もお会いすることが叶わなかった男性、──アルベルト陛下がいらっしゃった。


 ああ、夢にまで見たあなたを、もう一度見ることができるなんて……。

 わたくしは冤罪なのです。どうかあなたの手で、わたくしをここから助け出して欲しい。

 離縁はされてしまったけれど、それはきっと何か深い考えがあってのことで、本日の判決にもきっとこの後、異を唱えてくださるはず。


 そうよ、陛下のお姿を少しでも長く脳裏に焼き付けておかなくては。

 ああ、あの漆黒の髪も、冷ややかな目元も、長身でスラリとしたお姿も、全くお変わりがなくて安心した。叶うならもう一度お話ができたらよいのに……。


 そう過ったのと同時に、わたくしの視界に予想だにしていなかった存在が入った。


「カーラ……」


 身体から、瞬く間に力が抜けていった。

 カーラは陛下と並んで座っていてわたくしと目が合うと、澄んだ顔つきで陛下よりも漆黒の長いその髪をかきあげて真っ直ぐと見下ろした。

 次いで立ち上がった陛下の腕に、カーラはか細く白い肌を絡ませる。


 ──なぜ、侍女にすぎないカーラが陛下のお傍にいるの⁉︎


 戦慄(せんりつ)した感情が渦巻いてきたけれど、二人は無情にもわたくしの方には特に気を止めず、足早に歩みを進めて退室して行ってしまった。

 退室間際、カーラがこちらの方をチラリと見てきたけれど、遠目なので分かるはずもないのに心なしか口角が上がっているように感じる。

 陛下はとうとう、法廷でわたくしの方をご覧になることはなかった……。


 気が付いたら、一筋の涙を流していた。


 わたくしは陛下に見限られたのだろうか。

 まだ、確かなことは何も分からないけれど、それでも涙は溢れ続けしばらく止まらなかった……。


 ◇◇


 牢獄に戻された後、わたくしは木綿のハンカチと裁縫箱を取り出して刺繍を刺し始めた。

 これらは、以前使いの者が差し入れとして届けてくれた物で、今ではわたくしの唯一の心の拠り所だ。先ほどの衝撃から気を紛らわす為にも、今は無心になりたいのだ。


 刺繍を刺していると、ふと目前に懐かしい光景が広がる──


 ◇◇


「妃殿下のお刺しになられる刺繍は、いつもとてもお美しくていらっしゃいますね」


 侍女頭のティアは、わたくしの傍でそっと微笑んだ。わたくしは確かあの時、白の薔薇のモチーフを刺していたのだ。


「ありがとうございます、ティア。この薔薇は、陛下との思い出の花なのですよ」

「左様でございますか。それは妃殿下にとって、大事なお花なのですね」

「ええ。初めて陛下にお会いした時に、絹のハンカチと一緒に贈っていただいて、とても温かい気持ちになりました」


 そう言って、再び刺繍を刺し始めるわたくしに、ティアはローズヒップティーを淹れてくれた。


 ああ、そうだわ。

 これは確か、わたくしが捕縛される日の一週間ほど前の出来事だった。あの頃のわたくしは心地のよい安心のできる私室で、よく刺繍を刺していたのだ。

 ただし、虚弱体質だったわたくしはあの頃も体調を崩しがちで、お医者様からの許可が下りたので寝台上で上半身を起こして刺していたのだけれど。

 

 また、そのために公務を欠席がちだったので、周囲からは「お飾り王妃」と揶揄されていたことは知っていた。けれど、虚弱体質であることは事実なので、それを非難することはせず、あの頃は体質の改善に努める日々を送っていたのだ。


「きっと陛下は、快くお受け取りくださいます」

「ええ、そうだとよいのだけれど」


 その後、ティアに託して陛下にハンカチを贈ったのだけれど、残念ながらその感想を聞く前にわたくしは捕縛されてしまった。

 もし捕縛されなければ、陛下はご感想をお伝えしてくださったのかしら……。

お読みいただき、ありがとうございました。

次話もお読みいただけると幸いです。


もし、少しでも面白いと思っていただけましたら、今後の励みになりますので、ブクマ、スクロール先の広告の下にある⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎でのご評価をいただけたら嬉しいです!

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