第14話 アルベルトの機転
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それから、デザートが終わり食後の紅茶が提供されると、まるでそれが合図の如く、わたくしたちの席から遠く離れた席の招待客が次々にわたくしたちの傍へと移動し、挨拶をした。
「両陛下にご挨拶申し上げます。本日は誠におめでとうございます」
「丁寧な挨拶痛みいる」「本日はお越しくださり、ありがとうございます」
わたくしたちは、その度に相手の目を見ながら挨拶を返していた。
それがしばらく続いたところで、不意に鋭い視線を目前に感じる。
思わず目線をその先に移すと、──そこにはカーラが立っていた。
「両陛下にご挨拶申し上げます」
カーラが……いる。
わたくしの目前に、うっすらと笑みを浮かべた表情で立っている。
──今すぐここから逃げ出したい。
けれど、この状況でそんなことができる訳もなく、鈍る思考に温度の下がっていく身体、全身に受ける負の気配にわたくしは打ちひしがれながら、何とか座姿勢を保つので精一杯だった。
「両陛下。ご存知かと存じますが、若輩者ながら我がビュッフェ家から長女のカーラを王妃殿下の専属侍女として九月頃からそちらに奉公に出させる予定ですので、何卒一つよろしくお願いいたします」
ビュッフェ侯爵は曇り一つない表情で頭を下げ、アルベルト陛下は静かに頷いた。
カーラが行儀見習いとしてわたくしの侍女になることは、もちろん知っている。何しろわたくしは、その後カーラにまんまと嵌められ失墜するのだから。
『ご機嫌よう、お飾り王妃様。安寧をお祈りしております』
──恐い。
どうしても、留置所の面会室で目の当たりにしたカーラの邪悪な笑顔が脳裏を過ってしまって、彼女を冷静に見ることなどできそうにない。
そうよ。すでに陛下と通じている可能性もあるのだ。陛下とカーラの視線を見るのが恐しい。
もし二人が秘密裏に視線を介して心情の交流などをしていたら、それを目の当たりにしてしまったとしたら、……そのときは、不快感と恐怖心に押し潰されてしまうだろう。
「妃殿下、今後ともどうぞお見知り置きを」
カーラが、わたくしに対して話しかけた……。
その表情は穏和で一見すると無害のように感じるけれど、その実、瞳の奥が全く笑っていないことをわたくしは知っている。
短くてもよいから何か言葉を返さなければならないけれど、恐怖心から身体が震えて声が出ない。
すでに寸秒が過ぎてしまっている。何か答えなくてはならないのに、駄目だわ、できそうにない……。
「我が王妃であれば、ビュッフェ家侯爵令嬢をその広い見聞で導くことができるだろう」
……陛下の声が響いた。
……まさか、わたくしのことを、助けてくださった……のかしら……。
「……よろしく頼みますね」
「はい、精一杯努めさせていただきます」
何とか絞り出すと、すかさずカーラは綺麗な姿勢で辞儀をし、そのまま背後を見せずにビュッフェ侯爵と共に自席へと戻って行った。
カーラの表情は変わらないように見えて、どこかその目は迫力を増して口元も硬く結んだように感じた。
……ひょっとして先ほどの陛下の言動によって、心が穏やかではいられなくなったのかしら……。
……とても自分の力で乗り切れたとも思えないけれど、ともかく脱力してしまい、一気に疲労感が襲ってきた。
いけない。気を張らないと、このままこの場で倒れ込んでしまいそう……。
思えばカーラが礼拝堂にいた時点で、晩餐会にも招待されていると気がつくべきだったのだ。
そもそも、前回も同じ流れでビュッフェ侯爵はカーラと共に挨拶に来たのに、どうしてそれを失念してしまっていたのだろうか。もっと警戒をしなければならなかったのに……。
ただ、この会場内では先ほど礼拝堂内で感じたあの黒く冷たい視線を感じなかった。だから、どこか安心していたところもあるのだ。
自責の念に駆られていると、晩餐会は閉会の運びとなっていて、大勢の出席者の拍手に見送られながら、わたくしたちは会場から退室した。
何とか廊下まで戻ると、一気に脱力感が襲ってきてそのままこの場で倒れてしまいそうになった──けれど、咄嗟に陛下がわたくしの腕を取り身体を抱えこむ形で支えてくださったので、床に身体を打ちつけることから逃れることができた。
失態を犯してしまったわ。お咎めを受けてしまう……。
「……大事はないか? 疲れているのだな」
身構え恐る恐る目を開けると、陛下が右腕を軽く上げ従者を呼び出していた。
「直ちに王妃を私室へ連れて行く」
「かしこまりました」
瞬間、身体全体が逞しい腕に抱え上げられ不意に床から足が離れた。
不思議と不快感はない。
「ゆっくり休むとよい。今日はよく最後まで貫いてくれた」
夢心地で聞いていたけれど、今まで陛下にかけていただいた言葉の中で、一番心がこもっているように感じた。
お読みいただき、ありがとうございました。
次話もお読みいただけると幸いです。次話から第3章となります。
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