第12話 晩餐会
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それから晩餐会が始まると、給仕たちが参加者各自の席を回ってグラスに祝酒を注ぎ、次に少々間を置いてからアミューズのパンナコッタが載ったお皿を置いていった。
…………ああ、食事だわ……!
投獄中に朝と夕に出された、固くて冷たくてパサパサしていて口内の全水分を持っていかれるあのパンではなくて、夢にまで見た栄養豊富で見た目も美しい食事……。
獄中では基本的にはパンのみで、五日に一度ほど、具も何もない塩気だけの冷たいスープがつけばよい方だった……。
感動で思わず涙が滲んできたけれど、隣には貴族や来賓客を無表情で牽制しているアルベルト陛下が座っているし、ましてやそれこそ目前には弱みや隙を見せてはならない方々が大勢いる。
今ここで、涙を流すなどという失態を犯すわけにはいかないわ。
なので、咄嗟に手持ちのハンカチを目尻に当てて必死に涙を隠した。
『両陛下につきましては、本日は誠におめでとうございます』
向かって斜め左に座る白髪の男性が、わたくしと陛下に向かって声をかけた。その男性は見覚えがあるわ。
確か、ロナ王国のゼナタ使節ね。ロナ王国の公用語であるロナ語でお話しをされているわ。
『丁寧な挨拶、痛み入る。遠路はるばるご苦労であった』
『もったいないお言葉でございます』
穏和な表情を崩さず、通りのよい声で話されている使節に好感を抱いたわ。
ロナ王国はラン王国の隣国ドーカルの隣国であり、我が国にとっては近隣国であると同時に国交を結んだ友好国でもある。
ただ、ドーカルのことを思い出すと一気に血の気が引いて心臓が早鐘のように打ち付け始めた。
……わたくしが冤罪を被ることになったきっかけの国だからだ。今日はドーカルの使節も来ているはずだけれど……。
ここで何か情報を引き出せないだろうか。
以前は使節に自分から声をかけるなど、わたくしは陛下を主体とし動かなければならない身であるから、身のほどを弁えなければと思い躊躇っていた。けれど、今はそんなことを言ってはいられないわ。
そう思案をすると、引いていた血の気が少しずつ身体中に戻ってきたように感じる。
……さて、何と切り出したらよいのだろうか。
そもそも今はロナ王国の大使に話しかけるのだから、ロナの話題がよいわよね。ここで急に政治の話を持ち出すのも具合が悪いし……、無難だけれど含みがあるような話題ってないかしら……。
そうだわ。ロナは海産物が豊富だからその方面の話題がよいかもしれない。早々含みのある話題は難しいのだけれど。
『ゼナタ使節。ロナ王国では海産物の資源が豊富で、国民の皆様も海産物を多く食すると伺いました』
できるだけ柔かに、表情を崩さないようにゆっくりロナ語で発した。
……あら? 大使の動きが止まっているわ。わたくしのロナ語は聞き取り辛かったのかしら……。
思わず陛下の方に視線を移してみると、こちらを向いて珍しく唖然とされている。これは余計なことを言ってしまったかしら……。
『はい、左様でございます。恐れながら、妃殿下は非常にロナ語がご堪能でいらっしゃるのですね。わたくしは長年様々な国に赴き様々な方とお話をいたしますが、ここまで完璧な発音をなさる方は中々いらっしゃいません。加えて、わたくしの名を覚えていてくださり光栄でございます』
煌めく眼差しで称賛をしていただいたけれど、とりあえず失態を晒したのではなかったようなので、安心したわ。
妃教育の際に習ったときは、講師に褒められたことはなかったので自信はなかったのだけれど。
チラリと陛下の方に視線を移してみると、何かを言いたげな表情をしているようだった。
けれど、特に何も言わずに視線を使節の方に戻した。
『そうですね。我が国は資源が乏しく土壌も貧しいので、主に海産物を主要産業としております。確かに民も、ニザダイやクラム貝など魚介類に目がない者が多いですね』
とても楽しそうにお話をなされるのね。話題を切り出した身としても、非常にありがたいわ。
『そうですか。お話を伺うことができて嬉しく思います』
『滅相もございません。わたくしも妃殿下とお話をすることが叶い、感無量でございます』
満面の笑みで再び賞賛していただいたので、嬉しさと同時にむず痒くなってきた。
それを誤魔化そうと目の前のパンナコッタを食すると、…………なんて美味しいのかしら……!
豊満な味、フルフルとした食感、このまま一緒にとろけそう……。
舌鼓を打っていると、フッと吹き出すような声がしたので咄嗟にその音の方を見てみると、……陛下が……信じられないことに口元に手を当てて表情を和らげている……。
まさか、わたくしの食事の様子を見て……吹き出したのかしら……。
これは気をつけなくてはならないと思いながら、わたくしはパンナコッタを完食したのだった。
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