第10話 お披露目
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化粧直しが終わり、ティアがそっと離れると丁度扉の外からノックの音が響いた。
「王妃殿下。そろそろお時間でございます」
再度意思を固めたから、このあと陛下とお会いしてももう陛下に情が移ることはない。
民衆の前に出ることが久方なのもあり緊張するけれど、王妃として初めて公の場に出るのだもの。
何よりも、民の顔をしっかりと見ておかなければ、きっと「王妃としての責務」を本当の意味で全うすることができないのではと、直感が過った。
「分かりました。そろそろ参りましょう」
「かしこまりました」
ティアや、他の二名の侍女たちが恭しく辞儀をするのを合図に、わたくしはスッと立ち上がり、介添人がベールを手に持ったのを確認すると、ゆっくりと歩いて開かれた扉から再び室外へと出た。
室外にはすでに三名の近衛騎士が待ち受けており、共に王宮のバルコニーへと向かった。
これから行うお披露目には、確か観覧を希望し抽選で選ばれた王都民が招待されていたはずね。
……鼓動が高鳴ってきた。とても緊張する。
何しろわたくしの意識では、自分はつい先ほどまで閉鎖的な牢獄に見窄らしい姿で生きていた存在なのだ。このような公の場に今更ながら出て行ってもよいものなのか……。
「万が一の事態に備えて、バルコニーには魔宝具での結界も張ってはありますが、私共も常に隙がないように待機をするように心がけますので」
「……頼もしいですね。よろしく頼みます」
「御意」
隙がないように……。
先ほどアルベルト陛下も同じことを仰っていたけれど、その御心は見習って、常に細心の注意を払って行動しなければ。
◇◇
バルコニーの手前の廊下まで到着すると、すでに陛下は到着しており、わたくしに気が付かれると姿勢を正されたまま視線を逸らさずわたくしを眺めた。
「そなた、体調は如何か。顔色が優れないようだし、披露目の時間を短縮することも可能だが」
「……お心遣いをありがとうございます。ただ、本日はとても体調はよいのです。どうか、国民と接する数少ない機会ですので、変わりなく参加をさせていただきたいと思います」
「そうか、分かった。何かあったらすぐに近くの者に伝えるように」
「はい。ありがとうございます」
そう言って、背を向けバルコニーの方へと向かわれたけれど、陛下がわたくしを気遣ってくれた……?
今回の言葉だけではなく、先ほどから心なしかわたくしを気遣ってくれているように感じるけれど、……思い違い、よね。
そうよ、あの陛下がわたくしを気遣われるわけがないのだ。
予てから陛下は、わたくしがどんなに具合を悪くしても気に留めることはなかったのだから。
「本日は、誠におめでとうございます」
「王太后様」
陛下のお母様のソフィー様が優雅にわたくしの前まで歩み寄られた。
銀色のスレンダードレスがとてもよくお似合いで、美しい銀髪と藍色の瞳がより映え、穏和な表情にそのお人柄が現れている。
ソフィー様は先代の国王様の王妃であられ、長年に渡り国母と民から慕われている立派なお方だわ。
一年ほど前に前国王様が崩御なさり、当時王太子だった陛下が即位なされたからその際に王太后になられたけれど、今でも王太后様をお慕いしている民は多い。
「ありがとうございます。不束者ですが、どうぞよろしくお願いいたします」
先ほどの婚儀の席にも当然参列なされており、ご挨拶をする時間はなく歯痒い思いをしたのだけれど、こうしてご挨拶ができて本当によかった。
「義姉上。本日はおめでとうございます」
「……レオニール殿下。ありがとうございます。お心遣いに痛み入ります」
「いやいや、今日から王妃となられたのですから、僕に敬称は不要ですよ」
「いいえ、そうはいきませんわ。……これからも、殿下と呼ばせていただきますね」
「殿下か。何だかむず痒いな」
無邪気に笑ったレオニール殿下は気さくな方で、ソフィー様と同様の銀髪に涼しげな目元が印象的な方だ。
ご年齢は確か二十二歳で、年下のわたくしにも普段から気さくに話しかけてくださった。付け加えると陛下は二十五歳ね……。
普段から無表情で何を考えているのか読みづらい陛下とは違い、殿下は幼き頃からわたくしとよく一緒に遊んだものだった。
王太后様と殿下がいらしてくれたから、わたくしの王妃生活は決して寂しいばかりではなかった。
……ただ、お二方ともお立場があるからか、獄中のわたくしには直接面会には来られなかったのだけれど、王太后様からは一度励ましのお手紙をいただいたわ。
あのお手紙が、どれだけ心の支えになったか……。
「それでは、お時間になりましたので、国民へのお披露目を始めたいと思います」
侍従が声をかけると、前もって近衛騎士がバルコニーへ出て警備に当たっており、わたくしたちはその中央へゆっくりと歩みを進めた。
ワアアアアアアアアアアアア
わたくし達二人が外へ足を踏み出した途端、これまで固唾を呑んで待っていたであろう民達が一斉に歓声を上げた。
……ああ、懐かしい……。
目前には、我が国の民が中央に蘭の花が象られた国旗を思い思いに振っている。皆わたくし達の結婚を、わたくしの即位を祝ってくれているのね。
……以前はそれがどこか当然のように思っていたけれど、今では知っている。それがどれほど特別なことなのか。
思わず涙が溢れそうになるけれど、必死に抑える。今涙を流してはいけない。先ほどの陛下の言葉のように、人に対して隙を見せてはいけないのだ。
「国王陛下、王妃殿下ご結婚おめでとうございます‼︎」
「ラン王国に永遠の栄光あれ‼︎」
「本日は本当にめでたい! 生きていてよかった!」
……けれど、やはり民の姿を間近に見ると、感極まって再び涙が溢れそうになる。……気丈であらねば。
若い夫婦に子供たち、老夫婦に働き盛りの男性……。様々な民を目に焼き付けていく。
それから、民に向かって笑みを浮かべ手を振っていると、ふと視線を感じた。
思わずその視線を辿ってみると陛下がわたくしを凝視している。どうしたのかしら……。
「あの、どうかいたしましたか?」
あんまり見るものだから、思わず訊いてしまったわ……。
「……いや、そなたが民を熱き眼差しで見ていると思ってな」
「はい。わたくし達が守るべき大切な、愛しき民ですから」
「……そうだな」
陛下は小さく頷くと、少しだけわたくしの方に寄り、民たちの顔をまるで眼に刻みつけるようにしばらく眺め続けたのだった。
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