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短編集・散文集

晴れと彼と

作者: Berthe

 明日は休みのつねとして知らず知らずの夜更かしにどっぷり惰眠をむさぼって()(なみ)はふと甘い夢から覚めるとまだ九時にもならないのでまた目をつむりふっと瞼がひらくとそろそろ正午である。


 いくら暑い時期といっても眠る間際にはかならず冷房を消す習慣をもっているので、ほんとうならいつものように蒸し蒸しするはずがタオルケットを蹴飛ばした体に俄に冷えを覚えて見返ると、涼しい風をおくる装置はやわらかな音をたてて作動している。美波はそれを不審に思うより早くさっき寝ぼけまなこに自分でつけたのをまだぼんやり整わない頭にふんわり思い出しながら静かに立ってタオルケットをたたむと冷房はそのまま風呂場へむかった。


 汗のひいていた体を清めて洗面台に立ち軽く水気をはらった髪をタオルでまいて化粧水をつかっているとたちまち蒸し蒸ししてくるので、美波は急ぐ頭をそれでも抑えて、ひと息ついて乳液を塗り、部屋に立ち戻ると爽やかな冷風。肌にうっすらあらわれた汗を冷やす快さに誘われるまま身一つになって体重計に乗るといつもと変わらぬ体重にBMI。


 痩せ気味の低体重とはいうものの、たとえ一キロでも増えるのは美波には恐ろしくてならず、自分でももう少しだけ肉がついたほうが見栄えがいいような気もする一方、それを維持するのはただ痩せるよりも一層骨の折れることをよく知りぬいてもいるので、痩せておくに()くはないと、今一度怠惰に思い定めるまま今日のお昼をぼんやり浮かべてみると、タンパク質とビタミン中心の食事というより栄養補給と言いたくなる品々である。


 美波は鏡台に座って髪を乾かし部屋着に着替えて、てきぱきこしらえると、とりわけ不満もないかわり喜びも少ない昼食の仕上げに、主食とデザートをかねて菓子パンを一つ頬張るとたちまち幸せになった。折から(よし)()を思い出して、まだ少し早いような気はしたものの、今から行っていい? と連絡を入れておいて洋服になり化粧をして髪を整え携帯電話を引き寄せると、待ってる、との嬉しい返事に浮き浮き姿見へ秋波を送って表にでると酷暑の陽射し。


 美波はたちまち気がくじけ、しかしそれでもすぐにみずから奮い起こすと炎暑を冒して静けさのただよう郊外の舗道を駅へと歩み、丁度来合わせた電車に乗って涼みながら腰掛けるまもなく二つ目で降りると美波はむしろせかせか早足になって、コンビニや居酒屋の並ぶ通りをまっすぐ進むうち立看板のでた御飯屋さんに度々惹きつけられて店内を窺いながら細道を曲がるとすぐさま佳樹の住まいがみえた。


 玄関でサンダルをぬぎ佳樹のうしろについて部屋にはいるや否やぴたりと身を寄せるとすぐさま手をとられてソファへ押し倒されるようにいざなわれるままからまって優しい温みにほだされていると突如着信が鳴り渡り、そのまま鳴り止まないのを恬然と閑却する佳樹の目をみつめると、ひとつ微笑をみせたなり唇をふさがれ昼下がりの反照に火照るまま素敵なひとときはつと最盛をむかえて波打ち一段落すると自分のもとめる余韻を断ち切って佳樹がいつものように台所へ立ったところでふと心づいてその方をみると携帯電話も共に消えている。


 美波は自分ながら忽然訳の分からぬ不安にさいなまれて服を直すうちにもなお戻らない佳樹をよそにバッグを手にしてとぼとぼうつむくまま部屋を出ようとすると、影がふっと足下に立ち現れ、何の言葉もなきままやさしく手をひき連れ戻して一緒にソファへ座ると共に頭をなでられるや美波は顔を背けて泣き出した。

読んでいただきありがとうございました。

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