先の話
そのバスは定刻通りに東京駅を出発し、夜の高速道路を安全運転で走っていた。
窓の奥の暗闇を見つめながら、青年は後ろの座席に座る若い男女の話に耳を傾ける。
大学生らしき二人組の声が車内に響いていた。
「この間ネットで見つけたんだけどね」テンションの高い女の声。
「一人の人間がこの世に生まれてくる可能性って、一四〇〇兆分の一なんだって! 」
「へー、そうなんだ……」男の方は疲れている様子だ。
「スゴくない? 宝くじレベルじゃないんだよ! アメリカの大統領になるよりスゴいってこと。もう、奇跡だよね」
「奇跡だな……」
「なにその気の抜けた返事。人の話聴いてる? 」
一瞬静まり返る車内。
「奇跡の話は解ったから、もう少し静かにしてろ。明日疲れても知らないぞ」
明日、何があるのか? 青年は変な所が気になった。
でも自分には関係のないこと。
暗闇の窓から、目線を隣の座席に移す。
ふわふわして暖かいものが隣にはあった。
明日――。
どんな明日がくるかは解らない。でも、希望に満ちあふれた明日は望めない。
それは本当に残酷で、受け止めがたい真実で、それでも避けては通れない未来だった。
「奇跡の確立か……」
青年はその暖かい手をぎゅっと握って目を閉じた。