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性悪騎士団長の日常 ~漆黒の魔剣と暇潰し~(上)

「いいか、今日は校内トーナメントだ。各人、悔いのないよう全力を発揮するように!」


「「「「はいっ!!!!」」」」


 ここは、サンスクリット騎士養成校。その中庭には、今年卒業する学生たちが集まっていた。


「それから、言うまでもないだろうが、優勝者には騎士への特別推薦枠が与えられている。ただ戦うだけでなく、国の顔たる騎士を目指すものとして、相応の礼節をわきまえるように!」


「「「「はいっ!!!!」」」」


「よーしいい返事だ。では、開会式に向かうぞ」


 今日は、年に一度行われる、校内トーナメントの日。優勝賞品は、騎士の地位だ。


 この国において、騎士は貴族の末席に数えられている。そのため、騎士養成校を卒業してもほとんどは騎士になれず、予備騎士や兵士となり長い長い下積み期間を送ることになるので、特別推薦枠は破格の待遇だ。


「もう開会式の時間か、やれやれ」


 そう言って私は、競技場とは反対方向に足を向ける。


 開会式?あんな退屈な場、キャンセルだキャンセル!










 私の名はアールヴ、この国の騎士団長だ。エルフでもある。ああ、今は剣聖などとも言われていたか、私は認めてないが。


 先に言っておくと、この国にエルフは私一人しかいない。ここは人間の王が治める国だ。住人もほとんどが人間で、他に多少のドワーフ、そして獣人が混じっている程度。ほぼ人間だけの国と言っていいだろう。


 おかげで私は…………暇を持て余している。


 エルフという種族は、極めて長命だ。私もまたそれに漏れず、既に百年も団長をやっている。

 そのせいで、いい加減ワクワクする事が無い。この金髪とエルフ特有の整った顔立ちのせいで近づいてくる人間は多いが、まるで興味がわかないし。しかも、この騎士団長のトレードマークとも言える軍服と勲章のせいで、誰もかれもが畏まって話しかけてくるから、尚の事面白くない。


 肩身が狭い?そんなのは初めの十年で慣れた。


 仕事?騎士団の生き字引とも言える私に、マンネリ化していない仕事などあるものか。


 そもそも最近では、若い者たちに経験を積ませるために私には儀礼的な仕事しか回されないから、常に暇だ!


 もちろん毎日の訓練は欠かさないが、一日中訓練している訳じゃない。だいたい百年以上続けている日課だから、もはやただの癖だな、暇潰しにすらならない。


 そんな訳で、私は娯楽に飢えている。近場の強力な魔物は倒し尽くしてしまったし、いっそ隣国と戦争でも……いやいや、騎士団は護国のためにある正義の集団。さすがに無理か。



 しかし、自分で言うのも何だが、私は性格が悪い。趣味も独特。普通の娯楽では満足できないのだ。


 せめて、私と趣味で語り合える人間でもいればいいのだが、魔剣収集家として名を馳せた宮廷魔術師でさえ、私の魔剣コレクションを見たら裸足で逃げ出してしまったので、あまり期待出来ないだろう。


 曰く、こんな呪いの魔剣と一緒に寝たら寿命が縮むだの、魔物が封印された剣なんて危険で飾れないだの、随分細かいことを気にしていた。


 魔物の封印をギリギリまで弱め、内側から封印を解こうとした瞬間に目一杯封印を強める遊びは、実に楽しいと思うんだがなぁ。特に、あの内側から溢れ出る怒りのオーラ、あれは素晴らしい愉悦を感じさせてくれる。


 それと呪いの魔剣は、呪いを中和し続けるだけでいい訓練になるから、お手軽トレーニング機器として役立ってくれる。さらに植物の隣においておけば、普段は見ることのできない変わった生育をすることがあるし、育ち過ぎたらその場で切れるからまさに一石二鳥。他にもいいものばかりだというのに。


 さて、今日の予定は、騎士養成校の視察だ。騎士養成校は私が主導して作ったもので、校長とも旧知の仲のため、毎年視察に訪れている。校内の視察は終わったし、あとは校内トーナメントを見るんだったな。ああ、何か面白い事でも起きないだろうか。














「暇だ……」


 私は校内を散策していた。


 だが、ほとんどの人間は開会式に出席しているから、まるで人気が無い。シンとした校内に、私の足音だけが響く。


 毎年の事ではあるが、どうしてこんなに何も起こらんのだ!せっかく校内を手薄にさせているのに、事件のひとつも起こらないとはけしからん!!


 ここは、警備がいないのをいいことに破壊工作が行われたり、突然校内から魔物が発生したり、学校を占拠する娯楽の種(テロリスト)どもが湧いたりするのが筋だろう!もちろん私を襲撃してもいいぞ!!


 しかし盗聴術式が多いな。天井に柱に、あの花瓶もそうか。さては校長の奴、私が開会式サボるのを見越して準備していたな?全部破壊しておかなくては。


 ……ふう、これでよし。しかしこんな隠蔽術式、使える奴学校にいたっけ?


「む?」


 その時、私はいくつかの気配に気づいた。これは裏門の近くか。


 面白い事の気配を察知した私は、音もなく裏門へ向かった。










 茂みに身を隠しつつ裏門を覗くと、そこには騎士養成校の制服を着た銀髪の若い男と、恰幅のいい商人と思われる男が話していた。隣には、商人の物であろう馬車が止まっている。


「全く、間に合わないのかとヒヤヒヤしたぞ」


 制服の男が口を開く。身に着けているものが無駄に豪華なのを見ると、貴族の子息かな。細身で顔も悪くないが、さほど強くはなさそうだ。


「申し訳ありませんです。エエ、何分ご希望の品は少々特殊でしたので」


「御託はいい、さっさと見せろ。このランボー男爵家次期当主たる俺に、相応しい魔剣なんだろうな?」


 すると商人は、一振りの剣を取り出した。長く、そして特徴的な反りを持つそれは、鞘も柄も全て真っ黒に染まっていて、妖しく輝く剣身をこの上なく映えさせている。

 いや、その特殊な形状から、あれは剣ではなく、東方の国から伝わったとされるカタナという武器だろう。


「性能はご指定のものをすべて満たしております、エエ」


「ほう。なるほど良い剣だ、これこそ俺に相応しい……」


 魔剣を受け取り、刀身を見つめる男の目が若干イッちゃってる気がするが、きっと気のせいだろう。


 あの魔剣も、学生が持つには力が強すぎる気がするが、彼が飛びぬけた胆力の持ち主なら暴走せずに済むはずだ。私以外は魔剣とも気付けなそうだし、気にしない気にしない。


「気に入ったぞ。これさえあれば、面倒な兵士や予備騎士になる時間を省いて、さっさと騎士になれる。代金は親父からもらっておけ」


「もう十分に頂いております。さすがは成金男爵……イエ、商才に優れた男爵様であります、エエ」


 ああ、金で爵位を買った奴だったか、どうりでゴテゴテしている訳だ。男爵までなら、国に多額の金を納めれば任じてもらえるからな、領地は無い名ばかり男爵だが。


 とすると、騎士になれば領地が貰えるから、それで今度は領地持ち貴族になろうとしてるのか?騎士は功績を挙げて爵位を得ない限り、一代限りで取り上げだが、男爵なら家として認められる。一種の裏技だな。


 そこまで考えた私は……颯爽(さっそう)とその場を立ち去った。


 止める?馬鹿を言うな、魔剣だぞ魔剣!


 魔剣がらみの事件なんて、十年に一度の大イベントだ。これを未然に闇に葬ろうだなんて、つまらないにも程がある!さあ、楽しくなるように色々と準備しなくてはな!!












 しばらく後、私はトーナメント会場の貴賓席にいた。校内トーナメントは、近くにあるこの円形競技場を借り切って行われるのだが、一般観客の入場も許可していてかなりの賑わいだ。中でも貴賓席は特別に見晴らしがよく、同時に目立つ。あまり好みの席ではないが、まあ仕方ない。


 校長は私が開会式をすっぽかした事にお冠だったが、今は怒りを抑えるようにして自分の席に座っている。だが、この後の楽しみのためなら、校長のお小言のひとつやふたつ、受けてやってもいいさ。


 引率の教師に確認も取れたし、根回しも済んでいる、後はあの男がどう出るかを見るだけだ。いやあ、こんなにトーナメントが楽しみなのはいつ以来だろうか。


 そしてトーナメントが始まり、競技場中央の舞台に、二人の鎧兜を着込んだ戦士が現れる。


「始めッ!」


 ……二試合ほど見る所のない試合が行われた。いや、派手な試合ではあったし、観客もキャーキャー言っていたぞ?だが、私からすれば無駄が多すぎる、まさに見世物だ。


 そして、次の試合がアナウンスされた。




「一回戦第三試合、ランボーvsビビリー!両者前へ!」


 ようやくあの男の試合だ。相手のビビリーとか言う男は……不敵な笑みを浮かべているな。腕前の程はともかく、体格がいいから強そうに見えるし、あれなら当て馬としては十分か。


「悪いなランボー、今回俺は優勝を狙ってるんでね。全力で行かせてもらうぞ」


「ククク……全力だと?ビビリー、俺とお前じゃ話にならないほどの差があるのに、気付いていないと見える」


 ランボーの余裕と侮蔑に、ビビリーは眉を顰め、そして徐々にその顔に怒りを表していく。


「何?俺は学内三位の使い手だぞ!対してお前は、せいぜい平均よりは上な程度。そのお前が俺を上回っていると?」


「そんな事だから、お前は三位なんだよビビリー。見せてやろう、俺の力を……!」


 そう言ってランボーは、漆黒のカタナを抜く。あの魔剣だ。


「確かにいい剣なんだろうな。お前の親父の財力は凄いぜ、ランボー」


 ビビリーは、それが魔剣であることに気付いていないようだ。ランボーに、馬鹿にした表情を向ける。


「だがな、いくら良い剣を持っていても、使い手が未熟じゃ話にならない。それを教えてやるよ!」


 事実だ。それが魔剣でなければの話だが。


「では、始めッ!」


「うおぉぉぉぉぉぉぉっ!」


 開始の合図とともに、猛烈な雄叫びを上げランボーへと斬りかかるビビリー。その勢いは、獲物に飛び掛かる猛獣を思わせた。


「ハッ!」


 その瞬間、ランボーもまた前へ出る。そして二人の体が交差し、二振りの刃が振りぬかれた。


「ん、(かわ)したのか?思ったよりはやるな、ランボー」


 互いに振り向くが、いずれの体にも傷は無い。それを見て、再び斬りかかる隙を窺うビビリーだったが、その時剣身がズレた(・・・)。数瞬の後、カラーン!と、会場に硬質な音が響く。


「バ、バカな!?」


「俺は躱したんじゃない、お前の剣を斬ったんだよ。その程度の事も分からなかったのか?ビビリー」


「だ、だが、この剣だって安物じゃない!そんな事出来るはずないだろう!!」


「だから、力の差だって言ってるだろ。分かったら、死ね!」


 そう言って、血走った目でビビリーに襲い掛かるランボー。


「うわぁぁぁぁぁぁっ!?」


「逃げるんじゃねえよ!俺の前に立ったからには戦え、そして斬られろ!!」


 逃げるビビリーに、ランボーは容赦なく斬撃を浴びせようとする。それはもう試合ではなかった。


「ひいぃぃぃぃぃぃっ!こ、降参する、降参だぁぁぁぁぁっ!審判、審判んんんんッ!」


「はぁ?降参だと、ふざけた事いってんじゃねえ!」


 降参をアピールするビビリーに、なおも斬りかかろうとするランボー。入ってきた数人の審判団に止められ事なきを得たが、その目には、ありありと不満の色が映っていた。


 間違いない、あれは魔剣《人斬り》だ。


 あの魔剣には達人の念が宿っており、持ち主にも達人並みの技量を与える。


 しかし、その達人は晩年、戦いの場が無いことを呪い、ついには夜な夜な町人を斬るようになってしまったらしい。そんな念、いや怨念が宿っているために、心の弱いものが使えば人を斬りたい衝動が暴走し、ついにはただ人を斬るだけの化け物と化してしまうのだ。


 だいぶ意識を侵食されているようだし、あの様子だと、もう二、三度剣を抜けば、完全に魔剣に操られてしまうだろうな。



 ああ、所在不明のあの魔剣と、まさかこんな処で出会えるとは!宿っているのは名も知らない達人だが、ぜひ一度手合わせしたいと思っていたのだ。上手くすれば、この場でその宿願が叶うに違いない!!


『試合を観戦されているお客様に申し上げます。只今の試合について、審判団が協議を行っております。次の試合まで、少々お待ちくださいませ』


 試合場に注目する周囲をよそに、私は建物内へ姿を消した。







─────────────────────────────────────



「ふん、今の試合に、何を協議する所があったと言うのだ」


 俺、イワジール=ランボーは、周囲を睨みつけながらひとりごちた。


 俺は今、試合に勝ったにもかかわらず、舞台から降りることを許されていない。あの審判共が、今の試合に不適切な点があったなどと言って、協議し始めたからだ。


 どうせ今の俺に勝てる奴などいないのだ、さっさと試合を進めればいいものを。何なら全員俺が相手をしてやってもいい。


『協議の結果をお知らせいたします。只今の試合、ルール上の問題は無かったとし、ランボー選手の勝ちといたします』


 舞台に上がった審判の声を聞き、会場がざわめく。あれだけの実力差を見せつけたのに、会場の奴ら、まだ俺の強さを理解してないのか?


『続けてお知らせいたします。ランボー選手以外の全選手が棄権したため、本大会は、ランボー選手の優勝といたします』


「何!?」


 観客席から、激しいブーイングが飛ぶ。当然だ!このままでは、人間を斬ることができなく……いや待て、優勝すれば騎士になれる、それでいいはずだ。俺は何を考えていた?


『ですので、これより表彰式を行います。なお、規定に基づき二勝未満の選手の棄権は表彰対象外となります』


 舞台に表彰台が運び込まれ、校長先生や騎士たちが舞台に上がってくる。


 どうにも納得いかないが、まあ騎士になれるならいいだろう。そう思って、この妙な気持ちを抑え込む。


「済まないね、ランボー君。まさか全員棄権するとは思わなかっただろう?」


 そうして黙り込んでいると、校長先生が突然声をかけてきた。表彰……ではないな、何だ?


「ええ、拍子抜けでしたが、まあ棄権する程度の者たちに騎士の座は相応しくない。実力、そして心構え共に、俺が騎士に最も相応しかったという事ですよ」


「ああその件だが、今大会に特別推薦枠は無くなった。その点は了承してくれたまえ」


「……は?今何と言った?」


「規定でね、試合数が足りないのだよ。この大会は騎士の地位がかかっている、ゆえに妨害や裏取引の場にもされかねない」


「無論、金で試合を汚したりすれば、厳罰に処される。そして、念のためそれとは別に規定されていたのが、この試合数制限だ。最低2試合以上戦って勝たなければ、優勝しても特別推薦枠は得られない。買収の恐れがあるし、何より騎士としての実力が保証できないからね」


 買収が禁止されていること位知っている。だが試合数制限だと?そんなことは聞いていないぞ!


「そんなことがあってたまるか!全員が棄権したら、戦いようが無いだろう、それでどうやって勝てと言うんだ!?」


「仕方あるまい、そういうルールなのだ。尤も、これが適用されるのは初めての事だし、君は知らなかったかもしれないがね」


 その時、会場にアナウンスの声が響く。


『お客様に申し上げます。表彰式終了後に、騎士養成校有志による、エキシビションマッチ(練習試合)が行われます。ぜひご覧くださいませ』


「ふ、ふざけるなぁぁぁぁぁ!エキシビションなんてやってる暇があったら、俺と試合をしろ!誰でもいい、何なら全員でかかってこい!!」


「やれやれ、君は何も反省していないのか。なぜ棄権者が続出したか、分かっていないのかね?」


「何だと!?」


 まるで、棄権者が続出したのは俺のせいだと言わんばかりだ。俺が強いのは事実だが、棄権者が出たことまで俺のせいにしようなんて、冗談じゃない!


「ランボー君、その剣は魔剣だろう?」


 そう思っていたが、一瞬で頭が冷えた、しかしまるで落ち着かない。クラスメイトの剣をこっそり折ったのがバレた時のような気分だ。


 だがこの魔剣は、俺を強化するだけで外に力を放出するタイプじゃない、見ただけでは気付けないはず。一体何故気付かれた?


「しかも、君のその魔剣はかなり強力だ、危険とすら言える。そんな物を持ち出すなど、試合に相応しくないと思わなかったのかね?」


「だ、だが、魔剣の持ち込みは、ルールで制限されていない!」


 そうだ、念のためバレにくいものを使ったが、そもそもルールには抵触していない。俺が非難される謂れは無いはずだ!


「その通り。異常な力を持つ魔剣など、持ち込む者がいるとは考えていなかった、それは我々の責任だ」


「なら俺を騎士に」


「だから、ルールに則り君は優勝だ。同時に、ルールに則り騎士には推薦しない。君はルールに違反しないからと正当性を主張したのだから、ルールには従うべきだろう?」


 どうしてだ、なぜ思い通りにいかない?


 気に入らない。気に入らない気に入らない気に入らない気に入らない気に入らない気に入らない気に入らない気に入らない!!!


 棄権した奴も、この校長も、周りの騎士も、俺に負けて斬られなかった奴も、止めた審判も、斬ろうとする心を押さえた奴も、俺に人を斬らせなかったヤツ、ナニモカモキニイラナイ。


「大変そうだね。なんなら私が説得しようか?」


 声が聞こえた方に目を向けると、騎士たちが二列に分かれ、敬礼して道を作る。


 その間から、一人のエルフが姿を現した。




────────────────────────────────────



 うん、いい感じに盛り上がってきた。彼、ランボーとかいう男はかなりヒートアップしているし、そろそろいいだろう。ちなみに私はちょっと勲章のついただけの軍服姿で、鎧は着ていない。


「アールヴ殿!?ですが」


「いいからいいから。それに彼、もう爆発しそうだよ?」


 そう言って指さした彼は、私に敬意を向けるどころか、ビンビンに殺意を発している。あの様子じゃ、説得どころか会話も出来ないだろう。けれど邪魔が入ってもつまらないし、一芝居打とうか。


「ランボー君だったね、今回の決定、君は不服だろう。だから、私が直接君の腕前を確かめよう、かかってくるといい。ああ、他の者は舞台を降りるように」


「は?で、ですが」


「くどい、さっさとしろ」


「は、はいっ!」


 私の一声に、騎士たちは舞台から降りていく。間に合ってよかった、降りる前に彼が襲いかかってきたら、全員で取り抑える羽目になっていただろう。


「さあどうした、ランボー君?もう()()()()()()()()()?」


「ウアァァァァァァァァッ!!!」


 私の言葉が最後の引き金になったのだろう、彼は魔剣を構え、猛然と突進してきた。


 彼の袈裟斬りを、私は一歩下がって避ける。すると、石でできた舞台が斬れた(・・・)。大した切れ味だ。その後も私は、下がりあるいは円を描くように横に動いて、彼の斬撃を避け続ける。


 次々と繰り出される斬撃に、私は反撃をすることもままならない、ように見えたかもしれない。事実彼の斬撃は鋭く、そして威力があった。彼が魔剣を振る度、舞台に傷が増えていく。


 だが物足りない、何故なら単調なのだ。いくら魔剣の切れ味が良く、彼の身体能力が強化されていても、立ち回りがなっていない。振りの鋭さは熟練の剣士を思わせるが、心が無いというべきか、動きが不自然に思える。(ランボー)自身の心が足かせになっている、とも言えるだろう。


「これでは駄目だな」


 単調な横薙ぎを見て、私は今まで一歩下がっていた所を態勢を低くして踏み込み、距離を潰す。そしてそのままの勢いで、彼の顎を掌底で撃ち抜いた。


 わずかに体を逸らされたか、クリーンヒットとはいかなかったものの、兜は吹き飛び彼の態勢が大きく崩れる。彼は態勢を立て直そうと、後ろに飛びつつ牽制の突きを放ってくるが、もう遅い。私は一気に魔剣を持つ手の反対側まで回り込むと、そのまま彼のこめかみに拳を叩きつけた。


 ワアアアアアアッ!!


 決着に、会場が沸く。つまらない協議で待たされて、客もフラストレーションが溜まっていたんだろう、爆発を思わせる勢いの歓声だ。


「さすがはアールヴ殿ですな。しかしこの後はどう収拾……」


「止まれ校長、上がってくるな」


「は?」


 倒れ伏すランボーを見て、舞台に上がろうとした校長を止める。すると、徐にランボーが立ち上がり、その魔剣、いやカタナを鞘に納めた。


 ランボーに加えた一撃は、明らかに意識を刈り取れる手応えだった。困惑する校長を横目に、私は狙いが上手くいった事を理解した。





「貴殿が拙者を呼び覚ましたのか?」


 先程までとはうって変わり、落ち着いた声音でランボーが話し出す。だがその口調は、普段の彼ではありえないものだ。これは魔剣の意識が表に出てきていると見て間違いない。


「いや、違う。私は彼……いや、あなたの身体と戦っていただけだ。可能性はあると思っていたが」


「そうか。ここが何処かは存ぜぬが、多少前後の記憶はあり申す。試合の最中に非礼とは存ずるが、拙者にとってもまたとなき好機故、ここはこれより死合の場となる。()うたが不運と心得よ」


「ああ、安心してくれ。私は()()()()戦いたかったんだ」


「ほう、拙者と武人として渡り合いたいと申すか。しかし、人斬りと知ってなお」


「分かっている。しかし、あなたの名前は人斬りではないはずだ、よければ名前を教えて欲しい」


 名乗れば応じてくれるかと思い、私の名はアールヴだと伝え、彼の答えを待つ。なにせ場合によっては私のコレクションになる訳だし、名前も分からないんじゃ恥ずかしくて飾れない。


 途端、彼の雰囲気が変わった。先程までのドロドロした雰囲気は消え、研ぎ澄まされた刃を思わせる鋭い気配を漂わせ始めたのだ。


「……拙者の名は嵐丸、この刀も同じよ。願わくば拙者を満足させてくれん事を、参る」


 その言葉と同時に、彼の腕が消えた。


 背筋に悪寒を感じ、私は飛びずさる。すると服が横一文字に裂けた。彼-嵐丸はカタナを鞘に納めた状態から、一瞬で抜剣して斬りつけてきたのだ。


「拙者の居合を躱すとは見事」


 見事などと嘯きながら次々と繰り出される攻撃に、私は舌を巻く。思わず腰の長剣(レピア)短剣(マンゴーシュ)を抜いたが、速い上に切れ味も鋭いこの攻撃は、下手に受ければ剣ごと斬られかねない。


 恐らくこれが、嵐丸の本来の戦い方なのだろう。初めに弱いと感じたのは、武器は抜いて構えるもの、という固定観念のある人間が持っていては、その力を十分に発揮できなかったからという訳か。


 だが、圧倒的速度を誇る抜刀(いあい)も、来ると分かっていれば避けることは可能だ。この技の神髄は虚を突くこと、即ち鞘に納めたカタナで斬れる訳が無い、という油断を突くことに違いない。


「はっ!」


 そこまで考えた私は、相手の斬撃の戻しに合わせて踏み込む。密着すればあの斬撃は放てないし、鍔迫り合いまで持ち込めば、私の方が有利なのは分かっている。何なら抜刀した直後、まだ速度の乗っていないカタナを打ち落としてやってもいい。


 だが嵐丸は、私の動きに焦る様子もなく応じてきた。神速の抜刀が行われ、軌道を察した私はそれを打ち払いに……


「かかり申したな。蛇咬ノ太刀」


 その瞬間、カタナが曲がった。いや、曲がったように見えただけだろうが、カタナはそれほど急激に軌道を変え、私の剣をすり抜けるようにして襲い掛かってきた。そして鮮血が舞った。

短編として書いたものの、長かったので上下に割ることにしました。


下編はアクション成分増し増しで投稿済みですので、もし気になりましたら、ぜひ読んでいただけると嬉しいです!


※下編投稿につき、あとがきを修正しました。


※2020/8/11 誤字を修正しました。また、一部の表現をわずかに変更しました。


※2021/2/21 一部の表現を修正しました。

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