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プロローグ  さらば始まり

 もう引き返せない。いや——引き返()ない。


 白髪(はくはつ)をなびかせながら、少年は静かに決意する。

 国門に隣する高台頂上。石の手すりに腕を置いて黄昏見るのは——燃え盛ってその姿を時間と共に変化させて往く、少年にとっての『始まりの街』。焼き崩れる家並み、逃げ惑う群衆が視覚を。木材の焼ける匂い、老若男女の入り混じった慟哭が嗅覚と聴覚を。


 罪悪感はあらゆる形をとり、この惨劇の元凶たる少年を襲うが——


 知ったことか。


 少年が現実世界の時もよく使っていた常套句で、またも責任から逃げた。


「一仕事終えたあとってのはこうも気持ちがいいんだねぇ」


 伸びをして、わざとらしく軽い口調はまるで自分に言い聞かせているよう。お前は悪くない。悪いのは俺を取り巻くこの状況、環境、世界だと。

 そうやって少年は逃げてきた。なにかを理由に、なにかのせいにして。


「——どうして」


 唐突、少年の脳裏に刻まれている少女の声を後方に聞いた。


「うぉ、見つかっちったか。さっきぶり……できることなら会いたくはなかったけどな」


「どうしてなの」


 どうしてはこっちのセリフだよ、どうしてここがバレたんだよ、最悪だ、と少年は思うが口には出さない。

 だが現れるはずも、再会すべきでもない来客にふと舌打ちは漏れた。人生は尽くうまくはいかない。そうため息をつくと共に悟ると、元々細い目はなお一層細くなり、意図せずに——少女を睨むような眼差しへと変貌する。


 だが少女は恐れない。それらがすべて——機嫌が悪くなった時の少年の癖であることを熟知しているから。


「あなたはこの街を——この街のみんなを救ってくれた! あなたを信じてよかったって……あたしが信じてよかったって……ようやくみんなにも思ってもらえたのに——どうしてなのよ⁉︎」



 ボロボロと涙をこぼしながら訴える。失望もあるだろう。軽蔑もあるだろう。怒りだってあるだろう。だがそのすべてを押し切って求めたのは、疑問に対する答えだ。

 少女にとっても少年に焼かれたのは『始まりの街』。だが少年が決定的な犯人であると知ってもなお、彼から真意を聞き出そうとしている。少年への——敬意と信頼を崩さずに。


「あなた——ね。そんなに日は経ってないはずだが妙に懐かしいな」


 少年もまた少女の癖を知っている。だからいつも自分は名前で呼ばれるはずだったが、当然だろう。

 少女が名前の判明してる相手に対し、頑なに「あなた」と呼びつけるのは決まって——


「お前はもう俺のことを敵って捉えたか……悲しいが、その判断は正解なのかもな——」


 いざ詰め寄らんとする少女に「だけど!」と続けて叫び戒告。

 すぐさま少女は歩みを止めた。


「もう少し話そう。幸い、火の手も収まりつつあるしゆっくりな」


 指でバッテンを作り、少年は不器用に笑う。


「——別に、さ。極悪人になりたいとか犯罪王になりたいとかじゃねえんだ俺。こんなことするのだって好きでやってるわけじゃねえ。——ただみんなと仲良くなりたくない。なんなら憎まれたい。それだけでいい。それだけが——俺の目指すもんなんだ」


「……わからない」


「そりゃわからないよな。わかるように話してないから当たり前だよ」


「なんでそんな生き方をするのかわからないのよ! もっとちが……どうして……なんでそんな悲しい道を進むのよ」


 それは言えないんだ。

 その行為が禁止されているわけではないが、口にしたってただ巻き込むだけだ。そうすれば余計に辛い思いをさせてしまう。少年ひとりが抱えていればいい最悪な真実。

 少年は俗に言う出来た人間とは程遠い。だから言わないのは変な所にこだわりやプライドを持つ——少年の人間性からだと思ってくれればいい。


 一応、少女のためを想っての決断でもあるのだから。


「そうだな……人生には数え切れないほどの道がある——じゃんかさ。でも産まれて、育って、さぁ道を選ぼうって時にはすでに限定されているもんだろ? 後回しにすればするほどその数は絞れていく。——あ、ツッコミどころがあったら言ってくれ」


「…………」


「で、誰にだって個性があるわな? 自分が他人より優れてると思った力を活かして——自分の道を決めて、目標にむけて進むのは何もおかしいことじゃない。よな?」


「——ええ。それはあたしだってそうよ。少しだけど——他者よりも強く在れる力を持って産まれた。でも同じく——あたし以上に力を持っている人の多くはっ! ……私利私欲のため、他者を虐げ、屈従させるために力を扱っている。——それがどうしても許せなかったから、あたしはもっと強くなって、力を持たない人達を守るためにこの力を使うと決めたの!」


 息を切らせながら言う少女からは迫真めいた物を感じる。

 そして少年は思う——彼女は本当に純粋だと。きっとこの世界に主人公がいるのなら彼女だろうと。


 それほどまでに少女の言葉は少年に届いていた。

 どんなに困難だとわかっていても、それが死と隣人になるような目標だとしても、いつも人を守るために戦おうとする。


 見方によっては少女も、悲しい生き方なのかもしれない。


「あなたはあたしと同じ目標を持ってると思ってた……でも、わかったの。あなたは……違うのね」


 少女の雰囲気は一変した。覚悟を決めてしまったような——そんな雰囲気。

 怖気付いたのか、少年は街の方へと向き直り、少女がここに来る前の姿勢に戻した。


 燃え盛っていた炎は明らかに少なくなっていた。


「別に逃げはしねぇんだからさ。まだ話の途中だってのに最後まで言わせてくれよ。えっとどこまで話したっけ」


「実は火をつけたのは盗賊で、それを退治しようとしたら誤って火が拡散してしまった。これからみんなに謝りに行くからお前もついて来てくれないか……ってところまでよ」


「ああそっか。そうそう俺もつい自分が火を付けましたよーって感じを出してたけどあれは俺のせいじゃ——ってんな話してなかったわぁぁっ!」


「………………」


「——え、なんでお前振ったくせにダンマリ決め込んでんだ? 責任とってくれよ、恥ずかしすぎるわ」


 シリアスな雰囲気がぶち壊しになった——わけではなかった。まさか少女が本気でその線を探り、切り出したとは考えたくないが。少女はさっきも今も変わらずに真剣だ。

 ただただやりづらい雰囲気にされた少年は自力で記憶を呼び戻し、


「そうだそうだ、自分の優れている力を使ってそれを活かせる道に進むって話だったな」


 もう少女に口は挟ませまいと連続して話す。


「つまりは——だ。足が速いなら陸上選手を目指せばいい。絵が得意なら画家や漫画家を目指せばいい。腕っぷしに自信がありゃいろんな道があるな。加えて正義感に溢れてて、みんなから好かれるようなやつなら——」


 少年は、すっかり熱がこもってしまった白髪を掻きながら、頭に浮かんだ言葉から順にダラダラと続け、


「街の英雄になればいいんじゃないか」


 黙って手を握り締めたままの少女に向かって、少年は歩んだ。

 それを受けてか、少年の前には小さな傷がいくつかあるのにも構わず——相変わらず——綺麗だと感じるか細い手が差し伸べられていた。


 少女は大粒の涙を零しながらも顔を無理やりに笑わせた。少年もそれに付き合い無理やり笑う。

 かつて守りたいと思った少女の純粋な笑顔は——今の少年に引き出すことはできない。


 ——少年は差し伸べられた手の——直前で止まる。


「だがな、俺の場合。こうでもしなきゃ力は得られない。でも俺だって()()()()()()()()()()を活用しなきゃこの世界で生きることすらできない。だからその利点をふんだんに使う。それだけだ。……それのなにが悪い!」


 ——嫌われてこそ生きれるんだ!


 ずっとずっと念頭にあった——この台詞はなんとか飲み込めた。

 だが途端に荒げた声は少女の手を引っ込ませてしまった。その様子を見て「すまん、思ったより声がでた」とすぐに謝罪。


 互いに無言で見つめ合う。そんな気まずい時間は暫時流れた。


 しかし、このふたりの間に生まれた気まずい沈黙を破ってくれるのは——こんな時だって少女の方だ。

 浮かんだ涙を拭い切り、また次の涙が出てくる前に——少女は胸に手を当て、


「わからない……あなたがなにに苦しんでいるのか……なにと戦っているのか、わからないの。ねえ、あたしは結局信用されてないの?」


「…………」


「あたしの本心を言うとね……今だって()()のことを信じているのよ。だからいろんなことに巻き込んじゃったけど……でもね、だから——あたしのことも巻き込んでほしいの。あたしも一緒に背負うから。ねえクイ、お願い」


 震えた声だがしっかりと言い切った。

 そして響いた。俯く少年――クイの心は、結んで開いてを繰り返している彼の右手と同期している。また少女の優しさに付け込むのか——少女を裏切る形でも厄災である自分と切り離すか——どちらを選んでも少女を不幸にする気がした。


 ——ならどっちを選んでも一緒じゃないか。


 右手が開いたまま固まる。が——


「ありがとう。すまん。じゃあな——」


 別れの言葉を言うが早いか、クイは身に纏う漆黒のコートを揺らし、少女の体の右空間を駆け抜ける。

 意思が折れても決意は折れず。街に戻っても未来がない。結局は進むしかないのだから。


「えっ、待っ——」


 少女が振り向く頃には既に、クイは高台の手すりに飛び乗っていた。そこから勢いよくバネを使った跳躍は国門までも飛び越した。


 振り返らず、クイと少女が初めて出会った頃と同じ——逃げるように国を去った少年の後ろ姿。今度は、少女は呆然と眺めることしかできなかった。




 真っ逆さまでの落下途中、その顔には自分の選択した道への覚悟が宿されていた。




 精神も、力も、何もかも




 成長(レベルあげ)して戻って来てやる。




 この世界の『力』をすべて倒すために




 もう俺は迷わない——





  **********************************************************



「ってな感じのやりとりをして——さぁ覚悟を決めて行くぞーーって時に……アイツと落ち合う場所すらわからず森の中でひとり迷子って…………なんで地図にメモしとかないんだ過去の俺よぉぉぉぉぉ!」


 こてこてのフラグ回収を速攻で果たし、道に迷った少年クイの旅路は始まったばかりだ。

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