2、七光りのドラ息子
平穏な日常を揺るがす騒ぎが起きたのは、ある報がリーザお嬢様の元に届いた日の事である。
「何? リーザお嬢様にお客人だと?」
「は、はい。どうしてもお目通り願いたいと……昼過ぎにはご到着されるとの事です」
「昼過ぎって……もうじき昼ではないか!」
先触れもなく当日にやって来るなど非常識極まりない。
間の悪い事に旦那様と奥様は「結婚記念日Yaahooー!」とベテラン使用人を引き連れてバカンスに行ってしまわれている。
胃が痛い。
「今更ウダウダいっても仕方ないよ。さ! 皆張り切ってO-MO-TE-NA-SHIの支度をしようじゃないのさ!」
「いやリーザお嬢様。貴女はご自分の身支度をなさって下さい。何呑気にクッションカバー取り替えてるんですか」
もう一度言う。
胃が痛い。
若いメイド達にリーザお嬢様の支度を整えるよう指示を出し、俺は使用人仲間と共に客間と食事の準備に取りかかる。
流石に昼食は済ませてから来るだろうが、何しろ突然面会を求めて来るような非常識な客人だ。
念には念を入れて準備しておいた方が良いだろう。
俺達の不手際でヴァンガイヘン家の名に泥を塗る訳にはいかないのだ。
ピリピリとした緊張感が漂う中、リーザお嬢様だけがいつもと変わらぬ調子である。
「あ、今朝作った浅漬け、お土産に出来ないかしら!?」
「それは無し寄りの無しでございます」
どこの世界に浅漬けお土産に持たせる伯爵令嬢がいるよ。
そんな事したらヴァンガイヘン家、末代までの恥になりかねない。
断固阻止。
ドタバタと慌ただしく準備していると、思っていたよりずっと早くに件の客人が到着されたとの知らせが届いた。
ちょ、待てよ(切実)
大急ぎで迎えに出向けば、随分とチャラついた服を身に纏った銀髪オールバックの若い男がギラギラにデコった馬車から降りてくる所に出くわした。
あまり色々言う気はないがせめて第二ボタンは留めろみっともない。
あと裾もしまって香水も控えて欲しい。
そして今すぐニヤついた笑みを止めて先の尖った靴も履き替えてから出直してこい。
可愛い女性の使用人ばかり引き連れたその男はヘラヘラと下を向かずに顎を突き出すような会釈をしてきた。
社交の世界舐めてんのか。
「急な来訪、すいません。オレはライトナ・ナド・ラムースコー。侯爵の爵位を与えられた父を持つ、期待の新星でぇす」
こいつアカン奴やー!
いや、見た目と態度の時点で分かってたけどな。
彼には遊び人だのワガママだの自意識がライジングしてるだのと良くない噂があったが、ひょっとすると噂以上のダメンズかもしれない。
全く悪びれた様子のないライトナ様に対し、その場にいたヴァンガイヘン家の全使用人が苛立ちを笑顔の裏に押し隠す。
リーザお嬢様はというと「遠い所からわざわざおいで下さいまして」と当たり障りのない神対応をしている。
この男の無礼など、きっと本当に気にしていないのだろう。
「ささ、どうぞ中へお入り下さいな! ほら、そちらの可愛らしいお嬢さん方もご一緒に」
「いやいや、彼女達はただの使用人。外で待機していて貰うよ。何かやましい関係ではないか……なぁんて、君にあらぬ誤解を招きたくもないしな。ハッハッハ」
「? ちょいと意味が分からないですが、彼女達がそれで良いなら……」
いきなりタメ口かよ。
パチリとウインクを決めるライトナ様だったが、リーザお嬢様は小首を傾げるだけである。
リーザお嬢様が彼の好意に気付かないのが吉と出るか凶と出るか、俺達は気が気でない。
結局ライトナ様は筋肉モリモリ男とポニーテール女の若い付き人二人だけを連れて屋敷に入ってきた。
……この男女は使用人というより護衛だろうな。
ライトナ様は応接間に案内する間もヘラヘラした態度を崩さず「リーザちゃんって噂以上にかわうぃーね」などと口説き文句を垂れている。
それに対する口説かれた本人の反応がこちら↓
「あっはは! いやぁだよぉ可愛いだなんて! そういう褒め言葉は大事な娘にでも言っておやりよ。ライトナ様にもイイヒトの一人や二人、居るんじゃないのかい? ん? ん?」
おいこらタメ口ぃ!
いや確かに先に無礼講ってきたのは相手だけども!
せめてこちらの対応は大人でいて欲しかった。
ほら見ろ、ライトナ様もポカーンってしてらっしゃる。
あの顔、彼的には絶対レアな表情だ。間違いない。
「こほん、リーザお嬢様……」
「あらやだ、私ったらはしたない真似を……ごめんなさいねぇ。驚きましたでしょ?」
「い、いや……まぁ少し……」
ホントに少しですかねぇ(ゲス顔)
何やかんやで応接間の椅子に腰を下ろしたタメ口貴族×2。
ライトナ様はメイドがお茶やお菓子を出している間に気を取り直したようだ。
彼はほんの少しだけ姿勢を正すと向かいに座るリーザお嬢様の目を見つめた。
「えーっと、今日ここに来た理由だけど……」
いきなり本題か。
どうせ結婚の申し入れかなんかだろ。
「リーザちゃんには是非ともオレと付き合って欲しいんだ。もちろん結婚前提でね」
はいはいビンゴビンゴ。
しかしこれは困った展開となってしまった。
彼は腐ってもラムースコー侯爵のご子息。
お父上の爵位だけを見れば旦那様より上である。
本人を前にして俺達が口を出すような真似も出来ず、かといってリーザお嬢様の一存で決めて良い問題でもない。
今まで書状での申し入れは数あれど、直談判しにくる者は居なかった。
これは立場的にも状況的にも断り難い。
旦那様、今すぐここにリターンオン発動して飛んできてくれないだろうか。
暫しの沈黙の後、リーザお嬢様は困ったように頬を掻きながら口を開いた。
「う~ん、お恥ずかしい話、私はまだ結婚とかピンとこないんですよ。でも、こうして直接思いを伝えに来て下さったのはライトナ様が初めてです。その誠意は伝わりました」
ありがとうございます、と深々と頭を下げるリーザお嬢様の姿に感動する。
やはりやれば出来るお方なのだ!
「しかしですね……」
そうだ、ハッキリ言ってやって下さいリーザお嬢様!
「今すぐ答えられる問題ではないので、父と相談の上、後日改めてお返事をさせて頂きます」と!
俺達が固唾を飲んで見守る中、リーザお嬢様はまっすぐな目をライトナ様に向けた。
「大変申し訳ありませんが、私……」
──ガダンッ!
リーザお嬢様の言葉を待たずして、突然ライトナ様がテーブルを叩いて立ち上がった。
うぅわビビった!
咄嗟にリーザお嬢様を庇うように両手を広げて飛び出してしまったが、これは正当防衛であり無礼にも不敬にも当たらないだろう。
俺は悪くねぇ!俺は悪くねぇ!(諸事情により音声を変えてお送りしています)
「あ゛ぁ!? まさかこんな辺鄙な田舎領主の娘風情が、このオレを拒むってぇのか!?」
これが本性かーい。
どうやら彼のNGトリガーはプライドを傷付けられる事らしい。
ギザギザなガラスハートとかタチが悪いにも程がある。
ドスのきいた声で怒鳴り散らす彼の剣幕に気圧され、メイドどころか使用人仲間のツォーシ(身長二メートル)まで身を縮こまらせて固まっている。
リーザお嬢様の方が動じてないとかどういう事なの。
ツォーシしっかりしなさい。
「どうか落ち着いて下さいませ、ライトナ様」
「はぁぁ!? 何だお前は! たかが使用人がこのオレ様に口きいてんじゃねぇよ!」
なんてこった。
俺が口を出した事でライトナ様は更に逆上したようだ。
これはマズイかもわからんね。
まさかここまでキレやすい若者を体現したような男だったとは。
「ご無礼をお許し下さい。しかし、あまり大声を出されてはこちらとしても、」
「っせーよハゲ! 関係ねぇ下っ端は引っ込んでろカス! ブッ飛ばすぞ!」
ブッ飛ばす(※ただし付き人が)って所かな?
っつーかハゲてねーよ。
肝心の付き人二人は「あーあ」みたいな顔をしているが、激おこな彼を宥める気は無いようだ。
いや止めろや。
パチリ、とポニーテール女と目が合う。
(止 め て 下 さ い)
直接脳内に伝える事は出来なかったものの、俺の視線に居たたまれなくなったらしい。
彼女は渋々といった様子でライトナ様に声をかけた。
「ライトナ様。ここは少し落ち着いて、どうか穏便にいっては……」
「だぁから! 誰に向かって言ってんだっての! これだから無能は使えねぇ! 口のきき方に気を付けろブス!」
「……申し訳ありません」
怒りの矛先が一気に彼女へ向かう。
女性は慣れているのか、ツカツカと歩み寄るライトナ様に対して身動ぎ一つしない。
あ、これはマジでマズ──
──バチィン!
「っ! クローナス!?」
Q、何が起きたというの?
A、俺氏、女性庇って叩かれたの巻
考えるより先に体が動いてしまったからね、仕方ないね。超痛ってぇ。
思わぬ邪魔が入り、ただでさえ怒りに震えるライトナ様の顔が規制かかるレベルになっている。
視界の隅でメイドのアンとツォーシが涙目で震えているのが見えた。
いや泣きたいのは俺だから。
「……私は大丈夫です。それよりリーザお嬢様はどうぞご退席を」
「貴っ様ぁ! 下っ端が格好つけてんじゃねぇぞ! このザコが!」
右拳を振り上げるライトナ様の動きで再び殴られる事を確信する。
避ける気はない。
ここで受けねば彼の怒りは収まらないだろうし、後ろに引いて衝撃を和らげてやり過ごすしかないな。
やれやれだぜ。
攻撃を受けるタイミングを見極める事に夢中になっていた俺は、彼の背後からやって来るもう一人の味方の影に気付かなかった。
そして次に気が付いた時には──体の動きが止まってしまっていた!
「あんた、いい加減におしよ!」
──バッチィーン!
ファーー!?(一同、心の声)
なんという事でしょう。
あろう事か、リーザお嬢様がライトナ様の頬を力一杯ぶっ叩いたではありませんか。
あれは悪い事をした使用人の子供に発動される尻叩きで鍛えられし黄金の右手だ。
ドズサァッ!
床にうつ伏せで倒れ伏すライトナ様。
ムチャしやがって……さぞかし痛かろう。
音で分かる。
「ぅぐ、な、何が、」
彼は目を白黒させながら頬を押さえている。
それでもどうにか上半身だけ起きあがると「父上にもぶたれた事ないのに……」と声を震わせた。
見りゃ分かる。
「くっ、貴様……今自分が何をしたか分かってんのか!?」
「あんたこそ、自分が何を言って何をしたか分かってんのかい!?」
キッ! とリーザお嬢様を睨み付けるライトナ様だったが、むしろ腕を組んで仁王立ちするリーザお嬢様に見下ろされてしまっていて迫力はない。
正直、リーザお嬢様がここまで怒っている所を見るのは初めてだ。
ゴゴゴゴ……という効果音すら聞こえる気がする。
「自分がされて嫌な事は人にしちゃいけないって習わなかった!? 女の子に手を上げる男は男じゃないよ!」
「っせーよ! お前こそ使用人如きに何言ってんだ!?」
「おバカ! さっきから聞いてれば使用人使用人って、人を何だと思ってんだい! この人はクローナス! うちに仕えてくれてる人で私の友達! あんたの使用人じゃないよ!」
ライトナ様は真っ赤な顔でパクパクと口を動かすが、反論の言葉は出てこない。
おそらく叩かれる事も怒鳴られる事も、女性に説教される事も初めての経験なのだろう。
ざまぁ(ざまぁ)
「だ、だからってなぁ、お前だって今俺の事叩い……」
「つべこべ言わない! 服はともかく、中身くらいはシャンとしな! そうやって気に入らない事があると赤ちゃんみたいに癇癪起こす男はモテないよ!」
「なっ……」
次々と紡がれる侮辱と取れる言葉の数々に、その場にいた全員が肝を冷やす。
これ以上は下手しなくても政治の問題にまで発展してしまうだろう。
「リーザお嬢様! お言葉が過ぎます!」
慌ててストップをかけるが、リーザお嬢様は俺を押し退けて喋り続ける。
力強っ。
「あんたのご両親、乳母や教育係が何を教えてくれたか思い出しな! 少なくとも、あんたがそんな人間に育つ事なんて望んじゃいないよ!」
「…………っ!……チッ」
どの言葉が刺さったのかは分からない。
しかしライトナ様は先程までの態度とは一転、見るからにふて腐れた表情を浮かべて俯いてしまった。
「急に叩いたのは悪かったよ。けどね、あんたも悪い事をしたんなら、ちゃんとごめんなさいしなきゃ。その内周りに誰も居なくなっちゃうよ?」
「……っせーよ。母親みたいな説教すんな」
弱々しい悪態を吐き、ライトナ様はヨロリと力なく立ち上がる。
終始空気だった男の使用人が手を貸そうとするも、彼はそれを振り払うと「帰る」とだけ呟いて部屋を出ていってしまった。
これは……どう動くのが最善なのだろうか?
ラムースコー家から圧力かけられたら堪ったもんじゃないし、もし国王様にある事ない事を告げ口されたらそれこそ洒落にならない。
リーザお嬢様誘拐事件以来のヴァンガイヘン家の危機である。
「リーザお嬢様! 今すぐ引き留めて和解しなくては!」
「あぁ、それもそうね。このまま帰すのは流石に後味悪いものねぇ」
パタパタと足早にライトナ様の後を追って部屋を出るリーザお嬢様の後に続く。
とりあえず形だけでも謝罪すれば今以上の険悪にはならないだろう。
リーザお嬢様と俺は玄関を出た所でGIRI GIRIでステイしているライトナ様に追い付く事が出来た。
「お待ち下さい、ライトナ様!」
よく通るリーザお嬢様のソプラノボイス。
ライトナ様は振り返りはしなかったものの、律儀に足を止めてくれた。
さぁリーザお嬢様、今です!
選択肢は三つに一つ!
一、彼と和解せよ
二、彼と和解せよ
三、彼と和解せよ
俺の思惑など露知らず、リーザお嬢様はいつの間にか手にしていた袋を差し出した。
「これ、今朝漬けたキュウリンゴの浅漬け。何のお構いも出来なかったし、せめてお土産にどうぞ。沢山あるからお帰りの道中、是非皆さんで食べて下さいね!」
「「……」」
そう来るか……(遠い目)
無視されるかと思いきや、ライトナ様は大人しく袋を受け取って再び馬車に向かって歩き出した。
んんん? どゆこと??
ポカンとする俺の隣でリーザお嬢様は「次はもっとゆっくりお話しましょーねー!」と手を振っている。
呑気か。流石に次はないだろうよ。
結局、ライトナ様は最後まで何も言わなかった。




