表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/3

1、使用人は苦労を為す

全三話。


羽より軽いノリでお読み下さい。

 俺はクローナス。

ヴァンガイヘン家に遣えるいち使用人だ。

当主であるヴァンガイヘン伯爵は、トオデ大陸西端に位置するサブイーヴェントの地を治める高貴な御方である。


 今から十年以上前の話だ。

ここである大事件が起きた。

なんとヴァンガイヘン伯爵の一人娘、リーザお嬢様が身代金目当てで誘拐されたのだ。


 当時、リーザお嬢様はまだ五才。

騎士団の協力を得て、お嬢様奪還作戦は秘密裏に決行された……までは良かった。


 現場に居合わせた騎士Aさんの証言によると、突入前に誘拐犯のアジトから「あでででで、このクソガキ!」「あだだだだっ! 兄貴達ぃ、こいつどうします!?」「あっ、ちょ、まっ!」という男の声が聞こえたらしい。


 一刻を争うと判断した指揮官が突入の合図を出し、あれよあれよという間に誘拐犯はお縄についた。


 ところが、だ。

現場にリーザお嬢様の姿は無かった。

誘拐犯達は逃げた彼女の行方に心当たりは無いと言う。

一体どこに逃げ隠れてしまったのだろうか。

子供の、しかも貴族のご令嬢の足ならそう遠くへは行けない筈だ──と誰もが思っていた。

そう、誰もがリーザお嬢様のお転婆ぶりを忘れていたのだ。



 リーザお嬢様が発見されたのは行方不明になってから半年後の事だった。


 誘拐犯のアジトからかなり離れた、深い深い山の奥──


 そんな所にポツンとまさかの一軒家。

住んでいたのは自給自足の大家族。

十三人兄弟を育てるビッグダディーと肝っ玉母ちゃん、まだまだ現役の爺さん婆さんと犬五匹。


 そう。

リーザお嬢様はその賑やかなあったかハウスで保護されていたのだ。

まだ使用人見習いだったくせにお迎えに同行していた俺は、あの時の衝撃を生涯忘れる事はないだろう。


「youは何しにこの山へ?」


「かくかくしかじかでリーザお嬢様をお迎えにあがりました」


「それはそれはお疲れ様でした。ささ、どうぞ今夜は泊まっていって下さいな」


 見るからにおおらかで人の良さそうな家族達。

そして、この家での生活にすっかり馴染んでいるリーザお嬢様。

どうやらこの半年間はリーザお嬢様の人生観を大きく変える程に濃い物だったようだ。




 時は進み現在(そして時はムーブする)──



「キャアアァ! むっ、虫ぃっ!」


 ガシャァン!


 新人メイドのアンが腰を抜かしている。

それだけならまだ良い。

問題はアンの足元に散らばるお嬢様お気に入りの花瓶……だったモノだ。


「おい、虫如きで何をしている!」


「すっ、すみましぇん~~!」


 廊下の隅をカサコソと蠢く黒い虫……

うわ、ゲジゲジかよ。

しかも結構デカい。

こんな不快虫を屋敷内で野放しには出来な


「はいよ、どいたどいたーっ!」


 グイッと押しやられ、またかとため息が漏れる。

いかんいかん、ため息を吐くなど使用人失格ではないか。


 俺を押しのけた張本人はクルクルと丸めた紙の束で「えいやっ」とゲジゲジを叩きつけた。

スパーンと小気味良い音が辺りに鳴り渡る。

お見事! ワザマエ! ってそうじゃない。


「……リーザお嬢様、そういった事は我々にお任せ下さい。はしたないです」


「なぁに堅い事言ってんだい。それよりほら、クローナスは後片付けの方お願いね」


 はい、と渡された紙の束を見た俺は血の気が引くのが分かった。

この紙、各地の貴族から送られてきた結婚申し入れの書状(ラブレター)だ。


「な、なんて無礼な事を!」


「やぁねぇ。ちゃんと読んだわよ。全部政略結婚なのが見え見えでお断りしちゃったけど」


「リーザお嬢様ェ……」


 開いた口が塞がらないが、とにかく今は虫の死骸をどうにかせねば。

近くに何か紙か袋は……無いな。

仕方ない、この紙の束に包んで捨てよう(名案)


 ちゃっちゃと片付けをする背後で、リーザお嬢様がアンの元へ歩み寄る気配がした。


「ほら、いつまで腰抜かしてんだい? ダメじゃないか、女の子が地べたに座り込んじゃ」


「え、あ、も、申し訳ございませ……」


「良いからほら、立って立って。怪我はないかい? 破片で怪我でもしてたら大変だよ!」


 バッバッと音がして反射的に振り返る。

見ればリーザお嬢様がアンのスカートをはたいてやっているではないか。

何やってんの。

え、何やってんの!?


「リーザお嬢様! お止め下さい!」


「何でだい? 良いじゃないのさ、女同士なんだし」


「そういう問題ではありません!」


 もし破片がスカートに付いていたら危険が危ない。

何より床についた汚い服を触るなど……いや、そもそもお嬢様がメイドの面倒を見る事自体がおかしい。


 いち使用人の俺が注意するのも十分不敬ではあるが、日常茶飯事なので気にする者は誰もいない。

流石にアンは新人なので口も挟めずに涙目になって震えているが……

まぁ無理もないだろう。

なにしろリーザお嬢様お気に入りの花瓶を割ってしまった直後なのだからな。


「あ、あの、リーザお嬢様。申し訳ございません! あの、その、か、花瓶は、一生働いてでも弁償しますから……」


 深々と頭を下げるアンの肩に乗せられる白魚のような手。

あ、この展開はいつものアレだ。

半目になって見守る俺の前で、リーザお嬢様はケラケラと盛大に笑った。


「良いんだよぉ、花瓶なんか! あんたに怪我が無くて何よりだよ。どうしてもお詫びがしたいってんなら、今度一緒に散歩でもして花を見に行こうじゃないのさ。押し花でも作って、実家のご両親に送ってやんな。きっと喜ぶよ!」


 で、出たー!

ヴァンガイヘン家名物、リーザお嬢様のおかん節ーっ!


 アンは目をパチクリさせて驚いている。

その拍子に零れた涙をリーザお嬢様がゴシゴシと袖で拭った。

雑ゥ。


「あぁもぅほら、泣かない泣かない! せっかくの可愛い顔が台無しだよっ」


「ぅぐ、お母……リーザお嬢様ぁ……!」


 はい、落ちたー!

この屋敷の使用人の殆どがこの「おかん節コンボ」に沈み、並々ならぬ忠誠を誓っているのだ。

因みにヴァンガイヘン家の名物その二は、リーザお嬢様を間違えて「お母さん」と呼んでしまう使用人が後を絶たない事案である。

情けないったらない。

俺は本日何度目かのため息を吐いてしまったのだった。



 さて、こんな生活がダラダラと続いていて良い筈も無い。


 王都の方ではやれ悪役令嬢だの異世界転生だの婚約破棄だのといった娯楽書物が流行しているようだが、現実はもっと複雑かつ深刻である。

リーザお嬢様ももう十七才。

いい加減身を固めなければならないのだ。

未婚のままいつまでもおかんっぷりを発揮させる訳にはいかない。



 なーんて思ってはいるものの、人の性格なんてそう簡単には変えられる筈もなく日々は過ぎていく──



────────────────


 ある日はこうだ。


「はいはい、道開けて道開けてー! 洗濯物のお通りだよっ」


「お、お嬢様!? それは私共の仕事でございます!」


「良いんだよぉ。あんた、そんな真っ赤な手ぇしちゃって、手がアカギレだらけじゃないか! 後でアロエオイル塗っときなよ!」


 何しようとしてんだこのお嬢様は!

え、この人お嬢様だよね? ご令嬢だよね?

ドレスの上に着けてるそのエプロン、メイドに支給される奴なんだけど!


「リーザお嬢様、タイム、タイムです!」


「? あぁ、そろそろティータイムの時間だねぇ。皆ー、先に休憩行ってて良いよぉー!」


「違いますそうじゃないです」


 バイト感覚でお屋敷の使用人勝手に休ませないで欲しいんだが。


「はいはい、小言は後でまとめて聞くからね。クローナスもたまには息抜きをおしよ? 厨房にゴマあげパン作っといたからいっぱいお食べ」


 マジか。

リーザお嬢様が作るサブイーヴェント地方の郷土料理「ゴマあげパン」は、それはもう激ウマである。

何人もの使用人がお袋の味を思い出して涙を流したものだ。

こりゃ早く行かないと無くなってしまうだろう。


 急ぎ足で厨房に向かった俺が失態に気が付いたのは、無事にゴマあげパンを確保した直後だった。


「……やられた……」




 またある日はこうだ。


 その日は「買い物がしたい」と言うリーザお嬢様に付き添い、屋敷から程近い町を訪れていた。

やたらと半値の品を選んだり値引き交渉を始めてしまったりとみっともない行動を繰り返すリーザお嬢様。

俺達付き人はヒヤヒヤしながら彼女の行動を咎めたり見逃したり諦めたりしていた。


「わぁっ!」


 スッテーン!


 我々の前方で見事にすっ転んだのは幼い少年。

すぐにムクリと起き上がったし、大丈夫そうだと思ったのも束の間──


「……ひっ、う……うわぁぁーん!」


 時 間 差 。

子供あるあるである。

どうしたものかと考える間もなくリーザお嬢様が駆け寄っていく。

足早っ! 俺でなくても見逃しちゃうね。


「あらあらあらぁ大丈夫? びっくりしちゃったのねぇ~」


「うぅっ、ぐすっ」


「あれま、ちょっとだけ擦りむいちゃったのか。こんくらいなら唾付けときゃ治るわ」


 リーザお嬢様は喋りながらペッペッと少年の膝小僧に唾をかけ……WHY!?


「リーザお嬢様、それは流石に前時代過ぎる対処療法です!」


 最早おかんではなくおばあちゃんの域だ。

当の本人は至って真面目に「ありゃ、そうかい? んじゃ誰か水か薬草(ハーブ)持っといで」と指示を出している。


「ほら、大丈夫だからいつまでも男の子が泣いてちゃダメよー。あ、アメ食べる? きな粉と黒蜜、へーき?」


「ぐすっ、ひっく、ありがと、おか……お姉ちゃん……」


 今なんか「お母さん」て言いかけなかったか、この少年。

庶民が何と無礼な! と思わないでもないが、まぁ相手は子供だしな。

ニコニコしているリーザお嬢様に免じて見逃してやろう。

……きな粉と黒蜜という飴のチョイスにおかんを感じてしまったのは俺だけではない筈だ。



 と、このようにリーザお嬢様は(色んな意味で)自由奔放な毎日を過ごしていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ