セル・イルメッド
セテルメント国軍の訓練所に到着した兄妹は、クロードの案内の元、施設内の設備を見て回っていた。
「でけぇ……むさ苦しい……うるせぇ」
「訓練所だからな。当然だろ」
アゲハの呟きに呆れたように答えるクロード。
今彼らが来ているのは格闘訓練所だ。
ここでは長剣や魔法などの使用は認められておらず、許可されている武器は短剣のみとなっている。
ここでは名前の通り、格闘技を磨くために兵士が精進している。
当然だが、他国との戦の時に格闘術を使う事は滅多にない。
武器を使って闘えばそれで良いし、そもそも丸腰で敵陣に突っ込んでいくなんてことは自殺行為だからだ。
けれど格闘術を磨けば、基礎体力の向上も見込める上、相手との駆け引きに更に磨きがかかる。
訓練している様子を眺めていると、兄妹達に近づいてくる一人の女兵士がいた。
「クロード、来たのか」
「セルか。昨日は無茶を言ってすまなかった」
セル・イルメッド。セテルメント国軍に所属する女性剣士である。
茶髪の腰まである髪をポニーテールで括っている。運動用に薄着でいるため、身体のラインがよく見えてしまっているが、彼女が気にしている様子は無い。
副リーダーでもある彼女は、新兵の訓練教官も務めている。現に今も、教官としての仕事の真っ最中だった。
彼女の後ろには、屍のように倒れ込んで死屍累々と化してしまっているの新兵達の姿があった。
「アゲハとクロハだな。軍に入隊したということはクロードから聞いている」
「入隊した訳では無いが……まあ、よろしく頼む」
セルに握手を求められ、アゲハはそれに応えて握手を返す。
「昨日は無礼を働いてしまったな。申し訳ない。様々な面で異端だった貴様らを、警戒しない訳にはいかなかった」
「別に気にしてないさ。むしろ、警戒してくれなかったら逆に怖いくらいだった」
「そうですよセルさん。兄は悪人面してますから。警戒して当然です」
昨日の兄妹への接し方について、自分の非を謝罪するセル。
アゲハも、そしてクロハも、警戒して当然だから気にするなとセルの昨日の対応を肯定する。
「そう言ってくれるのなら、とてもありがたいよ」
セルは兄妹の反応に、微笑んで感謝の言葉を述べる。
--ちなみに、セルはとても綺麗で、クールな容姿をしている。
目元はキリッとしているが、笑うととても朗らかな表情になる。まさにお姉さん。というか姉にしたい。
「しかし……だがクロード」
「何だセル?」
「まだ私は、この者たちを信用している訳では無い……とだけは伝えておこう」
「直球だな〜」
先程までの柔らかい空気とは打って変わって、非常にピリピリとした空気が漂う。
セルは兄妹の方を見やり、クロードに宣言する。『信用なぞはしていない』と。
当然だろう。
いくら昨日の戦況を一転させたとは言えども、それが兄妹達を完璧に信用する判断材料とはなり得ない。
「信用は一切していないが、アゲハ、貴様と手合わせを願いたい」
「は? なんでだよ」
「我がイルメッド家の家訓でな、『信用する相手を選ぶには、まず手合わせを』というのがあるのだ。私はその家訓に則って、貴様に手合わせを申し込んでいる」
「なんだその脳筋家訓は……」
「どうだアゲハ? 受けてくれるか?」
セルは半ば脅迫するかのような語気で、アゲハに問いかける。
アゲハは少し考えた後、口を開く。
「無理……だな。そもそも俺、体術強いわけじゃないしな」
「逃げるのか?」
「待て待て。そういう事じゃあない。お前のその勝負、俺の代わりにクロハが受ける。いいなクロハ?」
「……ガッテンです」
アゲハがクロハの右肩に手を置いて確認を取ると、クロハは警察の敬礼のようなポーズをとって了承する。
「どうしてこいつが……って顔だな。しかしなセル、体術、接近戦においては、俺よりクロハの方が強い。潜入作戦じゃあ、俺なんかよりもこいつが優秀なんだよ」
「凄い自信だなアゲハ。まるで、妹なら私に余裕で勝てると言っているようだな」
「おいおい。そんな事一言も言っちゃあいないだろう? 何で裏で姑息に色々やる俺らがお前みたいに戦闘を専門にしてる奴とマトモにやり合って勝てると思ってるんだよ」
アゲハはそう言いながらクロハの細い首を包むように、両手を動かす。
クロハもその兄の両手に自分の手を添えて微笑む。
アゲハは、どこかで見た蛇のような鋭い目を再び見せ、不気味な笑みを浮かべる。
「俺らがやるのは、妙手……騙し討ちだぜ?」
その表情は、セルを苛立たせるには十分だった。
次、戦闘です。
描写頑張ります。