閑話休題
久しぶりの更新です。
リムルと生涯契約を交わし、そして宿へと案内されてから……一夜明けた。
「おはようございますアゲハさん、クロハさん。朝ご飯、出来てますよ?」
「すまないなミュラー」
仕事着……黒い長袖ティーシャツに、黒いベスト。そして黒いジーパン黒いブーツに身を包んで食堂に入ってくる男が一人、アゲハである。
その後に続いて、兄と同じように全身黒ずくめの格好で食堂に入ってくる少女も一人、クロハだ。
ミュラーと呼ばれた金髪碧眼の少女は、白いワイシャツに青いスカート、その上に黄色のエプロンを身につけて、父親である店主と共に朝食の準備をテキパキとこなしている。
昨日、ミュラーからの突然の告白から一悶着二悶着あったものの、何とかこの宿で十分な睡眠をとることが出来た。
六畳ほどの部屋に、ベッドと机、椅子が一つずつあるというシンプルな部屋である。
ちなみに兄妹は、二人仲良く同じベッドで睡眠をとった。
今日は異世界に来て体感二日目。
朝食を済ませた後はクロードに軍の訓練所を案内してもらうつもりである。
そのクロードは昨日、アゲハが告白を受けた時点で面倒事に巻き込まれると察したのか、いつの間にか姿を消していた。
多分家に帰ったのだろう。
兄妹は部屋角に設置されてあるテーブル席に隣同士で座り、食事が運ばれてくるのを待つ。
この食堂には、ミュラーと店主。そして兄妹しかいない。
「お待たせしました〜。パンは一枚にしますか二枚にしますか?」
「あー……一枚でいい。クロハはどうする?」
「私も同じのでいいです。……手伝います」
クロハが朝食準備の手伝いをしようと席を立つと、ミュラーは持っていたメモ用紙でクロハを止める。
「大丈夫。二人はお客さんですから、お手を煩わせることは出来ません」
「で、でも、これからずっとここ住まわせてもらうんですから、何か私にもお手伝いをさせてもらいたいです……」
「いいからいいから。クロハちゃんは将来私の妹になるんだから、頼って--」
「おいミュラー。やめろそれ」
「ちぇ〜。しばらくお待ちを〜。朝食持ってきま〜す……あ、クロハちゃん大丈夫だよ」
ミュラーは少し不貞腐れた様子で厨房へと戻っていた。
朝食が運ばれてくるまでの間、兄妹は意味もなく窓の外をボーッと見て会話を始める。
「クロハ、寝癖ついてるぞ」
アゲハはテーブルに頬杖をつき、視線は依然として窓の外に向けられている。しかし、そう呟く。
「え、どこ?」
「後頭部」
「どれどれ……あ、ホントだ。ありがとう」
「ん……」
クロハの寝癖が直された所でちょうど、朝食が運ばれてきた。
「お待たせしました〜」
トレイに乗せられ、カタカタと小さく皿のぶつかる音がしながら到着する。
トーストとコーンスープ。そしてウインナーらしき肉食品。
それが今日の朝食らしい。
「突然始まった戦争のせいで、ちょっとした食料不足なの。ごめんね、こんな食事で」
「普通に美味そうだ。お前が謝る必要は無い。いただきます」
「兄さんの言う通りですよミュラーさん。いただきます」
申し訳なさそうな顔を浮かべたミュラーに、兄妹は特に気にしないよう告げた後、食前の挨拶をする。
「突然始まった戦争ね……あ、美味い」
『突然始まった戦争』。
確かにクロードからこの戦争に参加した経緯を聞いた限りでは、文字通りそう捉えることも出来よう。
しかし、あのテル王を見て少し考えがかわった。
「ミュラー、ちょっと今話し良いか?」
「え? ……はい。別に大丈夫ですよ」
厨房に戻ろうとしていたミュラーを呼び止め、食事をしながら話し始めるアゲハ。
「お前、あの王様の事をどう思ってるんだ?」
「どう思っている……ですか」
少し考えるミュラー。
「いい王様だとは思っていましたけどね。代々温厚な性格の方が王としてセテルメント国を治めていましたから、他国と争い事になる訳でもなく……まあ、平和でしたね」
「そうか」
『いい王様だと思っていた』。過去形だ。
確かに長年続いていたこの国の平和、平穏を壊したのはあのテル王で間違いないだろう。それは事実だ。
しかし一つ引っかかる点がある。
「なあミュラー。この国が戦争に参加する理由、知ってるのか?」
「…………?」
なるほど把握した。
「分からないならいい。忘れてくれ」
はてなんのことだろう? と首を傾げるミュラーを横目に、アゲハは残りのスープを一気に飲み干した。
✣✣✣
「この国が戦争してる理由、知らされてないのかな?」
「さあな。ただ単純にミュラーだけが知らなかった可能性もあるし、分からねえな」
クロードとの待ち合わせ場所に向かう道中、兄妹は歩きながらそんな会話を交わしていた。
先にも述べたが、セテルメント国が此度の戦争に参戦している理由をアゲハ達が聞いたのは、クロードからだ。
少なくとも、クロードは知っている。
けれど、ミュラーは知らなかった。知ってて惚けていた……といった雰囲気は感じなかった。
大きな原因は、前代国王が暗殺された事──これはきっと真実だろう。しかしキッカケ、引き金を引いた出来事では無い。
第一、その出来事がキッカケであるのなら、兄妹たちはもっとその出来事を上手く使う。
前代の国王は、それなりに人望があったようだ。
前代国王を殺された恨みを晴らす。こんな大義名分を、自分たちの国民に知らせ、士気を上げさせるだろう。
「まあ、それは後々知っていくとして--」
「まずは自分達の戦力理解、だね」
「そういうことだ」
生憎と、兄妹の闘い方は暗殺。
裏で手を回して工作する。
そのためには、自分達が利用出来る戦力、物を十二分に理解する事が不可欠だ。
待ち合わせ場所である、中央広場に到着すると、先に兄妹に気づいたらしいクロードが駆けてくる。
「すまない。待たせた」
「謝る必要は無い。定刻通りだ」
クロードは右腕にはめた腕時計を見て答える。
早速--今日の目的地である軍の訓練所に向け、クロードが先導して歩き始める。
「訓練所って、最近出来たのか?」
「なぜそう思う」
「この国、平和ボケしそうなくらいに平和な国だったんだろう? なら軍隊に関する設備も最近造られたのかなって思ったんだよ」
「そうだな。確かに、この国は建国以来戦争とはほぼ無縁の時代を過ごしていた。だが、最低限の兵力、国の警護が出来る程度には戦力は整っている。その予想は外れだ」
「あぁ……そう」
アゲハの質問、回答に、クロードはウキウキと擬音がつくほどにイキイキして話してくれた。
しかし少し、引く。
昨日、そして今日の先程まで、とてもクールな口調で話していたクロードが、柔らかい口調で喋っていると、少し怖い。
そんなアゲハとクロハの視線に気づかないクロードは、話を続ける。
「まあ、最近になって増築されたがな。戦争に参入するようになって、兵力不足の現実を突きつけられてしまって、国も焦ったのだろう」
「なるほどな……」
繁華街を抜け、周りの建物が少なくなってきた。
あるのは武器屋くらいで、一般国民が理由無しに来るような所ではない。
少しずつ、金属と金属が打ち合う音や、炎が燃え上がる音等が聞こえてきた。
「クロード〜!」
と、後ろの方から大きな声で国軍長の男の名を呼ぶ可愛らしい女性の声が近づいてくる。
「シ、シフォン……」
「ん? ケーキ?」
クロードが呟いた言葉に、ついクロハも言葉を漏らしてしまう。
しかしクロードが言ったのはシフォンケーキという固有名詞では無く、今こちらに駆けてきた女性の名前だったようだ。
茶髪で碧眼、綺麗なワンピースの上からも分かる、女性として完璧なプロポーションの女性だ。
「はぁ……はぁ……わ、忘れものよクロード!」
息が上がり、肩を上下させて手に持っていた物をクロードの前に出す『シフォン』と呼ばれた女性。
見ればそれは、青い小さな容器だ。
「あ、す、すまないシフォン!」
「ふふっ。貴方は本当にあわてんぼうさんなんだから」
「迷惑をかけた……」
クロードは慌てた様子でその容器を受け取ると、シフォンの頭をポンポンっと撫でる。シフォンはその手を目を瞑って気持ちよさそうに受け入れる。
まるでその姿は付き合いたてのカップルのような初さ、手馴れていない所作で、甘い甘い空気を醸し出していた。
「えっと……どちら様?」
ほわほわした空気に耐えられなくなったアゲハがようやく声を上げる。
「あ、あぁ……んんっ! わ、私の……婚約者だ」
「はい! クロードのお嫁さんのシフォンです!」
一度咳払いをしてからいつものクールな声で紹介するクロードに、シフォンは元気よく、ニコッと擬音がついているように錯覚してしまうくらい明るい笑顔で応える。
クロードはとても照れくさそうな表情を見せる。あ、レア顔。
「シフォン、彼らは私の仕事仲間だ」
「アゲハだ。よろしく頼む」
「クロハです」
「アゲハさんに……クロハちゃんね。旦那さん共々、よろしくお願いします!」
屈託のない笑顔で握手を求めるシフォン。兄妹はこれに快く応え、握手を返す。
「ごめんなさい二人共、呼び止めてしまって……」
「構わないさ。シフォンさんのおかげで、いいものも見れたし」
「うんうんっ」
申し訳なさそうにするシフォンに、アゲハはニヤニヤしながらクロードを見る。クロハもそれに同意するように首肯する。
「あ、私まだ洗濯物を干してなかったんだった! これで失礼しますね」
シフォンはここで思い出したようにピシッと背筋を伸ばすと、一度お辞儀をする。
「シフォン、気をつけて帰るんだぞ」
「も〜クロード! 心配し過ぎ!」
クロードがとても優しい声でシフォンに声をかけると、プクーっと可愛らしく頬を膨らせる。
タッタッタッと駆け出して、一度こちらに大きく手を振ると、シフォンは家へと帰っていった。
「シフォンさん、カワイイな」
「ふっ……だろ?」
「クロードさんもカワイイですよ」
「ば、バカもの!? 何を言っているクロハ!」
シフォンが去った後、クロードが仕事中は決して見せることの無い真っ赤に茹で上がった顔は、兄妹のみぞ知る。
✣✣✣
シフォンと別れ、目前まで迫った訓練所に向けて歩き出す。
「なあ新郎」
「誰が新郎だ!」
「いや新郎だろ……。軍の奴らには、俺達のことは知らされてるのか? 昨日の今日だが……」
「その点については心配ない。セルが一晩で伝達してくれた」
「おぉ……セルさん優秀」
セルによって兄妹たちの事は、他の兵士たちには伝えられている。
なので部外者が入ってきたぞっ!とか面倒な事態にはならないだろう。まぁ仮にそうなったとしても、近くにクロードがいるから何とかなるだろう。
徐々に熱気が増し、様々な暴発音や金属音が大きくなってくる。
訓練所の入口に辿り着き、先導していたクロードが兄妹の方を向く。
「ここが、セテルメント国軍訓練所だ」
敷地面積九万平方メートル。
兄妹がいた世界でよく使われる喩えで言うならば、東京ドーム二個分……と言ったところか。
そこでは、来たるべく戦のため、闘志全開で己の鍛錬に励んでいる兵士、戦士達が集っていた。
亀更新です。