王
セテルメント国。
今現在行われている大戦が開戦するよりも遥か昔から存在する国だ。しかし小さい。
この国の国王は代々積極的に攻めようとはしない性格で、自らすすんで領土を他国からぶんどって拡大しようとすることが無かった。そのため、他の好戦的な国々に比べれば、小さな国となってしまっている。
そんなセテルメント国が何故此度の大戦に参戦しているのかというと--巻き込まれたのだ。
現在の王は三五一代目。齢十八、まだ幼い王である。
三五〇代目の王、つまり現国王の父にあたる存在だった男が魔法によって暗殺されてしまったのだ。魔法による暗殺。
しかしこれは、暗殺とは言い難いのかもしれない。
魔法で殺人を行うとなると、どうしても痕跡が残る。痕跡無く魔術を行使する事が出来る魔術師は、世界でも指で数える事が出来る程度の人数しかいない。
それ程高度で、繊細な技術なのだ。故に暗殺をする時には、絶対と言っていいほど短剣などでの物理的な攻撃でターゲットを仕留める。
それがなるべく痕跡を残さないようにする暗殺だ。
であるにも関わらず、最初から自らを見つけさせるように魔法を使い、前国王を殺した。
セテルメント国には、人を殺せる程の魔力を持つ人物は、二人しかいない。その二人の魔術痕跡は、前国王を襲ったものと一致する事は無かった。
つまり、他国からの攻撃。
セテルメント国はその挑発にのるような形で参戦した。
もちろん、この現国王の決定に賛同してくれる国民は少なかった。ただでさえ国も小さく、物資を持て余しているという訳では無いのに、何故わざわざ他国の戦争に首を突っ込むようなマネをするのかと。
率直に言って、愚王による愚行だ。
ただ自国を滅ぼすような決断。
セテルメント国は、他国と戦えないという程弱い訳では無い。それは決して、国力を指しているわけではなく、兵力においてはという事だ。
国民の六割が兵士。多くて四割程度の兵士しか持たない他国から見れば、とても歪な国家構成だ。
積極的に他国へ戦を仕掛けようとはしないクセに、兵力だけは膨大。
どの代の国王から、そんな矛盾した構成になったのかは不明だ。しかし、誰もその構成に疑問を持つことは無く日々を暮らしている。
何故だろう。いつからか、誰も大戦に参戦することに不満を持たなくなった。
此度の大戦に参戦するセテルメント国国王の目的は、恒久的な平和の実現。
セテルメント国が全国を統制し、安定した世界を創る。
平和の為に支配しろ。
平和の為に殺せ。
矛盾している動機の中で、果たして齢十八の国王の真意は如何に。
✣✣✣
「よく帰った! 我らがセテルメント国の英雄達よ!貴殿らの帰りを待っていたぞ!」
現在。
初陣で成果を上げ、生還してきた己の兵士を祝福するその美少年……つまり王がいた。
王はクロードに真っ先に駆け寄っていきダイビングハグをするが、クロードが右手で王の頭を鷲掴みして制止させる。
「毎度謁見しに来る度に飛び込んで来るのはおやめ下さい国王陛下」
「もー! 昔みたいにテルって呼んでくれよ!」
「生憎と、公私は混同させない主義なので」
「全く、お前は固いな〜」
『テル』と自分を呼ぶ国王は、ヤレヤレと首を振る。
テル国王陛下。
彼こそがセテルメント国の国王その人であり、大戦に首を突っ込む事になった元凶のような人物である。
テルはクロードの後ろに控えている男女に目をやり、声をかける。
「そちらの者達は?」
「ご紹介させていただきます陛下。男の方がアゲハ。女の方がクロハです。此度の初陣にて、大業を成した者達です。敵国、アルミラ国の軍リーダーを仕留め、我らが攻め落とす事が出来る隙を作りました。彼らがいなければ、進軍はもっと難航していたでしょう」
「それは大義であった! しかし、このような顔は我らがセテルメント国の軍にいたか……?」
アゲハ、クロハ達の功績を称える国王であったが、頭に疑問符を浮かべてクロードに問う。
「彼らは戦場に突然現れ、我らの軍に助力してくれました。彼らの腹の底は分かりませんが、安全は保証します」
「いや、それ全然保証出来てないよねクロード……。まあいいや、君達、自己紹介お願い出来るかね?」
テル王はクロードに呆れた顔をしながらも、とりあえずアゲハたちに自己紹介を求める。
アゲハたちは姿勢を正してから、話し始める。
「俺……私はアゲハです。こちらは妹のクロハ。兄妹で人を消す仕事をしています」
「クロハ……です」
「わあお、物騒。アゲハたちは、どこの国の出身なんだい?」
「そ、それが……多分、この世界とは別の世界の……」
「マジ?」
低い声で、驚きの声を上げるテル王。
しかし意外にも、テル王の話し方は貴族のような堅苦しい喋り方ではなく、フラットな感じな喋り方らしい。
「いつの間にかあの草原のド真ん中にいて……状況判断も出来てない間に、セテルメント国軍の兵に捕らえられてしまいまして……」
「そうか、それはすまなかったな」
アゲハの説明に、クロードが一言謝罪を述べる。全く心はこもってないが。
「しかし王よ。彼らの話が本当なら、一大事です」
「そうだなクロード……。何者かが異世界生物召喚術式を成功させた事になる。そやつがどの国につくかで、戦況が大きく変わるぞ」
クロードの焦りの声に、更に焦ったテル王の声が続く。
『異世界生物召喚術式』。
この世界における魔法は、大きく分けて三つに分類される。
攻撃魔法、防御魔法、生成魔法。
この『魔法』を基盤として『魔術』が生まれる。
異世界生物召喚術式というのは、生成魔法の魔術の一つで、全世界どの魔術師も今まで成功させる事が出来なかったのだ。
理由は単純。その異世界生物をこの世界に留めておく程の魔力を一個人で賄うことがほぼ不可能だからだ。
ならば複数人で賄えばいいと思うだろうが、それは出来ない。術者本人の魔力でしか供給出来ないという結構面倒くさい仕様になっている。
これを成功させた者がいるという事はつまり、その魔術師がどの国のためにその力を使うかによって、戦況が大きく変わってくるという事だ。
戦況をひっくり返せる程の力を持つ異世界人を引っ張ってきて、使役する。
それ程の偉大な魔術によって、アゲハたちはこの世界に留まっているのだ。
彼らは無自覚だけれども。
「でも、アゲハたちを確保出来たのは良かった」
「確保って言い方やめてもらえないですか王よ」
「ふふっ。すまないすまない。アゲハよ、君達は我々に協力してくれると考えていいのだな?」
「まあ、助けられたからには手伝うつもりです。といっても、私達に出来ることはたかが知れてますけれど。小賢しい策を弄して卑怯に敵を殺すだけですよ」
アゲハは続ける。
「とりあえず宿を……提供してもらえませんか? なるべく目立たないような宿」
「あ、ああ。それは構わないが、本当に協力してくれるのか?」
「先に言っておきますけど、そんな俺たちは強い訳では無いので、そこのところはご了承ください」
「ありがとうアゲハ。……クロード、彼らを宿へと案内してやってくれるかい?」
「御意」
私は少し考えたいことが出来た。と言ってアゲハ達を見送るテル王。
「行くぞ二人とも。失礼します」
「あぁ。よろしく頼むよクロード」
退出の際に挨拶をしてから、王室を出た。
少し、ほんの少しだけ。
アゲハ達は自分達のこの世界におけるイレギュラーさを、再確認させられた。
この世界がイレギュラーなのではなく、自分達がイレギュラーなのだ。
身の振り方に注意をしなければ、いずれ、面倒くさいことに巻き込まれてしまうだろう。
「クロード、宿の前に少し、寄って欲しい所があるんだが、いいか?」
身の振り方も大切だが、それと同じくらい重要な事を思い出したアゲハは、クロードに一つのお願い事をした。
亀更新です(四度目)。