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二頭の蝶は舞い上がる。  作者: 靄詩真輝
第零章 アゲハとクロハ
1/9

プロローグ

 深夜、ネオン街。


 いつもこの街一帯は、人々の喧騒と眩しいくらいに明滅しているネオン管に支配されている。

 浴びるように酒を飲み、日頃のストレスを発散するように馬鹿騒ぎする有名会社勤務の男。

 友人に連れられたのか、周りをキョロキョロして落ち着かない青年。

 甘い声をあげて、道行く男に己の一晩を買わそうと声をかける娼婦の女。

 己がタイプの男を目敏く見つけ、猫撫で声を出して距離を縮める女。

 男女男女…………。

 食欲色欲入り乱れ、その喧騒は朝まで絶えることは無い。


 しかしその日は、男の怒鳴り声の代わりに乾いた発砲音が、女の嬌声の代わりに警報音が、『夜の街』に響いていた。


 ここで注目すべきは、ネオンライトで照らされている道……では無く、無数に建ち並ぶビルの上。

 二つの黒い人影がビルからビルへと、凄まじいスピードで、さながら忍者のように飛び移りながら走っている。


「チッ! 何でバレた!」


 青年の声と、


「分からない。多分……内通者がいたかも」


 少女の声。


青年の嘆きに、少女が冷静な口調で返す。


「とりあえず、このままのスピードで走って行けば奴らに追いつかれない…………そうだよなクロハ」


「ん……目視できる範囲には、私達に追いつける人はいないよ」


 少し息を切らしながら、青年は『クロハ』と呼んだ少女からの返答を聞くと、耳につけている無線機に手を当てて喋り始めた。


「おい……どういうことだ」


『…………』


 向こう側からの応答は無い。


「聞いてるんだろクズ。答えろ」


『…………はあ。俺から言えることはな、アゲハ。お前らはそこで死ぬということだけだ』


 大きくため息を吐いてから、男はそう答える。

 長年ともに仕事をしてきた仲間にするとは思えないその要求……いや、事実に青年、『アゲハ』は唖然とした。


「……一応聞く。誰からの依頼だ」


『依頼ではない。俺の私怨だ』


「……私怨?」


『そうだ』


 わざわざ言わなくても心当たりがあるだろう、と。

 向こう側の声は淡々と、抑揚なく答える。


「チッ。やられたな」


 そうアゲハは悪態をつくと、耳につけていた無線を、今もなお走り続けながら投げ捨てる。

 それは弧を描き、闇へと消えていった。


「に、兄さ……」


 と、そこで。

 先程まで無線越しに悪態をついていた、にぃ……兄の袖を唐突に掴み、歩みを止めさせるクロハ。


「あ? ……あぁ?」


 アゲハは足を止め、一度クロハを見た後に彼女の視線を追って、己の進行方向を確認する。そこには―


『そこで止まれ!』


 ビルの戸数にして、二つ先。

 そこには警察の特殊部隊が待ち構えていた。

 先回りをされていたのである。


「クソ! クロハ、引き返す--!」


 眼前の敵を確認したアゲハは、右脚を軸にターンして引き返そうとする。

 だが、そのアゲハの歩みを止めさせる集団が後ろにもいたのである。

 特殊部隊B班。


 先程の進行方向にいた特殊部隊―A班は、アゲハ達の進路を予測して先回りして例のビルの屋上にて待ち伏せ。

 B班はただ単に二人を追いかけるだけ。

 単純な作戦である。

 だが、アゲハが先程まで無線を通して話していた司令はそのことを伝えなかったのだ……意図的に。

 絶体絶命。万事休す。

 今まで続いてきた兄妹の悪運もここまでだ。


「クロハ……大ピンチだな。……どうするよ」


「…………もう、なにもできない」


「だよなぁ……ハハ」


 妹と背中を向け合い、拳銃を特殊部隊の集団に向けながら失笑するアゲハ。

 追ってきていた特殊部隊の精鋭たちも、彼らの銃による牽制により、己の仲間達、部隊を立ち止まらせる。


「とうとう死ぬのか……俺ら」


「…………」


「まぁあれだな……俺たちみたいなクズにはお似合いの最後なんじゃねぇか?」


「そう……だね」


 僅かな事態の膠着の中、兄妹達は死ぬ前の最後の冗談を言い合う。

 こんなビルの上が俺らの死地なのか―と。

 自分達には死に場所を選ぶ権利など無いことを重々承知していながらも、そんな不満を呟く。もちろん本気でそうは思っていない。

 ただの冗談だ。


『総員、構え!』


 誰かの合図で、一斉に兄妹へ銃口が向けられる。


「達者でな……クロハ」


「ん……兄さんもね」


 少し拳銃を握る手の力を緩めながら、最後となる別れの挨拶を交わす。

 これで永遠のお別れだ―と。


 その時である。


『--見つけた』


 そんな聞いたことのない女の声を、兄妹は聞いた。


 いや、『聞いた』というのは少し語弊があるかもしれない。


 『耳で聞いた』というよりも、『直接意識に語りかけられた』といった表現の方が正しいからだ。


 とにかく、彼らはその女の声がした瞬間――身体が浮遊する感覚に襲われた。けれど、そこからの記憶は無い。


亀更新です。

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