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騎士候補生少女譚  作者: 柳生 劣情(文章)&春畑 晴燕(設定)
第十三章 臆病少女は踏み出したい
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魔眼少女は暴露する

 女子高等騎士学校エイリス分舎。

 夕食を過ぎ、入浴時間にあたる夜の一室。勉強机に設えられた椅子に腰掛ける少女はひとり、その薄青の瞳に愁嘆を帯びさせながら、眼前の窓の先にある夜空を所在なげに眺めていた。

「はぁ……」

 少女はため息をつきながら、目線を窓から下へと外す。

 肩先まで伸ばした銀色の髪と白い肌の、色素の薄い印象を与える少女。その顔立ちは極東系に近く、十六の歳という少女の年齢からは幾つか下を思わせる幼さと、騎士候補生という身分に似付かわしくない気の弱さを感じさせるもの。

 ヒメナ・ブラン。エイリス分舎槍術科所属の二年生。

 夏夜の静かな部屋。今のヒメナはただひとり、物思いに耽る。しかしながら、この部屋は彼女の一人部屋というわけではなく。

「ただいまー!」

 快活な声と共にヒメナの部屋の扉が開かれ、もう一人の住人たる少女が入室する。

 銀髪のヒメナとは対照的な、濃い金髪は背中まで伸ばされ、大きな釣り気味の目は相手に強気であり勝ち気な性質を一目で印象づける顔立ちを形成する。

 アーシャ・カートライト。ヒメナと同じ槍術科に在籍する、ルームメイト。

「あっ、お帰り、アーシャちゃん」

「ん、ただいま」

 ヒメナが椅子に座ったまま入浴から返ってきた同居人に顔を向けて微笑むと、二度目のただいまを言いながらアーシャもにっと笑い返す。

 浴場の帰りのアーシャは、その金髪は湿り気を帯びており、衣服は寝間着にしているショートパンツのルームウェア姿。対して入浴前のヒメナは白のブラウスに薄墨色のスカートと、上着を脱いだ騎士制服姿。

「……はぁ」

 戻ってきた同居人への声かけもそこそこに、ヒメナは顔をアーシャから再度窓へと移し、小さくため息をついて夜空を眺める。

 そんなヒメナの背後に、アーシャはそっと近づく。そして、やや勢いをつけて両手で肩を掴み、からかうように声をかけた。

「ヒ~メナっ?」

「ひゃあっ!?」

 突然に肩を掴まれ、気の弱いヒメナは小さく悲鳴を上げ、振り向く。

「ア、アーシャちゃん、何……?」

「ん、ヒメナさ、最近、なんかおかしくね?」

 尋ねながらアーシャは身を少し屈め、椅子に座るヒメナを覗き込むように目線を合わせる。アーシャに真っ直ぐと見つめられたヒメナは、白い頬を気恥ずかしげに赤く染め、首を横に振りながら言った。

「えっ……そ、そんなこと――」

「あるでしょ?」

 しかしながら、辿々しい否定の言葉はアーシャに途中で遮られる。

「やっぱ、またなんか悩んでる感じ?」

「うう……」

 アーシャに図星を突かれたことと、彼女の真っ直ぐな眼差しを受けて、ヒメナは言い淀み目を伏せる。

 だが、アーシャは消極的なヒメナを勇気づけるかのように笑顔を向けて続けた。

「ほら、言ってみなよ。ヒメナとあたしの仲じゃん。ヒメナ一人でどうにもならなくても、また、あたしが力になるし」

 実際、ヒメナはちょっとしたことで思い悩む癖があった。アーシャからすれば、本当に気にするまでもない些細なこと。それでも、臆病なヒメナは躓いてしまう。

 ヒメナにとっては大きな、同時に自分にとっての小さい悩みをアーシャは聞き、ヒメナを励まして、時にはその解決に手を貸す。

 それがおよそ二年間続いてきたヒメナとアーシャの関係であった。

「うん……ありがとう、アーシャちゃん。あのね……」

 だから、ヒメナはいつも自分に味方してくれるアーシャの言葉を信頼し、意を決したように彼女を見つめ言った。

 中央総合演習のあの出来事から、ずっと胸に秘めてきた想いを――

「今までずっと黙っていたんだけど……私ね……」

 おずおずと言葉を告げるヒメナの表情は気恥ずかしげで、そして。

「好きな人が、できたんだ……」

「へー、好きな人が……って、え?」

 好きな人が、できた――ヒメナの口から発せられたその言葉を認識したアーシャの思考は、一瞬停止した。

 また小さなことでくよくよ悩んでいたのだろうと高を括っていたアーシャは、想定外にすぎるヒメナの言葉を受けると、目を数度瞬きさせて、問い返す。

「好きな人って言った、今?」

 停止した思考は動き出したが、それは非常に緩慢であった。

「うん……好きな人」

 ヒメナの口から出た言葉を再認識し、アーシャは緩慢な思考を作動させる。

 好きな人。それはつまり――

「好きな人って……恋的な……アレ?」

「そう、私……恋、しちゃったみたい」

 ヒメナははにかみながら頷き、首肯する。

 思考が加速する。ヒメナに好きな人ができた。ヒメナが恋をした――それが、今の彼女の悩み。

「はあぁーーーー!?」

 事情を完全に把握したアーシャは、わなわなと震えながら、驚きの声を夜の部屋に響かせた。


    *


 エイリス分舎の学寮には、騎士候補生用の私室の他に複数人で集まれる大きめの談話室が備え付けられている。

 十人ほどが掛けられるテーブルが複数ある広々とした談話室の中心で、今宵は七人の少女がテーブルから椅子を持ち寄り、円を作るかのように集っていた。

「やー、ごめん、みんな! こんな時間に集まってもらって」

 緊急事態が発生したという名目で、この集いを呼びかけたアーシャが、周囲に対し笑いながら軽い調子で言った。その左隣にはまだ言葉を発する前から既に頬を赤らめて恥ずかしげに俯くヒメナが座る。

「全く……入浴時間だというのに一体何なのよ、いったい」

 そんなアーシャに対し、向き合う位置に座る浴衣姿の少女が厳しめな口調で返す。

 真っ直ぐな黒髪を肩を越えるあたりまで伸ばし、くっきりとした目鼻立ちは凜々しさと厳格さを感じさせる少女。

 コトエ・アーセル。騎兵科所属の騎士候補生であり、ヒメナやアーシャの所属する座学学級では委員長を務めている。生真面目で融通が利かず、それでいて抜けたところのある性格。

「まあまあ、コトちゃん。アーシャちゃんが緊急事態って言うんだから、ね?」

 アーシャからの夜間の呼び出しに機嫌を悪くしているコトエを、彼女の右手側に椅子を持ってきて座るおっとりとした雰囲気の少女が窘める。

 チェリ・ウェストリー。コトエのルームメイトであり、茶色い髪を後ろで三つ編みに束ねた、短剣術科所属の騎士候補生。コトエと共に既に入浴済みであり、パジャマ姿。

「チェリ、話がわかる~! 流石はあたしと一緒に山岳訓練を乗り切った仲!」

「……それは私も含めた全員が同じでしょ。しかも、乗り切れていないから」

 調子のいいアーシャの言葉に対し、コトエは呆れるように言った。

 コトエの言うように、アーシャらここにいる七人は初年時の山岳訓練で共に登山を行ってからの仲良しグループ。中央総合演習時も鷹鳴城(ようめいじょう)では七人とも同じ部屋で過ごしていた。そして、やはりコトエの言うように、山岳訓練は七人全員とも体力が中途で尽きてしまい、脱落していた。

「アーシャ、本当にあなたはいい加減よね。この前だって――」

「あー、わかったわかった、ごめんってばー、委員長(いいんちょー)

 本題を切り出す前に、アーシャのいい加減さに鬱憤を抱えていたコトエの苦言祭りが開始される。アーシャの隣に座るヒメナは自身がコトエの説教の対象になっていないのであるが、巻き添えを食うようにびくびくと怯えた様子を見せていた。

 斯様な様子を見ながら、コトエの左手側から少し離れて座る少女が苦笑して言った。

「コトエさん、お説教モードに入っちゃいましたね……話に入る前に……」

 レゼ人の女性として一般的な茶色の髪を首の半分程度まで伸ばし、やはりレゼ人女性に最も多い薄緑色の瞳で、身長も体型も十七歳の少女としては平均的な体躯の、特徴のない少女。

 フィリア・フラナガン。剣術科所属であり、コトエとチェリとは三人部屋のルームメイト。二人の同居人とは異なり、入浴前の騎士制服姿。

委員長(いんちょ)の話長いから本題入るの当分先かな。緊急事態ってなんなのだろね?」

 コトエの説教を聞き流しながら、フィリアの向かい側のチェリとヒメナの間に椅子を持ってきて座る長身痩躯の少女が首を傾げながら言った。

 ヴィルヘルミナ・ヒルデブラント。魔術科所属。

 ライトブラウンの真っ直ぐな髪は腰まで届き、片方だけ伸ばした前髪は左眼を隠す。露出している右眼は青、髪で隠している左眼は赤い魔眼であり、高い背丈に見合った細長い手脚を持つ。

 一見は優れた容貌に大人びた雰囲気の少女であるが、その実は独特の感覚を持ち、口数は多い方ではないが、喋る内容は突拍子もないことが多いアーパー気質。

 そのヴィルヘルミナの細長い脚の上に、小柄な少女がちょこんと座っており、ヴィルヘルミナは首を下に向けて話しかける。

「みっこ、心当たりある?」

「わかるわけないわよ。わたしに振るな」

 膝の上にいる“みっこ”ことミキコ・エンドウはヴィルヘルミナの顔を見上げながら、低い声で返事をした。

 背はこの場にいる七人では最も小さく、黒髪を左右に二つに結んで垂らし、大きめの黒縁眼鏡を掛けた極東系。フィリアと同じく剣術科所属。ヴィルヘルミナのルームメイトであり、入浴前の二人は揃って制服姿。

 やや辛辣な性格で特におとぼけ天然のヴィルヘルミナには容赦が無いが非常に仲が良く、いつも彼女の膝の上を定位置としている。

 コトエの説教タイムに怯えるヒメナや苦笑するフィリアの姿を見て、チェリはコトエの袖を軽く引っ張り、促すように小声で言った。

「ねえ、コトちゃん、そろそろアーシャちゃんのお話聞こうよ?」

「……はぁ、それもそうね。それで、緊急事態ってなんなの」

 説教を切り上げたコトエが問うと、アーシャは左隣にいるヒメナに目線を送りながら答えた。

「ん、ヒメナのことなんだけど……あたしから言っていいかな?」

「え、あ、う、うん……なら、アーシャちゃん、お願いしていい?」

 おずおずと首肯するヒメナは、その白い頬に赤みが差しており、この場にいる全員が彼女が何らかの強い恥じらいを抱いていることが一目でわかる状態となっている。

 ヒメナの肯定を受けて、アーシャは意を決するように一息置き、そしてふざけるような軽い笑顔を作りながら言った。

「……実はさ、ヒメナが恋しちゃったみたいなんだよね~。で、その相談をしたくてみんなを呼んだわけ」

「なっ!?」

「えっ、ヒメナちゃんが!?」

 アーシャの言葉を聞いて、コトエが硬直し、チェリが驚きの色を見せる。ヒメナは無言で恥ずかしそうに俯いており、アーシャは困ったように頭を掻きながら続けた。

「だよな~。あのヒメナが恋をしたーだなんて、マジで緊急事態以外の何者でもないっしょ?」

「恋バナだ! ヒメナの恋バナ!」

 そして、ヴィルヘルミナは目を輝かせてアーシャとヒメナの方へと身を乗り出した。その影響で、ヴィルヘルミナの膝に座るミキコが後ろからのしかかられる形となる。

「ちょっ、ヴィルヘルミナ、のしかかるな……! 重い……!」

「聞かせて聞かせて聞かせて!」

 しかしヴィルヘルミナは無視してぐいぐいと更に身を乗り出そうとして、ミキコに更に体重を掛けるような姿勢となり――

「いい加減にしろ、バカ!」

「あばっ!?」

 制止を聞かないヴィルヘルミナに対し、怒ったミキコは膝の上から上体を跳ね上げてヴィルヘルミナの顎目がけて頭突きを食らわせた。


     * 


 ヒメナが恋に落ちたのは、中央総合演習の時のこと。

 エイリス分舎陣地中部の雑木林の出口で一緒に守備についていたアーシャやミキコがやられて、ただ一人残されたヒメナは、糸目をした中央本舎の騎士候補生にいたぶられていた。

 痛い。怖い。助けてほしい――恐怖心に支配されたヒメナの元に駆けつけてくれた人は、伸ばした黒髪を後ろで束ねた総髪(ポニーテール)に空と同じ蒼い瞳をした剣術使いの騎士候補生。

 別の騎士候補生が来るまでたったひとりで自分を護り続け、脚を痛めた自分を背負って自陣の安全な場所まで連れて行ってくれた、名前も知らない同級生。

 怯えきった自分を決して馬鹿にすることもなく気遣ってくれた人。弱い私と違う、強くて、凜々しくて、そして、とても優しい人。

 その名前も知らない騎士候補生に、ヒメナは今まで感じたことのない胸の高まりを覚えた。

 彼女のことを想うと、鼓動が速まる。鼓動が速くなるほど、胸が痛くて、切なくて、熱くて、心地よくて、もどかしくて、この初めての気持ちに名前をつけるとしたら――恋だった。

 自分は、あの時に助けてくれた人に恋をしてしまったのだと、ヒメナは自覚した。

 気付けば彼女のことを思い出しては胸を焦がされ、空を眺めてはため息をつく。彼女を探して会いに行きたいと思いながらも、その臆病さのせいで踏み出すことができず、ただただ胸に侘しさを宿して、ため息をつく。

 そんな日々を、ヒメナは中央総合演習が終わった時から繰り返していた――

(黒髪のポニーテールで、蒼い瞳で、剣術使い……うーん……?)

 ヒメナから一通り話を聞き終え、チェリは思い返す。確か、自分もヒメナの言う騎士候補生と似たような容姿の少女と、中央総合演習で会った記憶がある。もしかしたら、彼女がヒメナが恋した相手なのだろうか。

「あー、あの時ね……」

「な。あたしはヒメナから知らない人に助けて貰ったって話は聞いていたけど、まさかヒメナが恋してただなんて思わなかったし」

 チェリが無言で考える一方で、ミキコは忌々しげに呟き、アーシャは苦笑しながら付け加える。

 二人とも、ヒメナを残して中央本舎の首席と次席に倒されており、ヒメナが恋に落ちたのは自分たちの脱落後のこと。

 両者には苦い想い出話。特に、アーシャにとっては――

「ねえ、ヒメナ、私から質問していい?」

「あ、うん、いいよ、ヴィルヘルミナさん」

 ヴィルヘルミナが挙手をし、自分の恋心を話して顔を一層赤くしているヒメナは頷いた。だが、ヴィルヘルミナの質問は、恥じらうヒメナを辱めるものであった。

「うん、ヒメナがその知らない子に恋したってことは、今はその人のことを考えながら毎晩してるんだ?」

「え……!?」

 ヴィルヘルミナの質問に、ヒメナが凍り付く。ヒメナのみならず、アーシャやチェリ、フィリアらも顔が引き攣り硬直した。

「ヴィルヘルミナ、お前、やめ――」

「だってヒメナ、鷹鳴城の時に毎晩ベッドの中でしてたよね? その人に恋したってことは、今はその人のことを考えながらしてるのかなって」

 ミキコのストップが入る前に、ヴィルヘルミナは更に追い打ちをかける。

 唐突すぎる、そして恥ずかしすぎる質問に、ヒメナは完全に混乱へと陥っていた。

「え……あ……え……」

 全身が火照る。目がぐるぐると回る。呂律が回らなくなる。鼻筋がじわりと痛くなり、涙が出そうになる。

 思考を整理する。

 毎晩ベッドでしていた――確かに、自分は寝る前に必ずベッドの中でする癖がある。

 それは別に何かや誰かを考えながらという訳でなく、騎士候補生になるよりも前の頃に、触っていると気持ちがふわふわし、身体がぽかぽかして眠りやすくなるのを発見したから。元より寝付きの悪いヒメナにとってそれは、エイリス分舎に入る頃には心地よい眠りを得るための習慣的なものとなった。

 勿論、今は自分がしてることの意味することは理解しているが、ずっと寝る前にしていた習慣であるためやめらない。やめようと思ったこともあるけども、しないと落ち着かないし、眠れない。

 だから、誰にもバレないように、普段はアーシャが、鷹鳴城でも他のみんなが眠ったタイミングでしていたはず――だったのだけども、ヴィルヘルミナにはバレていたし、反応的にミキコや他の友達も知っているようで。

 それはきっと、エイリス分舎に入ってから同じ部屋で寝起きしているアーシャにも、とっくに――

「……ア、アーシャちゃん、も、もしかして、ずっと前から……知ってたの……?」

 半泣きとなりながらぎこちなく首を右に向けると、アーシャは目を逸らして頭を掻きながら言った。

「あ、あはは……ま、まあ、ね……あたしらも年頃だし、そういう気分になるのも仕方ないっしょ……」

 アーシャの反応を見るに、確実に知っている。そう悟ったヒメナは、全身から羞恥心が湧きだし、埋め尽くされ、そして堰を切った。

「だから、気にすんなって、ヒメ――」

「う、うわああああん!!」

 羞恥心が限界突破したヒメナは、耳まで真っ赤にするとばっと椅子から立ち上がり、泣き叫びながら談話室から外へと駆けて逃げ出す。

「わっと!? ヒメナ、待てって!」

 そしてアーシャも泣き叫ぶ彼女を追いかけ出て行って、談話室でのヒメナの恋愛相談会は主催不在で五人が取り残される形となった。


    *


「アホ! いきなり何言ってるのよ、ヴィルヘルミナ!」

 ヒメナとアーシャ不在の談話室で、ミキコは上を向きながら、自身を膝の上に座らせるヴィルヘルミナを叱りつける。ミキコからの叱責を受けて、ヴィルヘルミナは真剣な眼差しを向けて言った。

「だって気になったんだもん。それに、いいじゃん。私だってたまにしてるし、みっこも部屋のトイレとかで――」

「殺す!」

「しでゅっ!?」

 自分にまで羞恥の火の粉が及ぶことを察したミキコは、即座にヴィルヘルミナの顎へ頭突きを放ち、彼女を物理的に黙らせる。

「ひ、ひどいよ……」

「あー、もう、反省の色がない! 酷いのはお前だ、この大馬鹿!」

 涙目になったヴィルヘルミナが顎をさすりながら下を向いて言い、ミキコはヴィルヘルミナの顔を見上げながら怒鳴る。

 一方で、コトエは不思議そうな顔をしながらチェリに尋ねた。

「……ねえ、チェリ、ヒメナちゃんはどうして泣きながら逃げたの? それにヴィルやミキコの言ってることもわからないんだけど」

 今まで話していた内容の恥ずかしさと、コトエのみがそれを理解していない状況を認識し、チェリは悟りを開いたかの如き笑顔で言った。

「コトちゃん、わからなくても大丈夫だよ……」

「そうなの?」

「うん、そうだよ……コトちゃんはそのままでいてね……」

「……よくわからないわね」

 チェリの切実な言葉の意味することをやはり察することができないようで、コトエは少々納得いかない表情となっていた。

「うう、痛い……けど、アーシャも人が良すぎるよね。ヒメナの恋バナを相談しようなんて」

「……どういうこと?」

 顎をさすり続けながらヴィルヘルミナが言うと、コトエはやはり意味するところがわからず尋ねる。

「やっぱり、コトエさんだけ気付いていないみたいですね……」

 フィリアが困ったように言うと、チェリも同じ顔をしながら付け加えた。

「アーシャちゃんはね、ヒメナちゃんが好きなんだよ」

「えっ、そうなの!?」

「うん、あれはラブだね。間違いなくラブ」

「ええ、ラブね、あれは。アーシャがヒメナなこと大切にしてるの、見ていてわかるもの」

 驚くコトエとは対照的に、ヴィルヘルミナはチェリの言葉を頷きながら首肯し、ミキコもヴィルヘルミナに同調して頷く。

 色恋沙汰への機微に余りにも疎すぎるコトエも、流石に自分以外の全員がアーシャの気持ちを把握していることを察し、気恥ずかしさを紛らわすようにコホンと咳払いをして言った。

「ま、まあ、ヒメナちゃんは悪い子じゃないし、見た目もかわいいし、気が弱いし……アーシャもいい加減だけど面倒見がいいから、ヒメナちゃんのことを守ってあげなきゃってなっちゃうの、わかるわね!」

「うん、私もわかる」

「わかるの?」

 コトエの言葉にヴィルヘルミナが同意すると、ミキコは少し不機嫌そうに言った。その様子を見て、ヴィルヘルミナはぱっと嬉しそうな笑顔となり、後ろから抱きしめる。

「あっ、妬いてる? かわいいね、みっこは」

「なっ、人前で抱きつくなっ!」

「ふふっ、安心して、私はみっこ一筋だからね?」

「うるさい! 黙れ!」

「はぎゅ!!」

 ミキコは逃げ出す直前のヒメナと同じ程度に顔を真っ赤にしながら、この夜三度目にして一番の勢いでヴィルヘルミナの顎に頭突きを食らわせた。


(続)

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