的外れ観劇行
グルワンベリエフ侯立歌劇団は、レゼでは最も名高い歌劇団である。
ソウユウ家、ハグワナーツ家、ロットラッファー家に並ぶレゼ国四大富豪の一角であるグルワンベリエフ侯爵家によって創設された、女優だけの華やかなりし歌劇団。
グルワンベリエフ侯立歌劇団は王都で随一の人気を誇るのみならず、創設したグルワンベリエフ侯爵家がレゼ国内では最高位の名門貴族であり、それ故に侯立歌劇団公演は王族も観覧を行うほどの権威と格調も帯びている。
斯様に誉れ高きグルワンベリエフ侯立歌劇団が王都外の各地区で公演を行う際は、開催地区の政庁長官や騎士団総裁ら地元有力者も招待される一大イベントであり、開催地区は一種のお祭り騒ぎになることが恒例。無論、エイリス地区もその例外では無く――
「いやあ……想像以上に賑やかだねえ」
グルワンベリエフ侯立歌劇団公演日の昼を暫く過ぎた頃、公演場所である“エイリス歌劇館”が所在するエイリス地区中心街の広場を歩きながら、サヤは感心するように言った。
広場の周囲や街路には普段は存在しない出店や屋台が立ち並び、サヤの右手には行きがけに出店で買った綿菓子がひとつ。
その街並みは、同じ夏に行われるエイリス地区の祭りである灯籠流しの賑やかな景色を彷彿させる。ただ、灯籠流しと違い出店がロッカ園でなく中央広場や街路に展開としている点。そして。
「ねえ、サヤ! あれ見て、すごい!」
「ん、どしたの?」
つと左隣を歩くマリナがサヤの左袖を引っ張りながら少し興奮した様子で声を掛ける。マリナが視線で指し示す先を見ると、派手な衣装の男性が大きなボールの上に片脚で立ち、更に両手に背丈を超すほどの長い棒を携えて器用に皿を回す芸を披露していた。
「うわっ、バランス感覚すごっ!?」
その大道芸を見て、サヤは目を見張る。
中心街の装いが普段と異なるのは軽食や小物を売る出店のみならず、多くの芸道に通じた人々が、その技巧を路上にて披露していた。
先の皿回しの男性の他にも、複数のボールを器用にジャグリングする道化師。笛鉦鼓を愉快に鳴らすチンドン屋。ギターを弾き、明るい歌声を発する若い女性ふたり組。糸人形を器用に操る老人に猿と揃いの衣装を纏う猿回し等々。そして、彼ら彼女らの技芸を観賞し、快哉を上げておひねりを出すエイリス地区の市民たち。
「グルワンベリエフ侯立歌劇団が公演するときは、芸人さんたちに広場を自由に使っていいように政庁が許可出してるんだって」
サヤの右隣にいるフィーネが、いつも通りの涼やかな笑顔で言った。
その姿は、先の三人でのお出かけ会での私服姿とは異なり、騎士制服姿。サヤとマリナも同じく騎士制服。緩やかな特別休暇日と言えど、格調高いグルワンベリエフ侯立歌劇団の観劇なれば私服は恕されず、騎士制服と相成った。
先の三人でのお出かけ会が功を奏して無事に抹殺を回避して、本日はマリナとフィーネの三人での観劇。公演時間は二時間強くらいのため、帰りは夕方過ぎになる予定。
「観劇ができない人でも、公演日を楽しむことができる雰囲気を作る的な」
フィーネが付け加えるように言った。
国内最北の辺境地であるエイリス地区であっても、グルワンベリエフ侯立歌劇団の名はエイリス市民達の間に広く知られている。王都の著名な歌劇団の地元興行は広く耳目を集め、市民の間では暫しその話題で持ちきりとなり、市民の関心は普段よりも格段に芸事に向くことになる――のであるが、実際にグルワンベリエフ侯立歌劇団の公演を観賞できる市民の数はそう多くない。
時には王族も観覧するグルワンベリエフ侯立歌劇団の観劇料はそれに見合った金額であり、公演チケットは一般的な生活をしている平民や下級騎士階層では中々に手を出しにくい高価なもの。
王都の人気歌劇団公演という一大イベントがありながらも、それに参加できない人々の無聊を癒やす意味合いで、政庁はグルワンベリエフ侯立歌劇団公演中は中心街の広場や公園等を芸人達に開放し、そのパフォーマンスを広く市民の目に入るようにさせる施策を採っているのだという。
そのような話をフィーネから聞いてサヤは思う。今まで歌劇に興味が無かったとはいえども、一般的にはかなり高価な公演チケットを自分のためにふたりはわざわざ用意してくれたのだと。
「ありがとね、マリナ、フィーネ。今日は誘ってくれて」
サヤは左右にいるふたりに目線を送りながら、柔らかく笑って言った。そして、その笑顔を申し訳なさそうに少しばかり曇らせながら顔を右にいるフィーネに向ける。
「それに、フィーネ。折角わたしの分のチケットを用意してくれたのに、無駄にさせちゃってごめん!」
元々、今日の観劇はマリナとフィーネのふたりから別々に誘いを受けていた。そのため、マリナもフィーネも自分とサヤの二名分のチケットを用意していたのであるが、最終的には三人で一緒に行くことに決めたが故に、一枚の余りが出てしまうこととなった。
サヤのチケットはマリナが用意したものを使用することになったのであるが、その結果としてフィーネが用意したチケットが一枚無駄にしてしまうことになる。そのため、サヤは彼女に対して申し訳ない気持ちを抱き、改めて謝罪をした。
「ううん、いいよ、サヤ。気にしないで」
しかしながらフィーネは、涼やかな笑顔を崩さずにさらりと言った。その口振りからして、余りチケットを引き受けたことについては全く以て気に留めてない様子。
「私のは元々歌劇団から贈られてきたチケットなの。今日以外の公演全部贈られてきてて観られない公演のチケットもかなりあるし、損をしたって気分は全然しないんだ」
「えっ、そうだったの!?」
全日程分のチケットを歌劇団から予め贈られていたという衝撃的な話に、サヤは驚き素っ頓狂な声を出す。そのサヤの反応を見て、フィーネは楽しそうにくすりと笑った。
グルワンベリエフ侯立歌劇団が地方公演を行う際は、公演地区の有力者には歌劇団直々に全日程・全公演の招待券が贈られる。
フィーネの実家であるリスト家はエイリス第一の名士であるため、その対象。元から歌劇団側から贈られてきたチケットであるため、無駄にしてもフィーネ側の財産的損失は存在していないことになる。
「まー、けどフィーネが損していないのなら、よかったよ。あはは」
フィーネのチケットの出所を知って、サヤは安心したかのようにふにゃりと笑う。グルワンベリエフ侯立歌劇団の公演チケットは、騎士階級の中では比較的恵まれた家のサヤにとっても結構な金額。そんな高額チケットを自分のせいで無駄にさせてしまうのは、かなり気が引けてしまう。フィーネが大金を浪費せずに済んでいたということを知り、サヤの心は幾ばくか軽くなる。しかしながら――
「ま、私のを余らせても良かったのだけどね。チケット一枚くらいなら、大した金額じゃないし」
「んん?」
そうマリナが事も無げに言うと、サヤはきょとんとした。
フィーネが“英雄”エーリッヒ・フォン・リスト卿を祖父に持つエイリス地区第一の名家令嬢であれば、マリナは現騎士団副総裁ブライス卿を父に持つ最上級騎士一族の令嬢。
実家から追放されるような形でエイリス地区に在しているとはいえど、最上級の上士として国家より相当な身分給を受けているマリナから見れば、グルワンベリエフ侯立歌劇団のチケットも大した金額ではないとナチュラルに捉えていた。
故に彼女の言葉には示威や驕りといった他意は一切無いのであるが、その金銭感覚は一般副士のサヤとはかなり乖離しているため、ついつい呆気にとられてしまう。
「それもそうだね。サヤ、だから全然気にしなくていいからね」
マリナの言葉を受けて、フィーネはサヤを見ながら悪戯っぽくくすくすと笑う。どうやら自分とマリナの金銭感覚の差に気を取られていることに気付いている様子で。
「うっ……フィーネもマリナも……おのれ金持ち……」
そうサヤは、ぼそりと言った。
ふたりの名族令嬢に挟まれながら、彼女らの出自と自身を比較してサヤは再び気持ちが少しばかり重くなった。
*
『騎士の誇りに賭けて、我が君をお護りいたしましょう!』
騎士制服を隙無く纏う主演女優が発する凜々しい台詞が、場内に響く。
エイリス歌劇館の大劇場。その客席前方の一角にサヤはマリナとフィーネの間に着座し、三人並んでグルワンベリエフ侯立歌劇団の舞台を観賞する。
サヤ達が観覧するのは、騎士道文学を題材とした歌劇だった。
女性騎士が、仕える王女を守護するために様々な敵対者と戦うという筋。エイリスで行われる公演の中では、剣を使った殺陣の場面が特に多い作品。
こうやって上演を実際に目の当たりにしていると、歌劇からは縁遠く日々剣術に興じている自分でも楽しめそうなものをマリナとフィーネは選んでくれたのだろう。
二人の気遣いを感じてありがたいし、舞台の華美な装飾や奏でられる音楽は趣を感じて中々に面白い。
しかしながら、やはりサヤにとっての一番の関心事は剣撃場面であり――
(うーん、実戦では使えない、かな……派手さ重視で隙が多すぎる。真っ先にやられちゃうタイプだね)
舞台上で複数人の兵士姿の役者相手に、剣を振るい大立ち回りをする騎士役女優の姿を注視しながらサヤは思う。
その剣筋は大仰で派手。身のこなしはそつなく素早く、華がある。だが、実戦という面から見れば隙が多く、無駄が多く、相手がユキノヲ教官やフリージアのような剣客と相対すれば、一太刀も振るう間もなく先手で斬り伏せられるであろう。
剣技と言うよりも剣舞に近しい動き。剣劇ものの舞台と聞いて何かしらのインスピレーションを得られるかもと少し期待していたが、これは剣力向上の手本にはならないなと、サヤは木に縁りて魚を求むるがごとき感想抱いた。
(けど、役者さんというのも、大変だなあ……わたしには絶対無理かな)
その一方で、騎士役女優の身の身体捌きを見るに、剣術の素養はしっかりと身についていることは見受けられる。或いは、騎士学校にて剣術の教練を受けた騎士階級の出身なのかもしれない。
しっかりとした剣技を身に付けているであろうに、派手さや華美さ重視で実践性を削ぎ落とされた剣術を使わざるを得ないとは、役者という職業は剣者からすれば実に難儀なものだと、サヤはピントが大きくずれた感覚を抱きながら騎士役の一足一動を観察する内に、舞台上に新たな敵役が現れる。
『おのれ、忌まわしき吸血鬼め! 我が君には触れさせぬぞ!』
騎士役女優が、敵役の“吸血鬼”に扮した女優に剣を向けながら声を張り上げた。
楽団の奏でる音楽や役者の凛とした演技に張り詰めた空気を醸し出しているが、サヤはその台詞を聞いて曖昧な表情となる。
(しっかし、“吸血鬼”……ねえ……)
“吸血鬼”。人の生き血を啜り、犠牲者を眷属にする異形の存在。強大な魔力と不老不死の肉体を持つ、女神に仇為す背教の怪物――と、長らくレゼを初めとするリズレア教圏国家で呼ばれていた存在。
悪しき魂は女神の元に召されずに、死してなお地上を彷徨うという教義を持つリズレア教にとって、外的要因がなけば死ぬことは無く、常人が死するような肉体的損壊を受けても生き続ける“吸血鬼”は女神の定めた摂理に反する魔物として討滅対象となっていた。
だが、大陸統一戦役を経てリズレア教会の権威が失墜し、“グ”帝国が大陸全土を統一した現在では“吸血鬼”は、自分たちと同じ人間であることをサヤは騎士学校での座学を通して知っている。
犬歯の肥大化。人血に対する渇望感。血液摂取による魔力増大。擬似的な不老不死――そういった“吸血鬼”の特徴は、ある種のウイルスによって発現する病症であるというのが大陸統一以前よりも“グ”帝国の医学界では定説となっており、ウイルスを発見した医学者たちの名を冠して“ニシムラ・アンダーソン病”と呼称されている。
即ち、“吸血鬼”と呼ばれる人々はニシムラ・アンダーソン病――略称“NA病”、俗称“吸血病”を罹患した人間であり、断じて人外の怪物ではない、というのが“グ”帝国の見解。この吸血病の患者は、帝国では古くより“血戸”と呼ばれており、現在では帝国本土やクロン市で治療薬も開発されているという。
そのような背景から、現在では“吸血鬼”という言葉は吸血病患者に対する差別用語として取り扱われており、NA病患者或いは血戸と呼称することとされている他、血戸に対する殺傷暴行、排撃行為は固く禁じられている――のであるが。
『悪逆の怪物め!背教の魔物め! 女神の名の下に滅びるがよい、吸血鬼!』
『グアアアアア!!』
“吸血鬼”役が騎士役の剣に貫かれ、断末魔の叫びを上げる。
本当に剣で胴体を刺されたかのような渾身の叫びであり、まさに名演技というべきであるが、サヤの目の前で行われている歌劇では堂々と“吸血鬼”という言葉が使われ、魔物として成敗されている。
“グ”帝国による大陸統一より半世紀を過ぎてもなお、レゼ国では未だに血戸の人権は認められておらず、人ならざる悪鬼として排斥の対象となっている。レゼ国では旧国教であるリズレア教の影響力が政治的に極めて強く、また、市民の間でも血戸を“吸血鬼”と怖れて、忌避する風潮は色濃い。
帝国による血戸への差別・排撃の禁止令はレゼ国では半ば有名無実化しており、仮に血戸の存在が認識されたら、騎士団や教会の異端審問官によって即座に抹殺され、レゼ国内で生きることは叶わないだろう。
(やっぱり、この国って遅れてるのかなあ……?)
“吸血鬼”が討伐される歌劇を観ながら、サヤは苦笑する。
非リズレア教信徒である極東系レゼ人のサヤにとっては、血戸に対する忌避感や差別感情は存在していない。むしろ、“吸血鬼”という語が罷り通る現状に、いかに帝国の政策が通底していないかというレゼ国の後進性を改めて認識してしまう。
だが、血戸を取り巻く状況についてのサヤの最大の関心は、別の所にあった。
(それと、そもそも血戸ってあんなに簡単に死ぬわけないよね……実際に戦うとしたら、どんな攻撃が有効なのかな……)
サヤは血戸に対する忌避感や差別感情は抱いていないのであるが、その関心は“吸血鬼”と呼ばれるほど強大な力を持つ血戸という存在と戦う場合はどのような手を打つか、という点に強く向いていた。
血戸が“吸血鬼”として畏怖され、忌避され、リズレア教によって悪魔化されているのは、リズレア教の教義上の問題のみなではない。
外傷以外で死することが基本的には無い擬似的な不死の肉体。魔力の源泉たる血を飲むことで自身の魔力を格段に向上させる特異性――歴史上、その強大な力を以て血戸自身が人間ではない超越者と僭称し、暴虐を振るって多くの人間を殺戮した記録は幾つか残されている。一説には五百年前にサヤら極東系レゼ人の祖が極東地方より大陸西方のレゼまで大量移民を行ったのは、何らかの天災のみならず強大な血戸が暴猛を振るったことによるとも。
“グ”帝国が血戸は人間であると喧伝し、その認識を徹底させようとするのは、帝国が大陸統一戦役時に掲げた万人平等の正義の実現のためだけではない。“グ”皇帝を唯一至上の存在としている一君万民体制下では、強大な力を持つ血戸であろうとも皇帝の統治下に置かれる万民の一であり、皇帝を差し置いて人間より上位の超越者と称することを認めないという皇帝至上主義の顕れでもある。
そのような事情から、血戸を女神と良民に仇を為す怪物“吸血鬼”として排撃するリズレア教の思想のみならず、超越者を自称する血戸による暴虐の歴史や帝国の一君万民思想における皇帝権威の否定者として、リズレア教とは別の視点から血戸を忌避する向きも存在している――尤も、血戸に対し“吸血鬼”という呼称を公然と使用し、積極的に殺害しようとする過激な気風を帯びているのは現在ではレゼの他にはリズレア教会聖女庁領及びごく少数の旧リズレア教圏領邦のみではあるが。
だが、そのレゼ国に生まれ育ったサヤが血戸に対して抱くものは、恐怖や忌避ではない。斯様な強大な存在であれば、剣術でなくとも手合わせしてみたい。自分の剣が超越者と自称するほどの相手にどこまで通じるか試してみたいという好戦欲と呼ぶべきものであった。
(ん……そろそろ終わりかな?)
そして、歌劇はとうとう終幕に入る。
『私は貴女に永遠の愛と忠節を誓いましょう! 仕える騎士としてではなく、ひとりの人間として!』
そう騎士役は告げると、王女役を抱擁する。
王女を守護し続けてきた女性騎士は、いつしか彼女と恋仲となり、国から共に出奔して愛を成就させるというハッピーエンドと相成った。めでたしめでたし。どっとはらい。
(あー、こういうオチか。恋愛エンド。王道だ)
戦いの末に恋が成就する。レゼで好まれる騎士道文学としては王道パターンのひとつ。
サヤは幼い頃から姉の影響で騎士道文学に慣れ親しんでおり、今でもたまにイトやフィリパなどと騎士道文学書籍の貸し借りをしているため、比較的見慣れた展開であった。
(うん、まあ……話自体はまあまあ面白かった、かな?)
幕が下りたところで、サヤは全体を総括する。役者の演技や、舞台の雰囲気はさておき、ストーリー自体の感想としては曖昧。
騎士道文学としては見慣れた展開ではあるが、好みかどうかと言われると、微妙なところと言うのがサヤの率直な感想であった。
(いまいち、ピンとこないんだよねー。実感が持てないっていうか)
恋物語に接しても、恋愛というものに対して自分とは縁遠いものを感じてしまい、サヤは共感を得がたかった。
別に恋愛話が嫌いであったり、無関心という訳ではない。例えば、イトとカティのどこか単なる幼馴染みには納まらないようなただならぬ雰囲気には、むしろ関心がある。だが、自分が恋愛の当事者になるということがどうにも考えづらいものがあった。
仮に自分が誰かと恋仲になったとしても、何をしたいか、何をすべきか、全く以て皆目思いつかず、途方に暮れてしまうだろう。
(……ま、そもそもわたし相手に、そんな人いないか)
そして、そう思い至り、サヤはひとり自嘲気味に苦笑する。
自分の髪もうまく整えられず、後ろの髪もマリナに結んで貰わなければぐしゃぐしゃになってしまうほど身だしなみについては不器用でだらしない自分と、恋仲になりたいなどと言う物好きはいないだろう。
「……どうしたの、サヤ? 何か考え事してた?」
つと、サヤが某か考え事をしているのではと察したマリナの声がかかる。するとサヤはへにゃりと笑いながら答えた。
「んー、なんでもないよ。こうやってマリナとフィーネと一緒に出かけるのは楽しいなって。あはは」
自分の思ったことを、サヤは素直に口にする。
マリナとフィーネと一緒に出かけるのは楽しい。それは迷い無く、実感を以て断言できる。
恋愛は未だによくわからないけれども、前に紅茶店やビリヤード場に行った日や今日のようにマリナやフィーネら気の置けない友人と一緒に遊んでいる方が、もしかしたら楽しいかもしれない。であれば、わざわざ恋人を持とうとする必要も無いだろう。
そう、サヤは暢気に考えていた。
(続)




