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騎士候補生少女譚  作者: 柳生 劣情(文章)&春畑 晴燕(設定)
第十一章 鳥は堕ちた
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急転

 覚悟を決めたつもりだった。わかっていたつもりだった。

 大切なものが守れるなら、自分はなんだってやると決めたつもりだった。

 だけど、本当にその時が訪れると、わたしはとても怖かった。これから自分がとても悍ましいことをするのだと思うと、怖くて、恐ろしくて、脚が震えた。

 何よりも大切なものを守るためとはいえど、わたしがこれからすることを知ったら、あの人はとても哀しむだろう。

 だから、あの人にだけは知られたくないという思いがあった。わたしの抱いた恐怖の内には、あの人に知られたらという恐ろしさもあった。

 だけど。

 だけど、もし叶うならば、どうか、わたしを――


    *


 夕刻の空は、雲が厚く陽が隠れていた。少しすれば雨が降り始めそうな、陰鬱とした空模様。

 曇天で日が差し込まず、薄暗くなった警察局本営の強行課執務室。リノは治安維持部から借り受けてきた王都市街の警邏関係資料に目を通していた。

 その表情は普段よりも一層厳しく、眉間の皺は深く、その眼差しには憂いが帯びていた。

 五日前に、新たな“脚食(あしは)みジャック”の犠牲者が発見されたため。

 十八人目の犠牲者は、平民階級の年若い主婦。死因は、刀身の短い刃物で心臓を一突きされたことによる。例の如く、他の被害者達とは若い女性であること以外に共通点はない。

 新たな犠牲者が出たことを受けて、強行第四班ではセリアとレンが被害者の身辺を中心に捜査をし、リノとガラテアは遺体発見現場周辺の状況を調査するという二人体制での活動形態をとっていた。

 しかしながら、今の執務室にはリノひとり。セリアらだけでなく別班の強行課員も出払っている上に、コンビ相手のガラテアは急用があって早退しており、彼女から託された警邏関係資料にリノがひとりだけの部屋で目を通す。

 ガラテア経由で治安維持部から借り受けてきた警邏関係資料。分析官であるライザを通しても貸与が遅々として進まなかった資料が、ガラテアに依頼したところ拍子抜けするかのように早々とリノの手元へと渡ることになった。

 なお、リノやライザに報告せずにガラテアが治安維持部から資料を度々借り受けていた件については、軽い口頭注意に留めていた。ガラテア曰く、異動前にやり残した事件の状況が気になり、その資料を元同僚を伝手に借りていたとのこと。

 やり残した事件に対する未練は、リノには理解できたが故に。自分も未だに、三年前に挫折した路面電車爆破事件の捜査に対する未練があり――

「リノー、こっちの警邏資料との関連づけ、終わったよー! 警邏資料の情報を合わせて書類をひとまとめにしておいた」

 リノが警邏資料に目を落とす中で、ライザが明るいながらも少し疲労が感じさせる声を掛けながら強行課執務室の扉を開く。その腕には厚めのファイルが抱えられていた。

「ありがとうございます、ナウェルさん。おひとりの時に依頼することになり、本当に申し訳なく……」

「いいって、いいって。それがあたしの仕事なんだし」

 ライザはリノにファイルを渡し、本来の主(ガラテア)のいない隣のディスクに座る。表情こそは笑顔であるが、声と同様にやはり疲労感が垣間見える。

 ライザの相方である分析官のアイリは、体調を崩してここ数日は出勤できていない。故に、普段はふたりがかりで行っていた強行第四班の捜査情報の分析や統合はライザひとりが負う状況となっていた。

「で、分析結果。資料を見ればわかることなんだけど――」

「――遺体の遺棄は見事に警邏計画の穴をついていた、という所でしょうか」

 結論を先にリノの口から出されると、ライザは目を丸くして言った。

「いや~、流石リノだね~。あはは」

 リノの手元にあるのは、治安維持部から借りてきた警邏資料の原本。治安維持部の警邏資料と刑事部の“脚食みジャック”捜査資料という別部署の情報を取り纏めて統合した資料を作成するのがライザの仕事。分析官の手の入っていない治安維持部の資料だけ目を通してライザと同じ結論に至ったということは、リノが“脚食みジャック”に掛かる膨大な捜査情報の多くを記憶に留めていることを示している。

 それだけ、リノは“脚食みジャック”事件の捜査に力を入れていた。若い女性を無差別的に狙うのであれば、善良なナルミだって被害に遭う可能性も否定できないのだから――

「そう、リノの言うとおり、遺体の遺棄は警邏の目を見事にかいくぐっている。絶対に警邏中の兵士に見つからないような時と場所を狙ってやったとしか思えない分析結果。それはつまり――」

「犯人は、警邏計画を知っている可能性が高い、と」

「ご明察」

 リノの答えを受けて、ライザはにこりと笑う。だが、声だけは冷厳な気配が交じっていた。

 王都市街の警邏は犯罪抑止のため、日ごとに巡回する時間帯やルートに変化をつけており、騎士や兵士の巡回実施を数日間観察しようとも、以降の警邏実施の予測がつけられないような仕組みとなっている。

 しかしながら、“脚食みジャック”の遺体遺棄は日々変化する巡回ルートであるにも関わらず、その日の警邏計画上では確実に警邏兵達と遭遇しない場所と時間を選んで行われていると思しい。

 治安維持部から借り受けた資料と照らし合わせると、発見されたばかりの十八人目を除いた全ての遺体遺棄が、その日の穴をつく形で行われていることを示している。

 偶然、と片付けるには少し無理がある。

 遺体遺棄が警邏計画を知った上で行われているとすれば、それは犯人が警邏を担当する平民兵士、計画立案に関わる治安維持部の騎士、そして彼らから情報を得ることが可能な立場にいる人物――即ち、騎士団内部か、その周縁の存在であることを示していた。

 だからリノは、普段よりも表情は厳しく、眉間の皺は深く、その瞳の憂いは強く。

 残虐非道な“脚食みジャック”の正体が騎士団関係者である可能性が出てきたことへの怒りめいた嘆息と、くだらない縄張り意識に囚われずに治安維持部から早期の資料提供があれば捜査状況はかなり進んでいただろうにという口惜しさ。

「はぁ……極めて嘆かわしいですね」

 自身の胸中を落ち着けるかのように、リノはより深く大きいため息をつく。

 それと同時に、強行課執務室の扉がノックされる音がリノとライザの耳に入った。


    *


「失礼いたします!」

 強行課執務室に入出したのは、年若い男性騎士だった。その顔立ちは幼さが残り、高等騎士学校を卒業したばかりの新人を思わせる。

「治安維持部より、刑事部強行課のガラテア・マラコーダ殿にお渡しする資料をお持ちしました!」

 少しばかり緊張した面持ちで、男性騎士は言った。彼の言から、治安維持部の騎士であるようだが、その敵意を感じさせない緊張した雰囲気は、自所属と険悪な刑事部に来ているためと言うよりも、純粋に職務に対する不慣れさによるものとリノに認識させた。どうやら、治安維持部の新人騎士らしい。

「申し訳ありません。マラコーダさんは急用があるとのことで、今日はもう退勤を……」

 リノがそう応対すると新人騎士は困惑して、手に抱えた資料とリノを交互に見ながら言った。

「え……? では、自分はこの資料をどうすえば……?」

「あー、なら、あたしが預かっておくよ。ガラテアの同僚だし、ね?」

 するとライザがリノと新人騎士の間に入り、にこりと笑いかけて手を差し出す。

 年上の美女であるライザの笑顔に中てられたのか、新人騎士は顔を赤くして声を少し上ずらせて言った。

「で、では、お預けいたします! お疲れ様でした!」

「はい、お疲れ様~」

 新人騎士はライザに資料を渡すと一礼して退室する。

 その遣り取りに、リノはライザの強かさを見た気がした。まだ治安維持部と刑事部の険悪関係に慣れていない新人騎士相手だからこそ、ガラテア本人不在でも資料の受け取りができたのだろう。ある程度馴染んだ騎士であれば、ライザの代理受け取りは拒否していたことは察しがつく。

 治安維持部から届く資料であれば、おそらくは警邏関係の資料。これ以上の捜査遅延は避けたいという思いがあるので、早期に受け取れるに越したことはない。

 しかし、受け取った治安維持部の資料を見ながら、ライザは首を傾げた。

「さて、この資料は……売春関係?」

「ああ、であればマラコーダさんが個人的に借り受けたものでしょう。彼女はやり残した案件の資料を治安維持部から借り受けていたらしいので」

 リノが補足する。ガラテアは治安維持部にいた時は売春取締関係に従事していた。やり残した案件のために資料を借りていたという彼女の説明と合致するもの。

 警邏関係の新たな資料が届いたと思ったリノは当てが外れて少し眉間の皺が深まるが、ライザは興味を示したようで、リノの隣の机に戻ると資料をあれこれと手にとって眺める。

「へー。なるほどねー。斡旋業者の捜査資料に、裏にいる犯罪組織の捜査資料に、売春婦の名簿……ってこれ、押収した組織側の原本資料じゃん! こんなの、よく取り寄せられたね!」

 少し驚きながら、ライザは売春婦名簿をパラパラとめくり――そして、その指がぴたりと止まった。彼女の表情からは普段の明るさが消えており、真剣な面持ちとなっている。

 急なライザの変化に、リノは訝しみ声を掛ける。

「ナウェルさん、いったいどうしたのですか?」

「ねえ、リノ、この名前……!」

「これは……!」

 ライザが名簿上で指し示した名前を認識した瞬間、リノは驚きで目を見開いた。それは、“脚食みジャック”の六番目の被害者の名前。

「ねえ、こっちにも! この名前も!」

 ライザはページをめくり、リノに次々と指し示す。

 十番目。四番目。八番目――リノが幾度も目を通した名前が、押収した売春婦名簿に複数記載されていた。

「……被害者の共通点、やっと見つかりましたね」

「うん……まだ全員の名前を見つけたわけじゃないけど、多分、被害者は――」

 売春を行っていた女性。

 初めて見つかった、若い女性であること以外の被害者達の共通点。突如降って湧いた重要な資料に、リノは感情を高ぶらせる。

「ナウェルさん、私は名簿の精査を行います! ナウェルさんは他の資料を当たってください!」

「うん、了解!」

 リノは別の売春婦名簿を手に取り、ライザは斡旋業者の捜査資料に目を落とす。

 ページをめくる。見慣れぬ複数の女性の名前。ページをめくる。見慣れぬ複数の女性の名前。

 ページをめくる。見慣れぬ複数の女性の名前――の中にある、犠牲者の名前。九番目の犠牲者。

 ページをめくる。真っ先に見つかる、犠牲者の名前。十七番目の犠牲者。富裕平民の女学生。

 名前を見つける度に、確信が深まっていく。

 “脚食みジャック”事件。それは、若い女性を無差別に狙ったものではなく、連続売春婦殺人事件。

 それも、王都市街の警邏情報にアクセスできる騎士団関係者による――

「リノ、あのさ」

 リノが売春婦名簿を見ていく中で、不意にライザが声を掛けた。その声は硬い。

「“止まり木”にいたナルミさんの姓って確か、アリギエリ、だよね」

「ええ。ですが、それが何か……?」

 急なライザの質問に、リノは訝しんだ。同時に、背中にぞくりとした悪寒が走った。それは、これから知りたくない事象が降りかかる予感めいた悪寒。

「アリギエリって、結構珍しい姓だよね。この人、もしかして親戚だったりする?」

 言いながら、ライザは売春斡旋業者の捜査資料をリノに差し出す。

 そこにあった名前を見た瞬間、リノは心臓が跳ね上がるほどの衝撃を受けた。

「……!?」

 そこにあった名前は、ロレンツォ・アリギエリ。

 ナルミの伯父の金融業者であり――そして、彼の名前が治安維持局がマークしている売春斡旋業者として捜査資料に記載されていた。

 売春斡旋業者捜査資料の中にナルミの伯父の名が記されていた衝撃に混乱しそうになる頭脳を落ち着かせ、リノは思考する。

 以前に、聞いたことがあった。金融業者が犯罪組織と手を組んで、借金苦に陥った女性に売春させるという案件を。金融業者であるロレンツォの名前が治安維持部の売春斡旋捜査資料に記載されているということは、つまりはそういうことなのだろう。

 そして、リノは思い起こす。ナルミの店である、“止まり木”の状況を。

 “止まり木”は、いつ来ても客が殆どいなかった。ナルミと会話したいために昼日中の書き入れ時は避けて、少しずれた時間帯に訪れることが多かったものの、それでも他の店よりは大分客数が少ない印象を否めない。

 それでも、リノが通うようになってからの三年間、ナルミが変わらず“止まり木”を営業できていたのは、もしかしたら――


    *


 お父さんとお母さんが死んだ時、わたしは十九歳だった。

 小さい頃からお店のお手伝いはしていたけれども、まだわからないことが多い、未熟な年の頃だった。

 そう、あの時のわたしは、未熟で、世間知らずで、愚かだった。

 そんなわたしに声を掛けてくれたのは、ロレンツォおじさんだった。お父さんのお兄さん。

 金融業をやっているという話は知っていたけども、余りお店には来たことがなく、親戚といえども今まで余り関わりがなかった人。今思えば、お父さんとロレンツォおじさんは仲が悪かったのかもしれない。

 だけど、何も知らないわたしは、お父さんとお母さんから残されたお店を守りたいと思いながらも途方に暮れていたわたしは、心配する素振りを見せてお店の経営について色々と助言をしてくれたロレンツォおじさんをすぐに信頼した。

 そしてロレンツォおじさんは、お店を続けるための助言だけでなくお金まで貸してくれると提案してくれた。

 ロレンツォおじさんを信頼しきっていたわたしは、何の疑いもなく提案通りにお金を借りた。

 それが間違いだった。途方に暮れていたわたしに、優しく声を掛けてくれたロレンツォおじさんは、鬼だった。

 愚かなわたしは、借金という檻に囚われていた。

 ロレンツォおじさんからお金を借りてから暫くすると、不思議とお客さんが少なくなっていった。お店の売り上げは落ちていった。

 お父さんの蓄えがあったからお店自体は続けられたけど、お店の経営資金とロレンツォおじさんから借りたお金の返済のために日に日に少なくなり、去年の暮れに尽きてしまった。

 売り上げも日を追うごとに増えていき、そしてついにロレンツォおじさんから借りたお金の利息も払えなくなった。

 借りたお金の返済ができなくなったわたしに、ロレンツォおじさんは言った。

 借金のかた店の土地建物の権利を譲るか、自分の紹介する“実入りのいい仕事”をして、店を残したまま借金返済を続けるか、好きな方を選べと。土地建物の権利を譲った場合、店を潰して更地にした土地を売り払う、と。

 わたしは悩んで、悩んで、だけど、どうしてもお父さんとお母さんの想い出が詰まったお店を守りたくて――わたしはロレンツォおじさんの紹介する“実入りのいい仕事”をすることにした。

 それは、売春だった。

 ロレンツォおじさんは表向きは金融業をしていたけど、裏では売春宿を営んでいることをわたしはその時初めて知った。

 そして、ロレンツォおじさんから初めて客を宛がわれた夜。客の元へ出かけようとする直前に、リノさんがお店に来てくれた。

 それが、嬉しかった。もう二十二歳にもなるのに、子供みたいに運命だと思ってしまった。客の元に行くのはやめて、その夜はリノさんと一緒に過ごすと決めた。

 リノさん――わたしの、大好きな人。

 お父さんとお母さんを亡くしたばかりのわたしに、とても親身に接してくれた騎士の人。

 お店によく来てくれる、とても優しくて、格好良くて、時々かわいくて、時々崩れてしまいそうな脆さを感じて心配になってしまう、素敵な人。

 だから、わたしはリノさんに言えなかった。あの夜、帰る直前のリノさんの袖を掴んで引き留めたけれども、何も言えなかった。

 大切なお店を守るためとはいえ、売春を承諾したことを、リノさんに知られたくなかったから――

 次の日、わたしはロレンツォおじさんからもの凄く叱られたけれど、その後暫くは何も音沙汰はなく、そして昨日、ついにわたしに新しい客がついたとロレンツォおじさんから連絡が来た。

 今度は逃げ出さないようにと釘を刺されて、わたしは客との待ち合わせ場所へと向かった。

 日が落ちて夜になり、雨が降ってきたので傘を差して、わたしは指定された場所で客を待つ。

 今日は、あの夜と違ってリノさんは来てくれなかったけど、現れた客の顔を見て、わたしはとても驚いた。

 それは、わたしの知っている人の顔だった。お店に来てくれたことのある人で、リノさんも知っている人。

 本当に、全く思わぬ人だった。そして、こんな人でも売春に関与するだなんてと思うと、わたしの心は嫌悪感でいっぱいになった。

 だけど、全く知らない人よりはましだと、わたしは自分にいい聞かせる。

 だって、わたしは、これから、この人と――そう覚悟を決めようと思ったけれども、わたしは胸が締め付けられるような痛みを覚えた。

 覚悟を決めたつもりだった。わかっていたつもりだった。

 大切なものが守れるなら、自分はなんだってやると決めたつもりだった。

 だけど、ああ――はじめての人は、好きな人が良かったなあ。 

 わたしの好きな人の顔が、リノさんの顔が浮かんでは消え、浮かんでは消えていった。隣を歩く客の言葉が余り耳に入っていなかった。

 わたしがこれからすることを知ったら、リノさんはとても哀しむだろうと思った。リノさんだけには、知られたくないという気持ちがあった。

 だけど。

 だけど――それでも、助けてほしいという願いがあった。

 知られてもいい。お店を守るためとはいえ、自分が躰を売るような女だと知られてもいい。

 だから、どうか、わたしを助けて――リノさん。


    *


 強行課執務室内に、不意に高い音が鳴り響く。

「うっ、何これ!?」

 突然の高音に、ライザが顔を顰める。

「まさか――!?」

 音源は、リノがジャケット内側に携帯していた“共鳴刀(きょうめいとう)”。取り出すと、“共鳴刀”は振動しながら高い音を出し続ける。

 “共鳴刀”に組み込んだ術式が発動した合図。

 リノの持つ“共鳴刀”の術式。それは、ナルミが助けを求める時に発動するように組み込まれたもの。つまり、“共鳴刀”の術式反応が生じているこの状況は――ナルミの顔が脳裏を過ぎる。

 ナルミが助けを求めている。ナルミが何らかの危険に晒されている。もしかしたら、ナルミを失うかもしれない。

 心臓が凍り付いた。

 だが、それだけは認められないと、リノは凍り付いた心臓を奮い立たせた。

 妹を生贄にしたまま助け出すことができず。騎士としての正義を貫くことができず。その上、ナルミまで救うことができないなんて、絶対に――

「っ――! “導き給え(ガイド・ミー)”!」

 鼓動が速まる。“共鳴刀”用の魔法句を告げる。

 すると、“共鳴刀”の高音と振動が止むと同時に宙を舞う。“共鳴刀”はリノの胸元の高さで止まり、空中で方位磁石のようにゆらりと動いて刃先で南東を指し示した。そこが、ナルミのいる場所。

 すぐにでも、彼女の元へ――!

「リノの“共鳴刀”? けど、誰のところを――?」

「すみません、ナウェルさん! 話は後で!」

「ちょっと、リノ!? ……行っちゃった」

 ライザの言葉を聞くこともできず、リノは“共鳴刀”を手にして即座に強行課執務室を飛び出した。

 窓から見える景色は黒。日が没し終えて夜となった空は暗く、陰鬱な雨が降り続けていた。


(続)

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