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騎士候補生少女譚  作者: 柳生 劣情(文章)&春畑 晴燕(設定)
第七章 少女たちの蒼穹
34/71

最善手/百戦後

 ダスバ城塞観覧室は、騒然としていた。

 賓客達の眼前のモニターが映し出しているのは、中央本舎第四席エズメ・フィルモアが倒れ伏す姿。彼女を撃破したのは、エイリス分舎に所属する極東系の騎士候補生。

「そんな……嘘、ですわよね……?」

 信じられないものを見るような顔をしながら、ブキャナン本舎長が呟く。王女護衛役の女性騎士達も、ブキャナン本舎長と同じように驚愕した様子を見せていた。

「うんうん、これは実に番狂わせだね。くっくっく」

 彼女たちの狼狽する姿を見ながら、ゲキは楽しそうに笑った。

 先の戦いの結果を見て驚くのは無理もない、というのがゲキの所感であった。

 過去の中央総合演習において、個別にモニタリングしている上位五席が敗退したケースが今まで存在していなかったが故に。

 中央総合演習の実施にあたっては、名家令嬢たる中央本舎騎士候補生の内の、とりわけ優秀な者達を王政府要人達に披露する晴れ舞台という意図も存在している。それは、レゼ国の出席者であれば誰もが理解している前提。

 首席については総大将役に任じられることそれ自体が大きな栄誉であり、その役割の性質上交戦場面が求められないものの、残りの次席から第五席の少女については戦いの中で自身の優秀さを示すための場でもあり、故に彼女らが土を付けることなど本来は想定されていないのではあるが――それが実際に起きてしまった。

 その特異性故に、レゼ側の出席者のみならず中央総合演習を複数回観覧しているティルベリア侯爵やモムチャット僧正、ホヅ副市長らもその表情から驚きの色を引き出すこととなった。

 尤も当のゲキ本人は、確かに意外な結果ではあるという感を持つが、それ以上にブキャナン本舎長や王女護衛といった見目麗しい女性達が慌てふためく姿に感じる愉悦の方が心中の大部分を占めており、彼女の顔には底意地の悪い笑みが生じることとなっていた。

 勿論、ゲキを含めて驚愕以外の表情を見せている者も他にもいる。

 交戦結果に対し純粋に感心する聖女やガルグ副院長。顔色が悪く気分が優れない様子のイワクラァ次官。相変わらず無表情のセイラ王女。

 そして、驚きの中にも自校の候補生の勝利に対し喜びを滲ませるブラックウッド分舎長。

「いやいや、まさか中央本舎の第四席が早々に敗北するだなんて、わたしも思ってもみなかったよ。なあ、ブラックウッド分舎長? キミも自校の大金星には鼻が高い気分だろう?」

「え!? あ、いえ、まあ……その、私自身も驚いておりますが……」

 ゲキから話を振られたブラックウッド分舎長は、途端に顔を曇らせて曖昧な返答を行った。

「うんうん、ブラックウッド分舎長も驚いているのか。まあ、そうだろうそうだろう。くっくっく」

 彼女の反応を見ながら、他者への嫌がらせを好むゲキは満足そうな笑みを浮かべる。

 ブラックウッド分舎長は中央総合演習でエイリス分舎候補生の力を示すことで廃校回避に繋げるという目的を抱いており、第四席に対する勝利は彼女にとっては望外な成果であり、喜ばしいことであった。その一方で、中央総合演習が中央本舎の成績上位者の晴れ舞台という目的を鑑みれば、()()()()という評価にもなり、素直に歓喜を示すことが憚れる微妙な立ち位置でもあった。

 実際、ブラックウッド分舎長に対しブキャナン本舎長が恨みがましい視線を送っていることをゲキは察しており、そうであるがために敢えて分舎長に声を掛けていた。

 だが、エイリス分舎の勝利を喜ぶのはブラックウッド分舎長以外にもおり、レゼ国外の人間であるが故にその感情を素直に示す。

「見てください、ポインセチアさん! サヤさん、勝ちましたね!」

「すごいね、サヤちゃん! やっぱりフリージアちゃんの応援の賜物かな? 今度の出征はアタシもお願いしたいなー?」

 自身の振る舞うべき態度に思いあぐねるブラックウッド分舎長とは対照的に、聖女護衛役のフリージアとポインセチアが明るい喝采を上げた。

「あら? ふたりは勝利した方のことをご存知ですの?」

 護衛役の様子に気付いた聖女が尋ねる。

 同時に、ゲキを含む聖女の言葉を耳にした賓客達の関心が聖女一行へと移り、ブラックウッド分舎長は人知れず安堵するように息を吐いた。

「ええ、聖女様。サヤさんは以前にエイリス分舎へ赴いた際にお世話になった方です」

「鷹鳴城に到着した日の夜にも会って、ちょっとお話もしましたねー。同じ剣士ってこともあって、フリージアちゃん、彼女のこと気に掛けていましたし」

「なるほどなるほど。ふたりと仲がいい方なのですね。であれば、わたくしも応援したいですわ!」

 ふたりの説明を受けて、聖女はにっこりと微笑んだ。

 聖女一行の様子を見て、ゲキはサヤと呼ばれた勝者の少女に興味を示す。

「ほほう、聖女光下(こうか)に眼を掛けられるとは、実に幸運な騎士候補生もいたものだね。うんうん、あやかりたいものだよ」

 言いながら、ゲキは画面に目を向ける。

 画面に映るのは、黒髪を後頭で束ねた、蒼い瞳に快活そうな顔立ちの極東系の少女。自分の好みの容姿ではないのではあるが――

「おやおや……?」

 サヤという少女の顔を改めて観察すると、どことなく見覚えがあるような感覚を得る。ゲキはブラックウッド分舎長に尋ねた。

「ブラックウッド分舎長、折角だしこの娘の紹介を頼んでもいいかな?」

「承知しました……えー、彼女の名はサヤ・イフジ。極東武術科所属」

「ふむふむ。そうか、やはり極東武術科か」

 極東武術科所属という解説に、ゲキは合点がいった様子を見せる。

 サヤ・イフジ自体のことは思い出せないが、エイリス分舎の極東武術科教練を視察したことがあるため、おそらくそこで見かけたのが記憶の片隅に残っていたのだろうとゲキは結論づけた。

「エイリス地区の副士の家系出身であり、両親に関してはムルガルとの三年戦争の時期に共に若くして没しているため特筆すべき事績はありません。祖父についてはかつて王室極東武術指南役を務めており――」

「おお、よもやあのイフジ師の孫娘か! 言われてみると、確かに面影があるな!」

 ブラックウッド分舎長の説明の中、ガルグ副院長がパチンと手を叩き、声を部屋に響かせた。

「イフジ師の孫娘であれば、斯様な女丈夫(じょじょうふ)振りも納得がいく。げに素晴らしき勇姿なり!」

 長い白髭を撫でながら、懐かしむようにガルグ副院長が眼を細める。

 かつての大陸統一戦役の折、レゼ国は“グ”帝国に降伏後、帝国軍の一員として騎士達を従軍させていた歴史がある。

 指揮官として従軍したジューコフ将軍やカーター卿、リスト卿、インガルデン卿ら“英雄”と讃えられる騎士団の重鎮。公爵位に叙爵される前のガルグ副院長。

 そして“英雄”たちとは遥かに低い家格ながらも、優れた武勇により勇名を得て、戦後に王室極東武術指南役に任じられた極東系レゼ人が存在していた。

 その事実は王室極東武術指南役が実質的には名誉職だったことと、レゼ国において極東民族の立場が弱いことに起因して今では知る人ぞ知る話ではあったが、彼の孫娘は八年前にレゼ国全土で名を轟かすこととなる。

 イフジという姓。王室極東武術指南役を務めた祖父。その言葉から、ゲキはある名前を想起した。

「そうなると……つまり彼女は、あのアヤノ・イフジの縁者でもあるということかね、ブラックウッド分舎長?」

「はい、閣下。アヤノ・イフジはサヤ・イフジの姉でございます」

 アヤノ・イフジ。

 八年前、王都の剣術大会にて優勝を飾った少女。まだ高等騎士学校に入学する前の齢十四歳にして、現役騎士をも退ける実力を持った剣の天才。

 ゲキはアヤノ・イフジについて思い起こす。

 妹と同じく蒼い瞳を持つ、凛とした雰囲気を纏う少女。当時十五歳のゲキは自分より一つ下の彼女が斯様な偉業を成し遂げたことに大いに驚き、また、王族として大会後の会食にも出席した記憶があった。その時の、剣術大会開催責任者は確か――

「うんうん、わたしも彼女の名前はよく覚えているよ。確か、アヤノ・イフジが優勝した時の開催責任者はブライス卿、だったね?」

「……ええ」

 にやにやとしながら問うゲキに対し、騎士団副総裁のシグ・ブライス卿は少し間を置いて短く忌々しげに首肯した。

 王都には極東民族蔑視の気風が強いが、その中でもブライス卿は特に極東民族嫌いとして知られている。自身が主催となった剣術大会にて極東民族の少女であるアヤノ・イフジが優勝したことについても、直接的には口にはしていないが内心では苦々しく思っていたのだろうと囁かれるほど。

 実際にゲキからアヤノ・イフジの話題を振られた時の態度からは不快感が露わとなっており、その流言は事実であろうと事情を知る者に思わせることとなった。

「アヤノ・イフジの妹に先ほど敗北したエズメ・フィルモアは今の監察局長の長女。つまりは、キミの子飼いの部下の娘だね。いやいやブライス卿、キミは麗しきイフジ姉妹には深い縁があるようだ。わたしからすれば、羨ましい限りだよ」

「…………」

 ゲキが愉快そうにくつくつと笑うと、ブライス卿は口を閉ざす。しかし、その眉間の皺はより一層深くなり、彼が苛立っていることを如実に示していた。

 ブライス卿に挑発まがいの言葉を投げかけるゲキの行動に場の空気が張り詰めつつある中で、青い顔をしたイワクラァ次官がおずおずと言った。

「あの、ゲキ閣下、そろそろ画面を切り替えませんか……? 彼女たちはもう戦い終わっているようですし……」

 阿るような薄ら笑いをしながらイワクラァ次官が提案すると、ゲキは首肯する。

 如何にもプライドが高そうな野心家のブライス卿をいびるのもそれなりに愉快ではあるが、やはり見るべきは少女達の戦う姿である、と。

「うん、そうだね。セヴン、画面の分割操作を。あ、サヤ君の姿は映したままにしておいてくれたまえ。聖女様たちが気に掛けている子だからね」

「承知いたしました」

 セヴンが涼やかに返事をするとすぐに、画面が再度十六に分割される。

 ゲキの要求通り中央部分にはサヤの姿が映し出されており――その画面を見ながらゲキは桜色の目を丸くして、ニヤリと笑った。

「おやおやおやおや! まさかここで意外な人物の登場だ。いやいやいやいや、今年の中央総合演習は本当に波乱の展開だね! くっくっく!」


    *


 ネルクスタ大平原演習場。東方雑木林前。

 エズメが脱落してさほど時間が経過しておらず、まだ交戦の疲れが癒えないうちにサヤとダイアナは新たな襲来者と対峙していた。

「なあ、サヤ、あの服は……?」

「うん、間違いない……!」

 ふたりはそれぞれの得物を構えながら、眼前の相手を見据える。

 サヤとダイアナの前には、黒の演習正装を纏った中央本舎の騎士候補生が複数人。その先頭に立つ騎士候補生の演習正装は、金紐の肩章(エポーレット)――即ち、彼女が総大将役であることを示す証であった。

 長身痩躯。光沢を放つ、背中まで伸ばされた流れるような灰色の髪。側頭で編み込まれた髪を結ぶ後部の黒リボン。右手には青い刃を持つ槍を携えている。

 鉄を思わせる隙のない空気を纏い、氷の如き冷厳な眼差しでこちらを見据える彼女の名は――

「ベアトリス・カーター……!?」

 サヤは眼前の少女の名を口にする。

 中央本舎不動の首席であり、“英雄”カーター卿の孫娘。

 二日前に邂逅した時のことを、サヤは自然と思い出す。その時の立ち居振る舞いや纏っていた威圧感は、刃を交えなくとも彼女の武威を感じさせた。エズメを含めた、他の四人と格が違うのだと。

「何で、総大将役がここに……!?」

 目の前にいる相手が中央本舎の総大将役であることを確信し、ダイアナが狼狽える。

 中央総合演習の勝敗判定において、相手方の総大将役撃破は大きな加点対象となる。裏を返せば、総大将役を撃破された側は勝敗判定に置いて大きく不利になる。

 それ故に総大将役は前線に出さずに本陣で堅く守ることが定石であり、実際にエイリス分舎総大将のイトは前線に出ず護衛役のフィーネらと共に本陣に控えている。

 しかし、今自分たちの前にはその総大将役が佇んでいる。

 当然のことながらこの場所は中央本舎の本陣ではなく、エイリス分舎の防衛ライン。いわば、最前線。

 総大将役が最前線に乗り込んでいる異例の事態であり、サヤは息を呑んだ。更に、ベアトリスの後ろにはサヤの見知った顔が二つ存在している。

「よう、エイリスの! 二日ぶりだな!」

 金髪姫カットという雅やかな容姿をしながらも、それと相反する粗野な雰囲気を纏った少女。中央本舎第三席ヘイゼル・ブキャナン。

「ハ! やっぱり面食らってるみてェだな! うちの大将のベアトリスは本陣でじっとしているのは性に合わないんだとよ。まあ、オレもその点に関しては大いに同感だから文句はねェがよ!」

 好戦的な笑みを浮かべながらヘイゼルが言うと、その隣にいる糸目の少女がくすくすと笑う。

「そうね~。けど、総大将護衛役の私からすれば、ベア様と一緒に動き回らなければならないから面倒なことこの上ないけど~」

 一見柔和で人当たりのよさそうな顔立ちながらも、纏う空気に陰湿さが迸る少女。中央本舎次席ノーラ・グラント。

 三者とも、二日前に出会った中央本舎所属の騎士候補生であり、エズメより席次が上の相手である。

「それにしても、エズメ負けちゃったのね~。田舎者(エイリス分舎)に負けるなんて、中央本舎の恥さらしよ~。ダサすぎ~」

「――――っ」

 旧友への侮辱に思わずノーラに斬りかかりそうになるが、サヤは思い止まる。

 間違いなく挑発であり、二日前に会った際の彼女の悪質さを見るに、冷静さを失って飛びかかろうものなら即座に何かしらの反撃を受けるだろうという判断。また、エズメと戦った疲労感は抜けず、生理痛も治まらない。遣り合うとしても、体調を少しでも整えるための時間を稼ぎたい。

「――ノーラ、やめろ」

「っ!?」

 静かながらも重厚さがある、ベアトリスの凍り付くような声にノーラはビクンと身体を震わせ、顔を引き攣らせた。

 ベアトリスはノーラを制しながら、サヤとダイアナを交互に目を向けながら申し出る。

「エイリス分舎の方、こちらは三人で貴公らは二人。このまま戦えば、貴公らは不利であろう。私としては、そのような戦い方は好ましくない。ここは騎士の誇りに懸けて、正々堂々とした一騎打ちを望むが、いかがか?」

「一騎打ち……?」

 ベアトリスの提案を受け、サヤは思考を巡らす。

 一騎打ちであれば、避けることに集中して自分のペースを整えながら戦うことも可能かもしれない。少なくとも、背後を気にする必要が無いだけ乱戦よりも動きやすい。

 だが、エズメ以上の実力評価がされている彼女らを相手に悠長な戦法が取れるであろうか――斯様に思案する最中、サヤが結論を下す前にダイアナが動いた。

「よし、乗った! あたしが相手になるよ!」

 自身を奮い立たせるように、ダイアナは頭上でハルバードを一回転させて構える。

「ちょっと、ダイアナ!?」

 サヤは引き留めようとするが、ダイアナは制止して言った。

「サヤはあんな強い相手と戦ったばかりで疲れてるでしょ。それに、総大将役がわざわざ来てるんだ。倒せたら一番手柄……こんなチャンス、見逃せないって!」

「けど!」

 分が悪すぎる――そんな言葉がサヤの胸中に過ぎるが、口に出す前にダイアナがベアトリスに対して言った。

「一騎打ち、受けて立つよ。ベアトリスさん、だっけ? 相手はあなたってことでいいの?」

 ダイアナは事も無げに一騎打ちを承諾するが、彼女の声には僅かばかりの震えがあり、虚勢があることをサヤは感じ取った。

 ベアトリスの纏う威圧感は、ダイアナもわかっている。彼女自身、勝ち目が薄い戦いになるだろうと認識している。

 だが、それでも自ら一騎打ちに応じたのは、きっとサヤの体調を気に掛け、少しでも整える時間を稼ぐため。

「ああ、私が相手だ。エイリス分舎の方、刃を交える前に貴公の名をお聞かせ願いたい」

「おうさ。エイリス地区上士、モロー家三女、ダイアナ・モロー……参る!」

 ダイアナが名乗りを上げ、ベアトリスに向かって駆け出す。

「中央本舎首席、ベアトリス・カーター。いざ――」

 彼女と相対するベアトリスは、その場から動かずに右手をすっと伸ばしダイアナに槍の穂先を向けた。

「――氷槍(ひょうそう)御走(みばしり)”にて、お相手(つかまつ)る」

 ベアトリスは淡々と言った。鉄のように重く、氷のように冷たい、透き通った声だった。


    *


 ダスバ城塞観覧室は、再度どよめきに包まれていた。

 総大将役の騎士候補生が前線に出陣する。その異例自体は、直接対峙したサヤ達のみならずダスバ城塞観覧室の賓客達をも驚かせた。

 十六分割された画面は再度一つに集約され、そこにはベアトリス・カーターの姿が映し出されている。

「うんうん、またもや意外な展開だ。ブキャナン本舎長は知っていたのかね? 中央本舎の総大将役が前線に出るだなんて」

「そんなわけありませんわ! どうしてわざわざ定石を捨てるなんて……!」

「おやおや、本舎長も想定外だったのか」

 もはや困惑を隠すこともできないブキャナン本舎長の態度に、ゲキはニヤリと笑う

 彼女は間違いなく、ベアトリス・カーターの敗北を想像し、懸念し、苛立っている。意外と気の小さい性格なのだなとゲキは分析し、いびり甲斐があるかもしれないと結論づけた。

「……しかし、総大将役が前線に出るなど、最善手とは言えんな。中央本舎の首席であれば、その程度はわかりそうなものだ。理解に苦しむ」

 ブライス卿が小さく呟いた。

 撃破加点が極めて高い総大将役が本陣に控えるのは定石。総大将役の敗北は即演習の敗北というわけではなく挽回も可能な得点設定ではあるが、そのリスクは余りに大きすぎる。

 中央総合演習は多数対多数の乱戦が生じやすい実戦形式である以上、如何に総大将役の騎士候補生が優秀であろうとも、前線へ赴くのは理の面からしては最善手とは言えないのではあるが。

「あら? わたくしは戦いのことはよく存じませんが、総大将が先頭に立つなんてまるで騎士道物語のようでとっても素敵だと思いますわ!」

 総大将役ながらも戦場へ赴くベアトリスの姿に、聖女は目を輝かせる。

「聖女殿下の仰る通りですな。総大将役が先頭に立つとなれば、市民の目を惹きましょう。仮に総大将役同士の直接対決となれば、番組の大きな目玉になるやもしれませぬ。放映権を買い取る我らクロン市からすれば、総大将役の騎士候補生が動いてくれることこそ、ブライス卿の言葉を借りればまさに最善手ですな」

 ホヅ副市長が珍しく呼称以外に含みが無い言葉で、聖女に同意する。

 聖女とホヅ副市長の高評価は中央総合演習における戦法ではなく、エンターテイメントしての見栄えや見応えを念頭に置いたものであった。

 更に、ガルグ副院長は別の観点からベアトリスの行動を評した。

「うむ、古い考えかも知れぬが、将たる者はやはり自ら前に立ちて武威を示すことこそ肝要。カーター卿の孫娘は若き身なれど、そのことを心得ているようで実に天晴れ! 中央本舎首席の名を負うに相応しい騎士の範となる姿よ」

 自ら陣頭に立って武勇を示すことで部下を鼓舞する猛将として鳴らしたガルグ副院長は、古騎士を体現するかの如きベアトリスを高く評価していた。

 各々の見解を聞く中で、ゲキは楽しそうに頷いた。

「うんうん、色んな見解があるものだ。わたしとしては、そうだね――より多くの子の活躍振りが見られるから、総大将役が出てくれた方が望ましいだろう」

 その観点からすれば、自分は聖女やホヅ副市長と同様に中央総合演習を見世物として楽しんでいるのだからベアトリスの行動はまさに最善手であると、ゲキは結論づけた。


    *


 ネルクスタ大平原演習場。東方雑木林前。

「く、う……」

 ダイアナは、苦悶の声を漏らす。

 両手はハルバードを振り上げたまま下ろすことは叶わず。両足は地に着いたまま動かすこと能わず――彼女の四肢は氷付けにされていた。

 ダイアナと相対するベアトリスの槍の穂先からは、空気中の水分の結露による白煙が生じていた。

 青い刃を戴くベアトリスの愛槍“御走”。

 ダイアナと数合打ち合う中で徐々に彼女の手足を凍り付かせていった、氷の魔術槍。

「さらばだ」

「がっ……!」

 ベアトリスは静かに言いながら、“御走”でダイアナの胴体を横薙ぎに一閃する。

 同時に彼女を拘束していた氷が砕け散り、ダイアナは力なく倒れ伏した。彼女の纏う演習正装の飾緒は既に切れ落ち、ダイアナの中央総合演習からの敗退が確定した。

「ダイアナ……!」

 諦念を帯びた声を、サヤは漏らす。

 ダイアナは敗退した。次は、自分が動く番。

 サヤが剣を正眼に構えると、誘うようにヘイゼルが言った。

「さあ、お前はどうする、エイリスの? やるってんなら、オレでもいいぜ? もちろん、一騎打ち(サシ)で、だ」

「そうだね、ここは――」

 サヤは状況を確認する。

 自分はエズメとの戦闘で満身創痍。ダイアナが時間稼ぎをしてくれたおかげで、体力は多少は回復している。だが、戦うにはまだ心許ない。

 相手はエズメより席次が上の候補生が三名。ダイアナと一騎打ちをしていたベアトリスは全く息を切らしていない。

 周囲に味方は無く、圧倒的に不利な状況。

 こんな時、お姉ちゃんならどうするのだろう――つと、サヤは思い出す。

 小さい頃、姉に尋ねたことがあった。もし、自分より強い相手と戦うことになったらどうするのか、と。

 その時、お姉ちゃんが教えてくれた答えは――

「逃げの一手!」

「な!?」

 サヤは刀を納めると即座に背を向けて、雑木林の方へと一目散に突っ走った。

 勝てるわけがない。分が悪すぎる。このまま戦っても敗北は必至。せっかくダイアナが稼いでくれた時間が、無駄になる。

 故に、ここは逃げることが最善手。彼女たちは強敵だが、仲間達と合流して場を整え直せば、或いは――そうサヤは結論づけて踵を返す。

「おいおい、逃げちまったぞ、あいつ……」

 唖然としながら、ヘイゼルが言った。

 突然のサヤの逃走に、ヘイゼルも、ノーラも、ベアトリスでさえも呆気にとられて少しの間動けなくなっていた。

「……いくら何でも格好悪すぎ~。興醒めね~。やっぱり所詮は野蛮な田舎者なのかしら~?」

「ちっ、前に会った時は気迫のあるやつだと思って期待していたんだが……これじゃ拍子抜けだ、つまらねェ! どうする、ベアトリス? 追いかけてぶちのめすか、あのアホ女?」

 ノーラが嘲笑しヘイゼルが苛立つ中で、ベアトリスは左手を額に当てて吐き捨てるように言った。

「はぁ……捨て置け。一騎打ちに応じぬどころか眼前の敵に背を向けて逃亡するなどとは、騎士の風上にもおけん。斯様な誇り無き者と、交わすべき槍など持ち合わせていない。だが――」

 ベアトリスはサヤが逃げ出した方角にある雑木林を真っ直ぐに見据え、続ける。

「いずれにしろ、エイリス分舎の陣地に行くにはあの林を抜けねばなるまい――進むぞ」

「おう」

了解(りょ~かい)で~す」

 厳かに述べると、ベアトリスはノーラとヘイゼルを率いてエイリス分舎本陣へと向けて進軍を再開した。


(続)

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