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3.緑の男

 シェリルが緑の男とよぶ男は、一見して年齢の判別がつかなかった。若くも見えるし、もっと年配なのかもしれない。シェリルは長らく修道院にいたので、そもそも神職以外の男性とかかわる機会が少なく、なおさら判別しにくかった。男の顔は髭で覆われており、体は熊のように大きく、頑丈そうだった。

その体で、シェリルに物資をとどけたり、ときには獣を狩ってさばいてくれたりしていた。


 緑の男はシェリルの生活を支えていたが、彼の仕事のもう一面は外敵の排除だった。「客」と「そうでないもの」を明確に区別し、「そうでないもの」すなわち、この森に侵入してきた人間を殺害していた。


 この魔の森には、人間が入ってきにくい仕組みがあるようだった。それはシェリルの仕事にかかわっていた。洞窟の奥底にかまどがあり、「決して火をたやしてはいけない」と組織の人間にいわれていた。

ほかにも火の扱いなどについて、厳格な決まり事があったのだろう。火の扱いに手落ちがあり、仕組みにほころびがあると、ぞくぞくと人間たちが侵入してきた。来たばかりのころは、それこそ仕組みのほころびが頻繁にあり、緑の男は大忙しだった。


 猟師、巡礼者、傭兵、旅商人たち・・・緑の男は容赦なく侵入者を殺していった。

シェリルは現場にいたわけではないが、かまどの火を見ているとその情景が眼前に広がったのだった。

緑の男に、気づかないまま殺される者、立ち向かって殺される者、命乞いして殺される者・・・。

火の扱いになれてくると、その情景をみることはなくなった。



 さて、シェリルの仕事である宿場だが、この洞窟には客は滅多に来なかった。一か月に2,3組あればいいほうだった。客は一人のときもあれば、複数のときもあり、大体、フードつきマントで全身を覆い姿を隠していた。


 シェリルは彼らが差し出す査証にサインをし、彼らはシェリルの差し出す台帳にサインした。二言三言会話をすることはあっても、必要最低限のことだった。


 シェリルが修道院出身で沈黙には慣れているにしても、修道院では手をつかって会話する相手がいた。それに、定刻には祈りの歌を唱え、雑務中や就寝前はそれこそ世話話に花が咲いていた。ここには、誰一人おしゃべりできる相手がいなかった。


 やがてシェリルは声が出せなくなっていることに気が付いた。ある日、緑の男に「そろそろ塩が欲しい」と言おうとしても、まったく声が出ないのだ。緑の男は文盲だった。何とかして伝えようとするシェリルのことを、しばらくの間気がふれたものを見るような目で見ていた。ようやく伝わったときは、シェリルは嬉しさのあまり緑の男にキスしそうになった。


 しかし、さすがに声が出せなくなるのはショックだった。

シェリルは修道院のころと同じように、定期的に歌うようにしようと考えた。そうすれば声が出せなくなるようなこともなくなるだろう。

シェリルは川に水を汲みに行ったところで、歌いはじめた。

かすれた音のようなものしか出なかったが、それでも喉がその働きを思い出そうとしているようだった。

ある程度歌うと満足をして、洞窟へ戻ろうとふりむくと緑の男が立っていた。


 シェリルは首を傾げた。緑の男は用事がないとこない。

緑の男は奇妙な顔をしていた。

「・・・・し・・・」

どうしたの?と聞こうとしてもほとんど声は出なかった。

緑の男はしばらく無言でシェリルをみていたが、やがて背を向けて森の中へ消えていった。仕事に戻ったのだろう。



 



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