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2.生還

 シェリルは目を開いた。心臓が早鐘のようになっており、冷たく冷えた体は細かく震えていた。

(なんだか、とても怖い夢を見ていた気がするわ……思い出せないけれど)

しばらく、横になったまま体の震えが収まるのをまった。やがて震えは収まり、パチパチという炎の爆ぜる音が聞こえるようになってシェリルは身を起こした。


 ここは洞窟の奥底にあるかまどのある間だった。異様に天井が高く、どこに続くか分からない細かな抜け穴がそこかしこにある。この広々とした一角にシェリルの寝床はあった。起き上がると、靴をはいてかまどのところまで歩いてゆき、薪を一本足した。そして炎が薪をなめてゆくのをしばらく眺め、櫛で髪の毛をとかした。


 シェリルは十五歳の娘だった。豊かな金髪の持ち主で、瞳は青い。ほっそりとした体躯で、肌は透明感のある白さだった。ここに来てからは、鏡もなく自分がどんな顔かも忘れてしまった。家族の顔も忘れてしまった。楽しかったことや、幸せだった日々のことも思い出すことはない。昔のことを思い出そうとすると、胸が苦しくなるし、ひどい頭痛もするのでいつしか諦めてしまっていた。

(まあ、過去には戻れないし、死人は生き返らないもの……)

 炎を眺めながら髪をくしけずり、その髪を一本の三つ編みにして紐でくくった。


 シェリルがこの洞窟にやってきたのは一年前だった。それからここは彼女の住まいとなり、職場となっている。ここは旅人が休むための宿場で、彼女は宿泊者を休ませ、食事をとらせるように指示されていた。その際、対価は受け取らない。彼女は宿泊者たちを送り出す組織にやとわれていたからだった。


 その組織からの報酬は衣食住の保障で、ここでの生活こそが彼女の報酬だった。それについて不満はない。不満を言える立場でもなかった。


 ここでの生活はいくつか制約があり、その最たるものが行動できる範囲の狭さだった。シェリルはこの洞窟の付近から離れることはできなかった。せいぜいが、水くみや薪拾い、洗濯、ちょっとした食料の採集のために離れる程度だった。それでも生活の上で支障はなかった。


 生活に必要な物資は緑の男が定期的に運んできてくれていた。緑の男というのはシェリルが勝手につけた名前だった。男は必要最低限のことしかしゃべらず、シェリルの質問にもことごとく答えなかった。もしかしたら、シェリルが洞窟から離れられないように、彼にも答えられない理由があるのかもしれなかった。シェリルには、男が全身緑色に見えていた。肌、爪、髪色、眼球にいたるまで。もしかしたらシェリルだけにそう見えていたのかもしれない、とも思っていた。まさか、全身緑色の人間がいるはずがない。


 シェリルはこの洞窟に組織の人間に連れてこられ、到着した直後から体調を崩し、何日も生死の境をさまよっていた。その間のことをほとんど覚えていない。気が付いたときはかなり衰弱していて、【死にたくない】と思う気力さえなく、【ああ、このまま死ぬのか】と他人事のように思っていた。それでも、回復の兆しが見えると、気力ももどり、起き上がれるまでに時間はかからなかった。

 起き上がれるようになると、組織の人間は言った。


「よかった。君はここに順応できたんだね」


 あのときシェリルが死んでいたら、彼は「残念だね。順応できなかったんだね」といったのかもしれない。確かなのは、生死の淵からもどってきてからシェリルの体は以前とは変わっていたことだった。五感は鋭くなり、身体能力も驚くほど向上していた。頭か目か分からないが、どこかが壊れて、あり得ないものが見えるようになっていても不思議とは思わなかった。

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