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水の呪い 4

 ガルドゥニクスらと共に王宮の軍議室で待機していたレクシリアは、ふいに風が耳元を優しく撫でたのを感じ、風が吹いてきた方へと目をやった。それと同時に、レクシリアの耳に音が運ばれる。そうして伝えられた言葉に、レクシリアは一瞬動きを止めた後、慌てた様子で卓上に置かれている国境付近の地図を漁りはじめた。

「リーアさん?」

 主の突然の行動にグレイが訝しげに名を呼んだが、レクシリアはそれに応えることなく一枚の地図を手に取って睨んだ後、小さく舌打ちをした。そしてグレイを振り返って、手に持っている地図の一点を指し示す。

「グレイ、今すぐこの付近の詳細な地図を持ってきてください」

「詳細な?」

 グレイが思わず訊き返したのは、レクシリアの手にある地図自体が既にかなり細かな情報が記載されているものだからだ。これ以上詳細な地図となると、グレイが思い当たるのはひとつしかない。

「もしかして、特別書庫に入っているあの地図ですか?」

 半信半疑で尋ねたグレイに、レクシリアが頷く。そんな宰相を見て、思わずといった風にミハルトが口を開いた。

「お待ちください宰相閣下。あの書庫に入っている地図は、土地の開拓などに使われるような細かな座標が書きこまれているものです。縮尺も著しく大きく、とてもではないですが、軍議の場で使用できるようなものではありません」

 ミハルトの言葉通り、王宮の特別書庫に収められている国内の地図は、橙の国の測量技術と金の国の描画技術を駆使して作製された特殊な地図だ。地図上に描かれた細かな格子は南北方向と東西方向の二成分によって構成されており、それぞれの座標の値は十桁にも及ぶ。故に、地図一枚に描ける土地の範囲はとても狭く、こういった会議の場に出すような代物ではないのだ。

「ミハルト副団長の仰る通りです。あんなもの、一体何に使うって言うんですか」

 やや呆れたような調子で言ったグレイだったが、別に主人を馬鹿にしている訳ではない。レクシリアが必要だと言うからにはあの地図が必要なのだろうことくらいは判る。だが、その使い道が全く想像できないので、つまりはこちらの想像が及ばないような無茶苦茶な使い方をするのだろうと察しがついたのだ。

 ちらりとグレイを見たレクシリアは、手に持っている地図をグレイの方に差し出し、さきほど示した位置を指でとんとんと叩いた。

「指定した座標に指定した角度で落ちる矢を放てと、国王陛下よりご命令を受けました。その座標の位置が、国境近くのこの辺りなのですよ。しかし、残念ながら私の記憶力では正確な位置までは判らないので、早く地図を持って来なさいと言っているのです」

「はあ!?」

 思わず素っ頓狂な声を上げてしまったのは、グレイである。だが、その場にいたガルドゥニクスもミハルトも、苦笑を禁じ得なかった。

「何言ってるんですかあの馬鹿! ここから国境までどれだけ距離があると思ってるんです!? 第一、そんな座標で言われてもぱっと判るわけないじゃないですか! その上、入射角の指定までしてくるだと!? これだから人外は!」

 叫ぶグレイに、レクシリアが咳払いをする。

「グレイ、陛下はれっきとした人間であらせられます」

「れっきとした人間は座標なんか記憶していません。ああもう、本当に気持ち悪ィなあの化け物……」

 盛大に悪態を吐いたグレイを宥めるように、レクシリアは彼の頭を撫でた。この年若い魔術師が赤の王に拒絶反応を示すのは、いつものことなのである。

「まあまあグレイ。今回の件はそこまで不思議なことでもないのですよ。陛下が即位されて一年ほどの頃に、私と陛下でどちらが座標の数値から場所を特定できるかという遊びを飽きるほどしましてね。その過程で覚えられたのでしょう。陛下ほどの方であれば、それくらい容易いことでしょうし」

「信者は黙っていてください」

 ばっさり切って捨てたグレイは、僅かな可能性に賭けてガルドゥニクスとミハルトに視線に投げたが、彼らもまた感嘆しきったような表情をしていたので、見なかったことにした。

「……もう良いです。判りました。早急に地図をお持ちします」

 そう言い捨て、グレイが部屋を出ていく。それを見届けてから、ガルドゥニクスはレクシリアを見た。

「しかし宰相閣下。国境まで矢を届かせるなど、風霊魔法による補助があったとしても、生半可な腕の持ち主では無理ですぞ。その上、座標レベルで正確な位置に、これまた定められた角度で矢を射るとなると……」

 言い淀んだガルドゥニクスが、ミハルトを見た。団長の意図を察したミハルトが、ひとつ頷き、レクシリアに向かって口を開く。

「中央騎士団で最も弓術に優れているのは自分であると自負しておりますが、その私でも不可能です。そもそもの問題として、お恥ずかしながら、私の矢では飛距離が圧倒的に足りない。正確性以前の話です」

 ガルドゥニクスとミハルトの言葉は、レクシリアも予期はしていた。

 グランデル王国の騎士団は、総じて接近戦の方が得意な気がある。グランデルの軍事力が円卓の連合国一であることは間違いないが、遠距離戦においては風霊魔法を得意とする緑の国に遅れを取るのもまた事実なのだ。

「ミハルト副団長でも不可能、ですか」

「お役に立てず、申し訳ありません」

 頭を下げたミハルトに、レクシリアが柔らかく笑って首を横に振った。

「いいえ。貴公の真価は剣術にあります。弓術について謝罪する必要はないでしょう。寧ろ、片手間の鍛錬でそこまでの腕に至ったこと、誇って良いと私は思います」

 レクシリアの言葉に、ミハルトが僅かに苦笑する。

「宰相閣下がそう仰ると、些か厭味じみて聞こえますね」

「おや、そうでしょうか? そんなつもりはなかったのですが……」

 首を傾げた宰相に、今度はガルドゥニクスも曖昧な笑みを浮かべた。

「とにかく、この一件は宰相閣下に一任するということでよろしいですかな?」

 ガルドゥニクスの問いに、レクシリアが頷く。

「まあ、そうせざるを得ないでしょうね。矢には地霊魔法を存分に乗せて欲しいとのご要望もありましたし」

「…………そりゃあ、また、随分と無茶を仰いますなぁ……」

「…………初めから私には無理だったじゃないですか……」

 地霊魔法があまり得意ではないミハルトは、レクシリアを見て少しだけ恨めしそうな顔をした。

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