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水の呪い 2

 衝撃に備えて胸の前で剣を構えた王に対し、大地を強く蹴って跳躍した女が肉薄する。斜めに振り下ろされた爪の一撃を剣で受け止めた王は、想像以上の負荷に腕が軋むのを感じるや否や、身体を左に捌いて腕から力を抜いた。抗う力がなくなったのを良いことに振り切られた爪が、王の剣を叩き落として地面を抉る。

 轟音と共に深く切り込まれた大地を目端に捉えた王は、しかしそれに構うことなく左手を女の背に向かって突き出した。

「火霊!」

 王の呼びかけに応え、その左腕を起点に奔った炎が彼女を襲う。同時に、落ちた剣を風霊から受け取った王は、剣による横薙ぎの追撃を入れた。

 確実に一撃は入れられると踏んでいた王だったがしかし、鈍い音と共に強固な金属に当たったような手ごたえがし、振り切られるはずだった刃が止められてしまう。

「っ!?」

 王が思わず息を呑んだのも無理はない。女は、王の膂力を以て繰り出されたグランデル王国一の剣戟を、腕の鱗で受け切って見せたのだ。

「ハハッ! やるじゃあないか!」

 楽しそうに叫んだ女が、剣を受けていた腕を力の限りに振り、刃を弾き返す。

「くっ!」

 腕ごと弾かれたことでガラ空きになった王の胴を狙う一撃を、風霊魔法で僅かに逸らしつつなんとか回避した王は、一度後ろに飛び退って体勢を整えた。

(まさか力負けするとは。まったく、なんという力だ。人間と異形とでは、体格差などまるであてにならんな。その上、火霊魔法がまったく効いていないとなると、……これは予想以上に厄介だぞ)

 実を言うと、力負けした点については大きな問題ではない。自分よりも筋力の高い相手だと判れば、それ相応の戦い方をすれば良いだけだ。それよりも、あの至近距離で放った火霊魔法が微塵もダメージを与えていないことの方が深刻である。

 よくよく目を凝らして見ると、敵である女の身体中を、薄い水の膜のようなものが覆っているように見える。といっても、実際に水の膜が張られている訳ではないだろう。あれはいわば、水系統の何かを由来とする防護壁のようなものだ。そしてこの膜は、様々な効果や祝福を施してある王の剣を以てしても、断ち切ることが叶わないようである。それどころか、王の剣は彼女の鱗に傷をつけることすらできなかったのだ。

(この剣を弾くとなると、私が使えるレベルの地霊魔法や風霊魔法による攻撃が通るとも思えんな)

 剣も効かない、魔法も効かない、となると、今の状況では打つ手がないというのが正直なところだ。だが、だからといって負ける訳にもいかない。

 王が次の一手を考えあぐねている間にも、女の攻撃の手が休まることはない。容赦なく地面を引き裂く爪を寸でのところで躱し、剣の柄を両手でしっかりと握った王は、刃を翻して女の爪を身体の外側へと強く弾いた。そうして生まれた僅かな隙を逃さず、王が叫ぶ。

「火霊! 今より再度の指示が下るまでの間、火霊魔法の全権をお前たちに預ける!」

 王が宣言した瞬間、王の周囲で炎が膨れ上がり、荒れ狂う渦となって女へと奔った。だが、異形の敵は、その業火をも爪で切り裂いてしまう。

「さすがは火の国の王! 火霊に主導権を明け渡すたぁ、なかなか他じゃ拝めないようなことをしてくれる! だけど良いのか? 大方死にかけの火山にも火霊を回しているんだろう? その魔力、いつまで保つのか見ものだな!」

 女の言うとおり、王の一手は常人ではそう成し得ない策であった。精霊に魔法の全権を明け渡すというのは、すなわち、己の魔力を丸ごと差し出し、好きに使えと言っているようなものである。その場合、権利の返還を指示するまでの間、火霊の動きの全てを自身の魔力で賄うことになり、通常の魔法と比較すると魔力の消費が尋常ではなくなるのだ。故に、このような暴挙に出られる人間はほぼいないと言って良い。これは、莫大な魔力を持ち、火霊との相性が極端に良いこの王だからこそ成し得た一手だった。

「魔法も剣も効かぬのならば、いっそどちらかに集中した方がやりやすい!」

 叫んだ王が、向かってきた爪の軌道を剣で僅かに逸らし、女の喉元目掛けて強烈な突きを繰り出す。逸らしきれなかった爪が王の肩を浅く裂いたが、その切っ先がぶれることはない。

 今度こそ完璧に捉えたと思われたが、女は驚異的な反応速度で王の一撃を躱し、隙が生まれた脇腹に爪を突き立てようとした。一方の王は、突きを外したと察した瞬間に次の攻撃に転じていた。突き出した剣をそのまま横に振り、敵の首を落とそうと刃を走らせる。それとほとんど同時に、女の爪が王の脇腹に食い込もうとしていた。

 が、女の爪を、凄まじい勢いで噴き上がった炎が爆風と共に押し返した。王の危機を察した火霊が助けに入ったのだ。

「風霊!」

 風霊の補助により更に速度を増して振り抜こうとした刃は、しかし首と剣との間に差し込まれた腕によって、またもや止められた。だが、咄嗟のことにさしもの相手も構えきれなかったのだろう。風の力を借りて加速した一撃を受け、敵の身体は大きく横に弾き飛ばされた。同時に、王の背後で無数の火球が生まれ、女に向かい追撃を加えんと放たれる。

「火は効かないって判ってんだろうがァ!」

 そう吠えた彼女は、大きく右腕を振りかぶった。腕を覆う鱗が肩まで侵食し、鋭利な爪が更に肥大化する。そして彼女は、咆哮と共にその異形の腕を打ち下ろした。

「っ!」

 空を切り裂いた爪が、凄まじい衝撃波を引き起こす。その波に呑まれ、火霊の生み出した火球が千々に裂かれて掻き消された。しかし、空気を震わせて奔る衝撃は、尚も勢いを失わない。そのまま王目掛けて飛来するそれに、感知能力に乏しい王すらをも圧倒するほどの水の気配がおぞましく纏わりついていることを察知した王は、表情を険しくした。

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