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異変 7

「……あの、何があったんですか?」

「グランデル王国が帝国の襲撃を受けました。帝国の狙いは不明ですが、この混乱に乗じ、再びキョウヤ様を攫う算段なのかもしれない。そうご判断されたギルヴィス王陛下の命により、こうして私がお迎えにあがりました」

「グランデル王国が……」

 赤の王の顔がぱっと浮かび、少年はどこか不安そうに目を伏せた。

「……あの、ロステアール王陛下は、ご無事なのでしょうか……?」

 あの王が武勇に名高く、優れた魔法を扱える人物であることは知っている。それでも、実際の戦場で駆ける王を見たことがない少年は、不安になってしまうのだ。

「申し訳ありません。私も命を受けてすぐに発ちましたので、詳細は存じ上げないのです。詳しいことは、この先でお待ちのギルヴィス王陛下よりお話があるでしょう」

 男の言葉に少年は思わず彼を見たが、後ろからでは前を向いている彼の表情を窺うことはできない。

(王様が、こんなところに……?)

 少年のようなただの庶民が王意を量ることなどできる筈がない。だが、それにしても、たかだか国民ひとりのために国王自らがこのような場所まで赴くのはおかしい気がした。

(僕がエインストラかもしれないから……? いや、だとしても、やっぱりこんなところまで来るのはおかしい気がする。だって、グランデルが襲われたってことは、この国にも何かあるかもしれないってことで、そんなときにわざわざ王宮から離れるようなことをするのかな……)

「キョウヤ様? どうかされましたか?」

 訝しむような声を受け、少年は咄嗟に、不安と安心感がないまぜになったような表情を作った。

「いえ、ロステアール王陛下がご無事だと良いなと、少し、不安になってしまいまして」

「ああ、キョウヤ様はグランデル王陛下と恋仲でいらっしゃいましたな。……心中お察し致します」

 そう返された言葉に、やはり違和感を覚える。何がひっかかるのかまではうまく判らないが、何かがおかしい気がするのだ。

 だが、結局その答えを見つけられないまま、少年を乗せた騎獣は林の最深部まで到達してしまった。辿り着いたそこには、十数人程度の兵と淡い金髪の少年、ギルヴィス王が待っていた。

「ああ、キョウヤさん! 良かった、ご無事だったのですね!」

(ほ、本当にいた……)

 自分が抱いた不信感は杞憂だったのかと安堵しつつ、少年は慌てて騎獣から降りて深く叩頭した。

「え、ええと、この度は、お手数をお掛けしてしまって、申し訳、ありません」

 何を言えばいいのか判らずに取り敢えず謝罪した少年だったが、そんな彼の肩をギルヴィスがそっと撫でる。

「貴方が謝罪することは何もありませんよ。さあ、どうか立ってください。ここも危険でしょうから、すぐに出発しなければ」

 ギルヴィスの言葉に、少年は思わず顔を上げた。

「え、あの、危険、なんですか……?」

 店を出たときも特に騒ぎが起こっている様子はなかったし、この林だって静かなものだ。少年には、現状からここが危険だと判断することはできなかった。

「ええ、いつ帝国兵が襲ってくるか判りませんからね。けれど、心配する必要はありませんよ。更に離れた地に安全な場所を用意しました。あそこならば、敵の手が及ぶこともないでしょう。ここまで貴方をお連れしたダリが引き続き護衛しますので、どうか貴方は先にそちらに向かってください。私たちは、ここに残って民を守らなければ」

 せかすようにそう言ったギルヴィスに対し、少年は不安そうな表情を変えないまま幼い王を見た。

(……なんだろう、何か、おかしい気が……)

 ギルヴィス王は、幼いながらにも聡明な王だ。他でもない赤の王がそう明言していたのだから、恐らくそれは事実なのだろう。そして、だからこそ、どうしても違和感が拭えないのだ。

 聡明な国王が、このような場所に自ら足を運ぶだろうか。それほどまでに危機的状況なのだとしたら、こんな少人数の護衛のみで来るだろうか。そして、狙われているという少年に護衛を一人しかつけないだろうか。

「……あの、」

 努めて普段通りの声を出せば、ギルヴィスは人当たりの良い笑みを返してきた。

「何でしょうか。私に答えられる範囲のことでしたら、お答えしますよ。そうした方が、貴方の不安も少しは和らぐでしょうから」

「…………ロステアール王陛下は、ご無事なのでしょうか……?」

 恐らく、それは恋人を案じるあまり零れてしまった言葉に思えただろう。だからこそ、ギルヴィスはほんの少し困った表情を浮かべた後、そっと目を伏せた。

「……すみません。詳細な情報がまだ手に入らないため、今すぐにはお答えできないのです。……けれど、」

 そこで一度言葉を切ったギルヴィスは、案じるような目で少年を見た。

「……今回ばかりは、ロステアール王も苦戦なさるかもしれません」

 瞬間、少年の背筋を走ったのは、自身の危機を知らせる怖気だった。心臓が早鐘のようにばくばくと鳴り、掌にじわりと汗が滲む。

 グレイ・アマガヤは、魔術の指南をする傍ら、様々な情報を少年に与えていた。例えばそれは帝国の歴史であったり、円卓の国々の特徴であったり、戦術のようなものであったりと多岐に渡っていたが、考えなしに詰め込んでいた訳ではない。グレイが少年に与えたのは、こういった事態に対応するための知識だった。だからこそ、少年はその知識を以て現状を把握するために、赤の王のことを尋ねたのだ。

 故に、

(この人は、ギルヴィス王じゃない……!)

 ギルヴィスならば、赤の王の無事を疑うような発言はしない。それは、グレイがはっきりと言っていたことだ。そしてこの場で考えられることがあるとすれば、帝国がギルヴィスを騙り、少年をどこかへ連れて行こうとしている可能性だろう。

 しかし、目の前のこれがギルヴィスではないとしたら、周りの兵も十中八九帝国の手の者だ。そんな中で、少年に何ができるだろうか。自分がギルヴィスの正体に勘付いたことを悟られぬように努めるくらいのことはできるが、それでこの場を抜け出せる訳でもない。

 この場所はまだ良い。王都から近く、誰かの助けを期待することもできる。だが、ここから更に別の場所へ移動するとなると話は別だ。幸いなことにここにはデイガーの姿は見えないが、次の拠点にはいるかもしれない。となると、空間魔導で帝国へ飛ばされてしまう可能性は低くないように思えた。

(とにかく、ここを離れないようにしなきゃ……!)

 だが、どうすればいい。この状況下で変にこの場に留まろうとすればすぐに怪しまれるだろう。ここに来て今更家に戻ろうとするなどおかしな話だ。いっそ脚が痛むということにでもしようかと思ったが、ここまで普通に歩いてきたのだから不自然すぎる。そもそも騎獣がいるのだから、それに乗せられてしまえばそれまでだ。

 どうする。この敵の真っただ中で、できる限り自然に、長い時間この場に留まるためには、どうすればいい。

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