異変 4
「……さすがはロステアール王陛下。出過ぎたことを申し上げてしまったこと、深く謝罪致します」
深々と頭を下げたミハルトに、王は気にするなと笑った。
「物怖じせずに自分の考えを述べるのはお前の美点だし、私はお前のそういうところを好ましいと思っている。実際、お前の感じる疑問は尤もであり、それを伝えるということは非常に重要なことだ。私が誤らないという保証はないのだからな。今後も頼りにしているぞ」
「勿体ないお言葉です」
ミハルトがこうして王の策に苦言を呈する光景は、実は見慣れたものである。ミハルト自身が切れ者なのもあり、王の作戦に対して異を唱えるのは大体が彼だった。問答の際に少々失礼な態度を取りがちな部下に、ガルドゥニクスはいつもハラハラしているのだが、当の国王はいつもミハルトとの問答をにこにこと楽しんでいるようなので、彼も団長として強く咎めることはしていなかった。結局最後にはミハルトも王の意見が正しいと感嘆するのが常のことだったので、実際そこまで問題はない。
ただ、一度だけあまりに議論が白熱しすぎてミハルトがやや暴言のようなものを吐いてしまったことがあり、そのときばかりは歴戦の猛者であるガルドゥニクスも肝を冷やしたものだ。あれはもう本当に怖かった。王がではない。すました顔で王の隣に立っているそこの宰相がである。
そんなことを思い出しながら、ガルドゥニクスは国王に向かって口を開いた。
「陛下のお考えは理解しましたが、もし国境を襲ったのが陛下のお手を煩わせねばならないほどの強敵だった場合、帝国の狙いは金の国で、陛下をそこから遠ざけようとしている可能性が高いのでしょう? そんな中でギルガルドから戦力を削ぐのはやはり問題があるのでは?」
ガルドゥニクスとしては当然の疑問を述べたつもりだったのだが、そんな彼をミハルトがやや呆れたような顔で見た。
「何を言っているんですか、団長。あそこまでのことをお考えの陛下が、そんな団長ですら考えつくような問題点に気づいていないはずがないでしょうに。当然、抜かりなく対策済みなのですよ」
小馬鹿にしたような物言いに、ガルドゥニクスが引き攣った笑みを浮かべる。だが、おおらかで優しい性格の彼が怒ることはなかった。実際、ミハルトの方が頭が回るのは事実なのだ。それに、彼がこういう生意気な態度を取るのは懐いている証拠である。それを十分理解しているので、こういう失礼な態度も大目に見ることにしていた。
「……ガルドゥニクス団長も大変ですね」
ずっと黙って控えていたレクシリアがぽつりと漏らした声に、ガルドゥニクスは曖昧な微笑みを返した。
「ふむ。グランデルの民はどうにも私を過信していていかんな。私は万能ではないというのに」
「しかし陛下、金の国から欠けることになる戦力分の補強は既になさっているではないですか。それこそ、ある意味補って余りあるほどに」
さらりと言ったレクシリアに、王が苦笑する。そんな王の様子に、ミハルトはほら見たことかという顔をしてガルドゥニクスを見た。
話が纏まったところで、今後の動きについて四人が相談をしていると、慌ただしい音と共に会議室の扉が開かれた。そして、そこから転がるようにして駆け込んで来た文官が叫ぶ。
「国王陛下に申し上げます! デディ騎士団団長より緊急報告! 敵があまりに強く、団員への被害が甚大! 現在はデディ騎士団長がなんとか食い止めているそうですが、それもいつまで保つか判らないとのことです!」
「敵の数は?」
王の問いに、文官がやや青ざめた顔を王に向ける。
「一人、と」
その言葉を聞くや否や、王は椅子を倒す勢いで立ち上がった。
「全ての連合国に緊急連絡! デディ騎士団には私の到着までなんとか持ち堪えるように伝えろ! レクシィ、私が戻るまで、緊急時の全権をお前に預ける!」
そう言い残し、返事を待たずに王は部屋を飛び出した。
グランデル王国における五つの騎士団は、非常に優れた能力を誇っている。その騎士団の団長が苦戦を強いられるとなると、それは紛れもない強敵だ。
勿論、こうなる可能性を予想していなかった訳ではない。だが、予想していた中では最悪の部類に入る事態である。
(こうなってくると、ギルガルドへ襲撃がある可能性は高いか。そのあたりはレクシィが指揮を取って向こうに伝えるだろうが、それくらいのことは帝国側も予想している筈。……恐らく、こちらからの伝達が届く前に、既に何かが仕掛けられている)
それが何かまでは、王にも判らない。ただ、再び大きな事件が起きようとしていることだけは事実だった。