異変 3
「どういう意味だろうか」
「我が国は、戦ごとが得意ではない金と薄紅に囲まれております。故に、両国に大事あらば我が国から戦力を派遣することとなるでしょう。つまり、帝国の狙いが本当に王都で、そのために最大戦力である陛下を王都から離れた場所に誘き寄せて足止めするというのであれば、国境のような半端な場所ではなく両国を狙う方が得策だと考えます」
「しかし、金と薄紅を狙えば、我が国に加えてその国の軍部をも相手取らなければならなくなる。それよりは一国を相手に仕掛ける方が安全策ではないか?」
王の反論に、しかしミハルトは首を横に振った。
「これがグランデル王国以外の国での話ならば、陛下の理論は正しいでしょう。しかし、我が国を対象として考えるならば得策とは言い難い。……陛下も十二分にご承知の筈です。シェンジェアンとギルガルドは、円卓の連合国の中では著しく防衛力に欠ける国だ。正直に申し上げますと、我が国の騎士団のみで戦うよりも、両国を守り、協力しながら戦う方が遥かに難しいと私は思います。無論、薄紅には黒が、金には橙がそれぞれ加勢するでしょう。しかし、それを踏まえたとしても、我が国からもそれなりの戦力を派遣せざるを得ない。そしてそうなった場合は、今回の比ではないほどに王都の守りは薄くなる。……少なくとも私がこの国を落とそうとするならば、そう致します」
「ふむ。その考えを根拠に、此度の一件は王都を狙ったものではないと?」
王の言葉に、ミハルトは頷いた。
「隣国で騒ぎを起こさず、わざわざ東の国境のみを狙ったということはつまり、帝国が真に我が国の戦力を遠ざけたいのは西……、すなわち、金の国なのではないでしょうか。もし私の読みが正しく、帝国の狙いがまたもや金の国なのだとしたら、十中八九狙われるのはキョウヤ様です。その国から騎士団を撤退させるのは、愚策と呼べるものなのでは?」
「おい、ミハルト! その発言はさすがに度が過ぎるぞ!」
思わず強い語調で言ったガルドゥニクスを、王が手で制する。そして王は、ミハルトを見て微笑んでみせた。
「いや、さすがは中央騎士団副団長。鋭く的確な読みだ。私もお前の言っていることは全面的に正しいと思う。私がグランデルを落とそうとした場合も、お前と同じ作戦を取るだろう。……そして帝国も、恐らくはそうだ。本気でグランデルの王都を狙うのならば、グランデルではない場所で大事を起こすだろうな。何故なら、連中は王都を落とす際に一番の障害となるのが私であることをよく知っている」
「そこまでお考えになっていらっしゃるのならば、何故戦力をお戻しに?」
ミハルトの問いに、王は少し視線を落として思案するような表情を見せた。
「我々の言う最良の作戦を実行するためには、かなりの戦力が必要なのだ。なにせ最低でも二ヵ国で同時に大きな騒ぎを起こさねばならんのだからな。その上で、加勢に来た国々をも相手取って足止めする必要がある。……そうなると気になるのは、今の帝国がそれだけの戦力を持っているかどうかではないか?」
「……つまり、どういうことでしょうか」
「私はな、敵の戦力がもう少し詳しく知りたいのだ。黒の王が色々と情報を入手してくれはしたが、どうにも未だに全容が見えん。だからここは、敢えて敵の手に乗る。敢えて可能な限りの戦力を国内に戻すのだ。もし帝国に最良の手段を取れるだけの戦力がなかったならば、私のこの判断は非常に厄介だろう。他国を捨ててでも自国の守りに徹するとなれば、今回のような中途半端な囮は機能しないからな。当然、多少の焦りも見られるというもの。逆に敵に焦る様子が一切ないのであれば、それはすなわち、この襲撃自体に重要性の高い目的はないことを示している。さて、では仮に大きな目的のない襲撃なのだとしたら、一体何故彼らは仕掛けてきたのだと思う?」
試すように言った王に、ミハルトは僅かな沈黙の後に口を開いた。
「前回の襲撃から大きな間を空けないため、でしょうか。連続的な交戦というのは、それだけで互いを消耗させるものですが、確実に相手を疲労させることができます。戦力を多く持っているのならば、有効な手段であると言えるでしょう。……それに加え考えられることがあるとすれば、……何かしらの試験を行っている可能性、でしょうか」
ミハルトの回答に、王は満足そうに頷いた。
「やはりお前は優秀な騎士だ。いや、私もそう考えていたところでな。もし連中がグランデル王国の戦略を解析しようとしているのであれば、ここで正しい判断をするのは危険だ。やはり、わざと愚策を選択する方が無難だろう。そうすることで、少なくとも相手の戦力の目安が判る上、この程度の襲撃で王都の守りを固め出すような気弱な国であるという印象操作もできる。勿論、帝国の上層部にはこのようなはったりは効かんだろうが、現場の兵たちにはある程度有効だ。急激に強い力を手に入れたことも相まって、多少の慢心は招いてくれるだろう」
王の言葉に、ミハルトは素直に感嘆した。
確かに、ここで西に派遣している戦力を戻さないままでいれば、敵の作戦を読めているということと、その程度の戦力ならば欠けたところで大した問題はないという事実が露呈してしまう可能性がある。しかし、王が判断したように戦力を呼び戻せば、こちら側から相手に渡る情報は限りなく少なくなるだろう。もし敵がそこまで考えておらず、回せる戦力の全てを国境につぎ込んだだけのことだったとしても、赤の国で問題が生じることはない。
つまり王は、どう転んでも最も被害の少ない選択をしたのだ。