表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
88/259

異変 2

 そんなこんなで、初日は別に行きたくもない城下街へ連れて行かれるし、次の日は知られたくない過去を知られてしまうしと、割と散々な目にあっていた少年だったが、残りの二日間は非常に穏やかなものであった。王の寝室で眠るのは当然のことながらどうにも慣れなかったが、それ以外は快適な生活だったと言えるだろう。特に、何故だかグレイとは相性が良いようで、彼との会話はそれなりに楽しむことができた。

 どう足掻いても魔術を使いこなせない自分に、それでもやたらとグレイが色々な魔術を教えてくるのは不思議だったが、知っておくに越したことはないだろうとの判断だったのだろう、多分。

 結局、グランデル王国に滞在している期間中、特に大きな事件が起こることもなく、日常よりは少しだけ刺激的程度の時間を過ごして、少年は帰っていった。

 王にしても少年にしても、その後も常と変わらない日々を送っていたのだが、少年がギルガルド王国に帰ってからひと月ほど経ったある日、ついにその穏やかな日常に影が落とされることとなった。




 ばたばたとした足音と共に、ノックもなしに国王の執務室の扉が開かれる。

「申し上げます!」

 入室すると同時にそう叫んだのは、東西南北に配置している騎士団との伝達を担っている文官のひとりであった。

 この文官の地位は決して高いものではなく、通常であれば国王の執務室に無許可で入室することなど有り得ないような身分であったが、ここグランデルでは、有事の際は高官の許可を得ることなく誰でも国王に謁見する権利が与えられている。

 つまりこれは、高官に話を通す時間すら惜しい事態が発生したということに他ならない。

 手にしていた書類を机に置いた王は、隣に控えていた側仕えにすぐさま宰相を呼ぶように指示を出し、それから、息を切らしている文官に視線を戻す。

「何事だ」

「東の国境付近にて、我が国の山を切り崩し、人為的な土砂災害を引き起こすという大規模な破壊工作が発生。すぐさま東の砦よりデディ騎士団が鎮圧に向かったとの報告を受けました」

「薄紅との国境か。民とあちらへの被害は?」

「土砂が流れ込んだのは我が国のみで、現在のところシェンジェアン王国の領土へ被害が出ているとの報告は受けておりません。ただ、土砂に埋もれた場所は我が国とシェンジェアン王国とを繋ぐ陸路の一部であるため、商人や旅人等が巻き込まれた可能性は否定できず、この事態を受け、デディ騎士団長からは、敵を確認次第、出来得る限り我が国側へ誘い込むよう努め、同時に別部隊に被害地での救助活動を行わせるとの旨の報告を受けております」

 文官の報告に、王が頷く。

「薄紅は荒事にはやや不向きな国だ。あちらに敵を回さず救助活動を行うとなると、こちらにおびき寄せるのが最良か。騎士団長の判断、見事であると伝えてくれ」

「はっ」

「それから、ギルガルド王国に派遣しているルゲイス騎士団員の半数を西の駐屯地まで下がらせよ。同時に、西に派遣している中央騎士団の全てを首都に戻す。加えて、連合国への緊急事態通告も頼んだ」

「すぐさま周知致します!」

 一礼した文官が、執務室を駆け出ていく。それと擦れ違うようにして、今度はロンター宰相が入室してきた。

「来たか、レクシィ」

「話は道中で別の文官から聞きました。東の国境で大事だそうですね」

「ああ、まず間違いなく帝国の仕業だろう。我々や薄紅に気づかれずに山を崩すとなると、例の空間転移魔導で突発的に大軍を寄越したか、もしくは恐ろしく腕の立つ者を目立たぬ程度の人数だけ寄越したか……。前者ならばまだ良いが、後者の場合、相手の力量次第では私が出る必要があるやもしれん」

 騎士団では手に負えないほどの敵であったならば、王が直接鎮圧に赴くとの言に、レクシリアは心得ていると頷いた。

「ご出立の準備は既に始めております。このような有事となれば、いつものようにグレンに乗る訳にはいかないでしょう。ライガをお使いください。グレンほどとはいきませんが、国内ではグレンに次いで速度が出ます」

 グランデル王国自体に危害が加えられている以上、王と王獣が同時に王都を離れるのは得策ではない。国境で起こった件が囮で、狙いが王都だった場合を考慮すると、王都を守る戦力を著しく低下させる訳にはいかないのだ。これは王都だけでなく他の地方の要となる都市にも言えることで、だからこそ王は、金の国に派遣している戦力を戻す判断を下したのである。

 レクシリアの提案に頷きを返しながら、王は卓上に大陸の地図を広げた。

 各国や各地方との連絡に使っているのは、早駆けに優れた幻獣の、雷光鳥(ユピ)だ。扱いが非常に難しい小鳥で、彼らを使った伝達が行えるのは国内でも優れた文官のみだったが、その速度は他の幻獣や騎獣の脚を遥かに凌ぐ。雷光鳥(ユピ)の翼ならば、王都から東の国境までにかかる時間はそこまで長いものではないだろう。

「この距離ならば情報の伝達には困らないが、私が向かうとなるとやはり時間がかかるな……」

「陛下の到着を待たずにデディ騎士団が壊滅するほどの事態、となると、それこそ前代未聞です。今回はそうではないと思いたいところですが……」

「最悪を想定するに越したことはないな。……続報を待たず、今すぐにでも出るべきなのやもしれんが、それこそが相手の狙いである可能性もある。やはり、東からの連絡を待つよりほかないか」

 せめてもう少し情報があれば判断のしようもあるが、それが来るのは次の伝達だろう。

「いずれにせよ、次の手を考える必要がある。至急、中央騎士団の団長と副団長を呼んでくれ」

「そちらも既に手配済みです」

「ふむ、相変わらず優秀な宰相だな」

 王の言葉に、レクシリアの表情が僅かだが嬉しそうに緩んだようにも見えたが、一瞬のことだったので真偽のほどは定かではなかった。

 レクシリアの言う通り、ほどなくしてグランデル王立中央騎士団団長であるガルドゥニクスと、副団長のミハルトがやってきた。

 筋骨隆々としたガルドゥニクスと比べると副団長のミハルトはやや見劣りがする青年であったが、魔法の腕も剣の腕も確かなもので、こと軍略においては団長であるガルドゥニクスも舌を巻くことがあるほどの人物である。

「東で大事と聞きましたが、我々中央騎士団も加勢に行くべきでしょうか」

 軽く一礼をしてからそう言ったガルドゥニクスに、王が首を横に振る。

「いや、デディ騎士団を以てしても対処できない事態ならば、中央騎士団を向かわせるよりも私が出向いた方が良いだろう。二度手間になった挙句、手遅れになる可能性も否定はできんからな」

 聞く者によっては辛辣にも聞こえるかもしれない言葉だったが、王に中央騎士団を貶めるつもりはなく、それはガルドゥニクスもミハルトも重々承知していた。

「私が出るとなれば、王都の守りが薄くなる。それを見越し、金の国に派遣していた騎士の半数を西の砦に戻し、更に西の砦からも中央騎士団に人員を呼び戻すこととした。東からの連絡が来るまではどうなるか判らぬが、もし私がここを空けることになった場合、ガルドゥニクスには全騎士団員を統括し、王都の守護に尽力して貰いたい」

 その命にガルドゥニクスは頷いたが、ミハルトは納得ができないといった面持ちで王を見た。

「畏れながら申し上げます、陛下。一部の戦力を派遣場所から撤退させるとの話、私には些か腑に落ちません。人員を呼び戻すのは王都の守りのためと仰いますが、そもそも王都に守りが必要でしょうか?」

 王の命に否を唱えたミハルトに、王は彼に視線をやった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ