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異変 1

 まだ日が昇って間もない早朝。眠りから覚め始めた少年は、傍らに温もりがあることをぼんやりと認識した。まだはっきりとしない意識のまま、じんわりとした心地好い温かさに擦り寄る。すると、頬を寄せた温度と似た温度が、自分の頭をゆるりと滑るのを感じた。

(あったかい……)

 うすぼんやりとした頭でそんなことを思った少年は、しかし温もりが何度か髪を往復したあたりで、何かがおかしいと気づく。違和感に気づいた頭は急速に冴えていき、少年は自分が身体を寄せているものが何なのかを確かめようと、そろそろと顔を上げた。

「ああ、目が覚めたのか? おはよう、キョウヤ」

 少年の眼前、本当に至近距離で微笑んだのは、赤の国の国王であった。

「っ!?」

 驚きのあまり声すら出せなかった少年が、目を見開いて固まる。

 なんだって国王がこんなところで寝ているのだろうか。ここは少年に割り当てられた部屋であって、王が寝るべき寝室ではないだろうに。というか、そもそもなんで他人と同じベッドにいたのに自分は目を覚まさなかったのだろう。少年は他人というものがとにかく苦手だから、普通は誰かが隣にいるときに眠ることなどできないのに。

 一体何が起こったのかまるで理解できない少年だったが、王はいつものにこにこした表情でそんな彼を撫でている。

「どうした? まだ眠いのか?」

「え、あ、い、いえ……」

 言葉を濁しながら、引き攣った笑みを無理矢理浮かべる。

 大丈夫。少しだけ狭い視界はいつものそれだし、余計なものが映ることもないから、どうやら右目は晒されていないようだ。

 そのことに安堵しつつ、少年はそっと王から離れようとした。が、身体が動かない。何事かと少しだけ身を捩ると、王の片腕が腰をがっちりと抱いているのが判った。少年にとっては著しく過度なその接触に、かわいそうな彼はまた引き攣ったような小さな悲鳴を漏らしてしまう。

「どうした? 大丈夫か?」

 心配そうな顔がこちらを覗き込んできて、少年は慌てて少しだけ視線を落とした。この王の瞳を直視する訳にはいかない。

「いや、あの、」

 どうやら王は本気で心配してくれているらしいが、大体全部王のせいである。

「……ええと……、なんで、貴方がここに……?」

 昨夜のことはなんとなく覚えているが、それにしたって王までここで寝る必要はないはずだ。大人しく自分の部屋に帰って寝てくれれば良かったのに、と少年は心の底から思った。

 少年の問いにきょとんとした顔をした王は、首を傾げた。

「何故も何も、ここは私の寝室だからな。私が寝ておかしいことは何もない」

「…………は?」

 言われた意味が理解できず、少年は呆けた顔をしてしまった。普段の少年ならば感情を表情に出すことはほとんどないのだが、どうにもこの王相手にはうまくいかないようである。まあ、今更ではあるが。

「えっと……、……ここ、貴方のお部屋、なんですか……?」

「ああ、聞いていなかったか?」

 初耳である。

(え、は? いや、だって、一体どこに王様の部屋を客に使わせる国があるの……!?)

 残念ながらここにある。

 案の定、混乱と畏れ多さとで目を白黒させている少年に対し、王は何故だか楽しそうに笑ってみせた。

「いや、家臣たちに、恋人なのだから同じ部屋で寝ても良いだろうと言われてしまってな。正確にはまだ恋人ではないと言ったのだが、連中は私の言うことなど聞きもせんのだ。まあ、キョウヤと共寝できるのは私も嬉しいし構わないか、と許可することにした」

 にこにことした顔で王はそう言ったが、王が良くても少年の方はまるで良くない。

 少年も薄々は勘付いていたが、この王、どうにも思考が一般とずれている上に、割と我が道を突き進む人なのかもしれない。

「……はあ、そうですか……」

 どうにかして今からでも部屋を替えて貰えないだろうか。確かにこの王に対する感情は日に日に好転しているのだろうけれど、だからといって共寝したいかと言われると、断れるものなら断りたいというのが本音である。

「ところでキョウヤ」

「え、あ、はい。なんですか?」

 密着している現状が心地悪く、いい加減離してくれないだろうか、などと考えていた少年だったが、王に名を呼ばれて慌てて返事をする。

「そろそろ、その敬語を外しても良い頃合いだとは思わんか?」

「……は?」

 相変わらず王の言葉は前後が抜けていて、少年に理解させる気がないのではないかと疑いたくなってしまう。

 何がそろそろなのかも判らないし、何が頃合いなのかも判らない。つまりやっぱり、王の言っていることが判らない。

「ええと……?」

「いや、私とお前の仲なのだから、そのように堅苦しい敬語を使うことはないだろう。いつまでもそれではお前も肩が凝ってしまうだろうし、私も壁を感じてしまって少し寂しい」

 一体どんな仲だというのだろうか。

 というか、確か昨夜、寂しいという感情を知らないと言っていたような気がするのだが。いやでも、これは少年が関わる事象だから、もしかすると本心なのかもしれない。

 かわいそうな少年は、既に王に毒されてしまっているのか、そもそも自分の肩が凝ることはないし、何ならこのまま敬語でいる方が自分にとってはまだ気が楽だという事実に行き当たることができなかった。

「……その、今貴方が言った寂しいって……?」

「そこを突っ込むのか? いや、キョウヤは中々に豪胆な子だなぁ」

 そう言って笑った王が、わしゃわしゃと少年の頭を撫でる。

 もしかすると失礼なこと言ってしまっただろうかと、少しだけ顔を青くした少年だったが、王が機嫌を損ねた様子はなかった。

「恋人から距離を取るような対応をされては、一般的に寂しいと感じるものなのだろう?」

「え、ああ、……はい、多分」

 つまり、そういうことだ。

 何故だか少しだけほっとした少年は、一瞬迷うように視線を彷徨わせてから、そっと王を窺い見た。

「……あの、それでも、敬語は嫌、なんですか……?」

「そうだな。私は少しでもお前と親しくなりたいと思っているし、私が私としてお前個人と接しているときは、できれば王ではなく私として在りたいとも考えている。だから、お前が敬語を外してくれる方が嬉しい。……恐らくは、心からそう思う」

「…………でも、」

 国王陛下を相手に、敬語を使わないなど。自分の価値をどうしようもなく低いものだと思っている少年にとって、それは非常に難しいことだ。

 だが、そんな少年の顎を優しく掬い上げて、王は眼帯に覆われていない彼の瞳を覗き込んだ。

「私はそうして貰いたいのだが、……駄目か?」

「っ、」

 金色の瞳の中で、炎が揺れる。やはりこの瞳がこの上もなく美しくて、この美しさを永遠に約束されたのだということを思い出した少年は、どうしてだか頬が上気するのを感じた。

 そしてこうなった以上、少年は白旗を振ることしかできないのである。

「……あなた、やっぱり、ずるい」

 呟くように零された言葉はやはり、王を責めるような色を含んでいて。それを受けた王は、満足げに微笑むのだった。

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