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天ヶ谷鏡哉 4

 四人が向かった先は、いくつか存在している来賓室のひとつだった。王と王の賓客が使うような部屋ではなく、高官が用いるような部屋なのだが、一番近くにあるこの来賓室で良いと王が言ったのだ。

 上質なソファに座った王と、それに向き合う位置にあるソファに座った『アレクサンドラ』。そして、王が座るソファの背後にはレクシリアとグレイが立っている。

 背の高いレクシリアが立っているのは些か圧を感じるだろうから座れと王は言ったのだが、相手がキョウヤではなく『アレクサンドラ』である以上親しい身内として考えることはできず、身内ではない人物の前で臣下である自分が王と共に座るわけにはいかないと、レクシリアが言い張ったのだ。

 レクシリアが対外的な場では臣下としての立場を貫きたがるのはいつものことなので、王は彼を説得することをさっさと諦めて好きにさせることにした。この宰相は、非常に優秀だが非常に頑固なのだ。

 ちなみにグレイは、じゃあオレは座ると言って座ろうとしたのだが、レクシリアに咎められて仕方なく彼に付き合って立つことになった。

「さて、どこまで話して貰ったのだったか」

「私たちが天ヶ谷ちようの人格であるというところまでだ」

「ああ、そうだったな。それでは、……そうだな。まずはその人格とやらについてそれぞれ聞かせて貰おうか。察するに、各人格には役目があるように思える」

 そう言った王に『アレクサンドラ』が一瞬嫌そうな表情を浮かべた。相変わらず真を突いてくる発言が不快だったのだ。

「天ヶ谷ちようが生み出した人格は四つ。それぞれ、グレイ、アレクサンドラ、迅、鏡哉という名前がついている。それぞれの人格を簡単に説明すると、まずグレイは、置かれた状況を整理し、俯瞰的な視点で最もちようのためになる道を模索するための人格だ。誰よりもちようのことを考えている反面、それ以外のことには無頓着で、ちように危害を加える恐れがある者は誰でも敵視する。……今回そちらの魔術師に危害を加えようとしたのは、この人格だ。ちようの名を知っている貴方を看過できなかったのだろう」

「……どことなくオレに似ていると思ったが、名前までオレと同じ天ヶ谷グレイなのか。そりゃ、偶然にしちゃあできすぎだな」

 その言葉に『アレクサンドラ』は表情を変えないままグレイを見た。

「それに関しては、私も驚いている。まさかこんなにも容姿の似ている、『グレイ』ではない別のグレイが存在するとは。……これも魂の輪廻というもので、どちらかがどちらかの生まれ変わりなのだろうか」

 小さく首を傾げた『アレクサンドラ』に、王が、いや、と口を開いた。

「はっきりそうと言い切れはしないな。仮にこちらのグレイがお前の中の『グレイ』の生まれ変わり、もしくは逆だとしたら、人格である『グレイ』に特有の魂があるということになる。輪廻とは魂が肉の器を替えることで生じる現象だからな。魂がないものが生まれ変わることはないのだ。……だが人格の『グレイ』に魂が存在するとしたら、キョウヤの身体には複数の魂が入っていることになってしまう。無論、可能性として有り得ないことではないのだろうが、少なくとも私はそんな人間の存在を聞いたことはない。仮に肉体が生まれた瞬間から複数の人格が存在していたというのならば、理論上この説の信憑性も増すというものだが」

「そういうことなら、この身体に複数の魂が入っている可能性は低いと考えるべきだと思う。私たちは、ちようが生まれたときから存在していたわけではないから」

「なるほど。だが、現状こちらのグレイと『グレイ』という人格との間に関係がないとも考えにくい。となると、……魂が割れたか、統合されたか……。いずれにせよ、ヒトの領分を著しく超えた何かが起こったことは確かだろう」

 王の呟きに、レクシリアがちらりとグレイを見た。

「陛下は、こちらのグレイとあちらの『グレイ』の魂は同じものであるとお考えなのですね?」

「確証を持っている訳ではない。だが、その可能性が最も高いと考えている。……問題は、魂が割れたにせよ統合されたにせよ、それがいつどのように生じたかだな。今のキョウヤの身体に入っている魂がひとつなのだとしたら、複数の魂が統合された状態で転生したか、もしくはこれから魂の分割が起こるか、そのどちらかになる。そしてどちらにせよ、それらはヒトが関わることのできぬ現象だ」

「つまり、過去か未来において、キョウヤにはヒトならざる何か、それも恐らくは遥か高位の存在との関わりが発生している、ということですか」

 レクシリアの言葉に、王が頷く。

「それがエインストラや帝国の一件と関連しているかは判らん。だが、今後のことを考える上で、このことを念頭に置く必要はあるだろうな」

「オレも陛下と同意見です。……ちよう、アレクサンドラ、迅ってのは、オレが元いた世界の兄と妹と弟の名前と全く同じですからね。キョウヤって名前だけは聞いたことがないですけど、五つの人格のうち四つがオレの兄弟と同じ名前ってのは、やっぱり偶然にしてはできすぎてる」

 そう言ったグレイにやはり頷きを返した王は、『アレクサンドラ』に視線を戻した。

「話の腰を折ってしまってすまない。残りの人格についても訊かせて貰って良いだろうか」

「ああ。私、アレクサンドラは、主に記憶の整理を担っている。ちようにとって精神的に負荷が掛かり過ぎるような記憶を、私が引き受け、ちようの心を守るんだ。ただそうすると、私が引き受けた記憶の部分が空白になってしまうため、不都合が出ない程度に記憶を改竄し、穴埋めをしていた。迅という人格は、端的に言えば破壊衝動の塊だな。ちようが抱いた周囲に向ける憎悪や破滅願望のような負の感情のみを引き受けていて、この人格が表に出たときは、その場にあるものは全て敵であり破壊対象であると認識される。そういう意味では、一番危険な人格だろうか。だからこそ、この人格が表に出てくるのは命に関わる危機的状況に陥ったときだけだ」

「なるほど。私が金の国の貿易祭で出会ったのは、その迅という人格だな? 確かにあのときは危機的状況だった」

「その通りだ。尤も、貴方が来たことによってその危機はなくなったと判断されたので、すぐに表から引っ込めてしまったが」

 肩を竦めてみせた『アレクサンドラ』に、王が頷きで応えた。

 これで概ねのことは判った。一人の人物の中に五人の人格が共存していることは驚きだったが、多重人格自体は驚愕するほど珍しいものではない。王がわざわざそれを言うことはなかったが、ここまでの話は予想していたものとほとんど同じだと言っていいだろう。では、そもそもどうして複数の人格を生み出すことになったかだが。

「……事の発端は、両親からの虐待、か?」

 呟いた王に、『アレクサンドラ』が一瞬眉根を寄せる。

「……何故そう思う」

「見ていれば判る」

 王の発言を受け、グレイがちらりとレクシリアを見た。貴方は気づいていたかと尋ねる視線に、レクシリアは黙って首を横に振る。

 一方の『アレクサンドラ』は、深く溜息を吐いてから睨むようにして王を見据えた。

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