天ヶ谷鏡哉 3
「キョウヤが天ヶ谷ちようの人格のひとつ、だと……?」
告げられた事実に思わず言葉を漏らしたグレイを、『アレクサンドラ』が見る。
「鏡哉だけではない。私もグレイも、それからもう一人、迅という人格もいるが、それらは全てちようが生み出したものだ」
「それじゃ、まるで、」
天ヶ谷鏡哉などという少年は初めから存在しないと言っているようなものではないか。
突然の告白に、グレイは思わず王を見た。もし『アレクサンドラ』が言ったことが真実だった場合、最も影響を受けるのは王だと思ったのだ。
グレイはレクシリアほど王のことを知っている訳ではなかったが、ロステアール・クレウ・グランダという人物にとって誰かを愛するということが奇跡のようなことだというのは、なんとなく判っている。そんな奇跡を起こした相手が、ただの人格に過ぎなかったなど。きっとグレイならば耐えられない。
だから、グレイが王に向けた視線は、きっと王を心配してのものだった。王がたかだか恋愛ひとつで損なわれてしまうような存在でないことは判っているが、それでも、この仕打ちはあまりにもあまりだと思ったのだ。
しかし、見上げた王の表情が常と変わることはなく、寧ろ彼は、グレイの方を見て少しだけ心配そうな顔をして見せた。
「こらこら。そう思い詰めたような顔をするものではないぞ」
「……別に、そんな顔してねェ」
「何を言う。お前にしては珍しく、私を案じるような表情を浮かべているではないか。これは明日は槍が降るかもしれんな」
そう言って茶化した王が、今度はレクシリアの方を見てその肩を軽く叩いた。
「レクシィもレクシィだ。そんな酷い表情をしていては、折角の顔が台無しではないか」
それを聞いて、グレイははっとしてレクシリアを見た。そうだ。レクシリアはグレイとは比べ物にならないくらいに王を大切に思っているのだから、この事態に何も思わない訳がない。
何も言わないレクシリアに、王がやれやれと笑う。
「お前たちが何を思っているのか、大体の想像はつく。だが、心配するようなことは何もないのだ。キョウヤはキョウヤなのだから」
言われ、レクシリアが目を向けた先にあった王の顔は、常と変わらないものだった。
王が浮かべる表情自体には何の意味もないことをレクシリアは知っている。この王にとっての表情というのは、その状況において最も相応しい仮面を被る行為でしかないのだ。だがそれでも、王は心配することはないと言った。それならば、レクシリアが気に病むようなことはないのだろう。王は本質的な意味のない気休めのような言葉は吐かない人物だから、きっとそうなのだ。
ふっと表情が和らいだレクシリアに、グレイもようやく安堵したような表情を浮かべる。
そんな二人の気持ちが落ち着いたのを確認してから、王は改めて『アレクサンドラ』に向き直った。
「どうやら色々と込み入った話をする必要がありそうだ。話して貰えるな?」
「……そうだな。こうなった以上、貴方たちも尋ねたいことは多々あるだろうし、ある程度まではお答えする」
溜息と共に吐き出された言葉に、王は満足そうに微笑んで返した。
「それでは、まずはゆっくりと座って話ができる場所に移動しようか」