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城下町デート 6

「お前に気に入って貰えたら良いのだが。テディベアと違って確実に喜ばれるかどうかも判らぬ上、こういうものは何が最良か判らぬから難しいな」

 王はやはりテディベアに絶対的な信頼を置いているらしいが、テディベアは確実に喜ばれる贈り物ではない、と少年は思った。

「開けてみてはくれんか? 気に喰わないなら別のものを用意する」

「え、あ、はい……」

 こんな店内の、しかも贈り主と店主が見ている前で、気に入らないなどといった発言などできる訳がないのだが、王はどうしても今すぐにこの包装の中身を見て貰いたいようである。

 仕方なく少年が包みを開ければ、そこには鈍い草色の生地が入っていた。そっと手に取ってみると、そこそこ厚手のそれは、思った以上に柔らかだった。

「良ければ広げて見てくれ」

 王に言われ、手触りの良い布を広げてみる。そして、広げたそれに、少年は少しだけ驚いたように目を開いた。

「……これ、」

 少年が王から贈られたのは、獅子をモチーフにした刺繍が施されたマフラーだったのだ。

「通常のものよりもかなり丈を長くするよう注文したのだが、それだけあれば使いやすいか?」

「え、っと……」

 一瞬言われた意味が判らなかった少年だが、すぐに、首元を隠すのに十分かという意味だと悟る。心の内を見透かすことが得意な王のことだ。きっと、少年が首元を露出することを特に嫌っていることくらいは気づいていたのだろう。確かにこのマフラーは、今まで見てきたマフラーと比べると遥かに丈が長い。ということは、普通に作られるような商品ではないということではないだろうか。

「……これ、もしかして、特注、とかですか……?」

 恐る恐るといった風に尋ねた少年に、王が笑顔で頷く。

「ちなみに、刺繍は私をイメージして職人がデザインしたものだ。デザインだけならばお前に任せても良かったのだが……。ああ、ほら、デザインはお前が得意とするところだろう? だが、それではサプライズにはならんからな」

 なんだか王が色々と言っているが、特注品だということに顔を青くしてしまった可哀相な少年の耳には入っていない。

「そ、そんな、僕にそんな、高いのは、あの、」

 ただでさえ、一点物のテディベアを貰ってしまった後なのだ。これ以上高価な物を貰ってしまうと、本当に罪悪感で身動きが取れなくなってしまいそうだった。

「気に入らんか?」

「いえ、気に入らないとか、そういう訳じゃなくて、あの……、」

「……そうか。お前が欲しくないのであれば、残念だがこの品は処分することにするか……」

「ええ!? しょ、処分しちゃうんですか……!?」

 こんな高価そうなものを処分してしまうなんて、それは駄目だ。何よりも、この品はとても美しい一品である。こんな美しい品を捨ててしまうなんて、それは許容し難かった。

「お前に贈るために用意させた品だからな。お前がいらないと言うのであれば、処分するしかあるまいよ」

 いやいや他にも用途があるだろう、と思った少年だったが、王がそう言うからにはきっと本気なのだ。お金持ちの考えることは理解できないが、このマフラーが処分されてしまうのはあまりにもあまりである。

 何度か口をぱくぱくとさせた後、少年は諦めたように肩を落としてから、マフラーをそっと胸に引き寄せた。

「…………あの、ありがたく、頂きます……」

「おお、そうか! 貰ってくれるか! いや、しかし貰って嬉しくないものを無理矢理渡そうとは思わないのだ。何か気に入らない点があるのならば、より改善した品を用意させよう。どうだ?」

「いえ、僕には十分すぎるほど素敵なものだと思います。本当に、嬉しいですから」

 このマフラーを処分された上で新しい品を用意されるなど、たまったものではない。そんなことをされてしまったら、少年は今度こそ罪の意識で吐いてしまいそうだ。

 実際、このマフラーは素敵だと思うし、正直テディベアよりも嬉しい。それに、こうなったらもう貰うしかないのだろうと、少年は改めて覚悟を決めた。

「ありがとうございます。あの、大切に、します」

 マフラーを握る手に少しだけ力を込めてそう言えば、王は本当に幸せそうに微笑んだ。

「ああ、お前に喜んで貰えて嬉しいよ」

 そう言った王が、今度は店主の方を向く。そして王は、店主に向かって軽く頭を下げた。

「職人が丹精込めて作ったものに対し処分などという言葉を使ったこと、深く謝罪する。すまなかった」

「いえいえ、どうか頭をお上げください陛下。陛下が恋人様の不安を取り除こうと、敢えてそのような言葉選びをしようとしたことくらい、心得ております。それに陛下のことです。処分と言っても、大方ロンター宰相閣下にお譲りする、ということだったのではないですか?」

「これは参ったな。そこまで悟られていたか」

 そう言って笑った王に、店主も穏やかな笑みを返す。

「え、あの、……それじゃあ、捨てちゃうわけじゃ、なかったんですか……?」

 驚きを隠せない少年に微笑みかけたのは、店主だった。

「はい。ロステアール王陛下がそのようなことをされる筈がございません。陛下は誰よりも民を想い、その日々を民のために使ってくださっている素晴らしいお方なのです。その陛下が、民である我々の作ったものをないがしろにすることなど、有り得ません」

「は、はあ……」

 やはり、この国王は少年が思っているよりもずっと国民たちに信頼されているようだ。少年が住んでいる金の国の王も、どちらかというと民からの信頼が厚い方だと思うが、それでもこの王のように手放しで賞賛されることはないし、幼い王を良くは思っていないのだろう話を聞く機会もある。だが、この王は違う。少なくとも、少年がこの国に来てから出会った人たちは、皆例外なく王を讃え、崇めているように見えた。例外がいるとしたら、グレイくらいではないだろうか。尤も、そのグレイもこの王を悪く思っているようではなかったが。

「いや、そう褒めないでくれ。恥ずかしいではないか」

 王はそう言って笑ったが、店主の方はまだ賞賛し足りないのか、尚も王を讃える言葉を紡ぎ続ける。そんな店主に丁寧に応えてから、王は品物に対する礼を述べて、再び少年を抱き上げた。そして、案の定驚いて変な声を上げた少年を気にすることもなく、にこにこと微笑んで店の外に出る。

「さて、これで用事も済んだことだし、今度こそ本格的にデートを楽しむとするか」

「え、ええ、と……」

 もう十分デートらしきことはした気がするのだが、まだ何処かへ行く気なのかこの王は。

「あの、でも、そろそろ戻らないと、お仕事が……」

 のんびり歩いていたせいか、城下に降りたときと比べると日が傾いている。出掛けのグレイの怒鳴り声から察するに、王にはまだまだ仕事が残っている筈だ。

「まあ、仕事があるにはあるのだが、それよりも私はお前とデートがしたいし、何より我が国の臣下は皆優秀だからなぁ。私のようなポンコツがおらずとも、十分執務は回るのだ」

 国王にあるまじき発言をしてのける王に、少年がどう応えるべきかと困ってしまったときだった。

「お言葉ですが陛下。国には国の面子というものがございます。心底からどうしようもないポンコツ王だとて、せめて玉座で飾り物になるくらいの役には立てましょう」

 突然背後から掛けられた刺々しい声に驚いた少年がそちらを見れば、美しい顔に引き攣った笑みを浮かべて立っていたのは、グランデル王国宰相のレクシリアであった。

「なんだレクシィ、随分と早い迎えではないか」

 明らかに不満そうな声でそう言った王に、レクシリアが更に笑みを引き攣らせる。

「国王陛下におかれましては恋人様と仲睦まじく市井を探索していらっしゃるご様子、何よりなことと存じます。しかしながら、恋人様とのお時間をお邪魔することになろうとも、先程なんの前触れもなくいらっしゃった国賓をこれ以上お待たせする訳にはいかないと考え、誠に勝手ながらお迎えに上がらせて頂いた次第にございます。無論、陛下のささやかな幸福のときをお邪魔するのは大変忍びないと判ってはおりますが、国賓をないがしろにする訳にもいきません。これでもでき得る限り陛下のご意向に添えますようにと、贈り物を渡し終えるまでお待ち申し上げた訳ですので、ここはどうか、私の気持ちを汲むと思ってご帰城頂けないでしょうか」

 そう言って深々と頭を下げたレクシリアに対し、王が、ふむと頷く。

「予定にないてめぇの客の来訪にこっちは困ってるんだ。国賓クラスの客を招いているなら事前に言え。その上その国賓を待たせてほいほい遊び歩いてんじゃねぇぞこのクソ王が。判ったら今すぐ帰れ。……直訳するならばこんなところか?」

「私が思っていた以上に深くご理解頂けましたようで、結構でございます」

 にこりと微笑んだレクシリアだったが、相変わらず頬の端が引き攣っているように見える。これはかなりご立腹のようだ。

 そんな彼を見てもなんとも思わないのか、王はにこやかな表情を保っているが、少年の方はそうはいかない。やはり怒らせてしまったと青褪めて、思わず手元にあったマフラーをぎゅっと握れば、それに気づいた王が頬にキスを落としてきた。

「怯えなくとも良い。レクシィが怒っているのはお前ではなく私だ。レクシィもそうピリピリするな。キョウヤが怯える」

 王の言葉にレクシリアの額に青筋が浮いたように見えたが、次の瞬間には跡形もなく消え、深呼吸の後、彼は常と変らぬ微笑みを浮かべることに成功した。優秀な臣下である。

「しかし、そうか。国賓となると確かに、急ぎ戻らねばなるまい。……すまないキョウヤ。名残惜しいが、デートはここまでのようだ。結局大したことはできなかったが、許して貰えるだろうか」

「あ、は、はい」

 許すも何も、国王と共にいる居心地の悪さから解放され、更に王が大人しく執務に戻ってくれると言うのなら、少年にとっても臣下にとっても万々歳である。現状においてこれ以上のことはないだろう。

 良いから早く帰って仕事をしてくれという気持ちを込めてぶんぶんと首を縦に振れば、王は少しほっとしたような表情を浮かべて、また少年の頬にキスをしてきた。

「っ、」

 だから、こういうことを人前でするのはやめて欲しいのに。

 そう思うのだが、やはり言い出すことができない。結局満足に文句を言うこともできないまま、王に抱かれた少年は、再び王宮へと連れて行かれるのであった。

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